再会
大学の合格発表の日は快晴だった。見事結果は合格。母さん達は喜んでくれたし、努力が身を結んだのも達成感に繋がった。結果も良かったというのもありその夜は焼肉を食べに行った。
遠くの方で誰かが言い争っている声がした。一応様子を伺いに行くために二人を先に家に帰して繁華街に向かった。
「やめて下さい。この子嫌がってるじゃないですか!」
声を聞いただけで分かった。俺の「恩人」で間違いない。心の芯が通っている、強い意志が伝わってくるような声。必死に勇気を絞り出したんだろう、両肩が震えている。すぐに近づいて、彼女の肩に掴みかかった汚れた腕を掴んでひねり上げた。
「おっと、何してるんですか。ナンパとは言え女性に対してそんな手荒なことしちゃ駄目でしょ、警察呼びますよ?」
警察という言葉と、俺の全く振り解けない腕の力にビビったのか、悪態を突きながら、路地裏へと一目散に逃げていった。見るからに品性のない軽薄な奴だった。
噂になっている前科持ちDVナンパ野郎か、匂いは覚えた。後で始末しておこう。
「すみません、助けてもらって」
恩人に助けられた女性も、何度もありがとうと言っていた。どうやって声をかけていいかわからず、しどろもどろになりながら事態を説明し、とりあえずタクシーに乗せて帰ってもらった。名乗った方がよかったよな絶対に。それにしてもいい匂いだったなぁ。
母さんたちにこのことを話してみると、また抱きしめられた。恩人に報いることほど誇り高いことはないとも言われた。
再会の幸運に感謝したが、またすぐに彼女と巡り合うことができた。まだツキは俺の方に味方しているようだった。昼休みに食堂に向かっていると、やけに長い黒髪の女と別れた恩人がいた。
「あ、あの、昨日はどうも。同じ大学だったとは知らなかったです。貴女は全然覚えていないと思うんですけど、その、俺は、ガキの頃、貴女に命を救ってもらったんです。やっと言えます、本当にありがとうございました。だ、抱きしめていいですか」
少し、いや、大いに困惑していたが腕を広げてくれた。
「うわ、ダウンのおかげでコモコであったかい、わんちゃんみたい!」
うん、狼だけど嬉しい。うん。感動の再会をして互いに名乗り合う事にした。
「えっと、一年の
「へぇ、かっこいくて良い名前だね。ご両親はセンスあるなぁ」
「自分でも気に入ってるんです。それで、恩人さん、貴女のお名前をお聞きしても?」
「えっと、私は備後ひごあかるって言います。初めまして、じゃないけどよろしくお願いします。君も私を助けてくれたから、恩人だね」
本当に変わってないじゃないか、よかった。この人が清いままでいてくれて。彼女のような人が真っ当に生きていてほしいな。その隣に俺が居ることができたらいいんだけど。
「備後さんって付き合ってる人いるんすか」
「いないよ?なんで聞くのいきなり」
「えっ、まぁ、こっちの事情っす⋯⋯」
アピールしていかないと不味いかもしれないな。
「あ、誤魔化した、ふふ、いつか理由教えてよ。じゃあさ、お知り合いの印に、これ私のアカウントだから登録しておいてね!」
親類と仲間以外の連絡先が、初めて追加された。
「はい、よしできた。今度ご飯行きましょうよ、講義終わってからっすけど」
「うん。時間決まったらたら連絡してね」
この会話の流れで昼食にも誘うことができた。今日一日だけであかるさんのことをたくさん知れた気がして本当に嬉しいと思った。
翌週にバーのママさんの葬式に出席した。親族の中に、なんとあかるさんがいた。声をかけるのは流石に憚られたので、母さん達と共に焼香をあげて自分だけ帰ろうとしていた。
すると、母さんとママが二人が喪主の女性に挨拶をしていた。そして向こうから手招きされた。
「コウちゃん、実はね。私達を助けてくれたのがバーのママさんだったの。今言うことじゃないと思うんだけど、あかるさんの親戚でもあるなんて、不思議なこともあるものね」
あかるさんにまた恩ができた。自分の一生を使ってでも、報いるしかない。許されるのであれば、ずっとそばにいて支えられたらと願わずにはいられなかった。
葬式場を後にしようとすると、あかるさんが近寄ってきて耳元でこう言った。
「今度は悲しくないことで、えっと、また二人だけで会いたいな⋯⋯ダメ、かな?」
「俺もそう思ってました。あかるさんのこと、もっと知りたいんです」
俺の故郷は、元から存在しなかったかのように、跡形もなく消えてなっていて、孤児院も自治体からの支援が打ち切られ、密かに閉院したらしい。そして、少ない自分の理解者であるママさんも、ヒトの悪意に飲み込まれて死んでしまった。優しかった彼女はもう居ない。この残酷な世界で、あかるさんまで失ってしまったら、俺は⋯⋯。
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