未確認生物

鮎風遊

黄金山基地の未確認生物たち

(1)永久とわの愛のプロローグ

  新年早々から10年振りの大雪、そんな極寒のせいなのか実に寂しい巣籠もり生活が始まりました。さらにですよ、生活物価は爆昇ながらも給料はカチンコチンに凍結したまま。季節はいずれ変わって行くでしょう、だけれども私には本当に春が来るのでしょうか?

 安アパートの一室でこう落ち込んでいたのですが、こんな私、直樹にもやっぱり巡り行くものなのですね、日本の四季は。

 そしてあれよあれよと開花宣言が北上し始め、ちょっと浮き浮きするよなあと感じ始めた頃のことでした。

 娑羅姫さらひめからハートマーク付きのラインが入ってきたのです。

 彼女は怪山かいやまで暮らす平家の落人の子孫でして、正式名は魔界平まかいひら娑羅です。

 気は少々、いえいえ、めちゃくちゃ強いです。が、どことなく茶目っ気があって、私はこんな女性と我が人生一緒に歩めたらいいなあと、こっそりとですが胸を焦がしているのです。

 友人の浩二からは「何をモタモタしてんね、早く告白しろよ」と押されているのですが、とにかく娑羅はお姫様です。貯金も僅か、その上に鎖骨が見える、つまり筋肉もない私、「あら、そうなの、……、ところで姫をめとるということはどういうことかわかってんの、まず必要なのは男の甲斐性と民たちからの信頼よ、直樹に、今それらがある?」と切り換えされそうでして――。

 そこをとりあえず「頑張りま~す!」と答えると、ホッペタをバシッと叩かれて、それで終わりそうなんですよね、残念ながら。

 そんな娑羅さんから、明日夜7時に、高級焼き肉店・てっちゃんに絶対来て下さい、と。こんな彼女からの強烈なお誘いなど今まで一度たりともなかったんだよなあ。

 なぜ、なぜ、なぜ?

 ひょっとして、これは逆告白、いやいやそんなの焼き肉屋ではないわなあ。とすると、そうなんだ、これこそ序幕、永久とわの愛のプロローグというやっちゃ。

 だけどここで深刻な心配事が、そうなんですよ、お金が……。

 お姫様が食する焼き肉となれば、目ん玉が飛び出るほどの高級黒毛和牛、それに間違いない、ね。というこで、コツコツと貯めた郵便貯金の残金を確認し、明日ランチタイムに引き出すことを一大決心したのであります。

 そして、ハートマーク5個も冒頭に付けて、『ヨロコンデ、現地でお待ちしております』とラインを返しました。


(2)鬼の形相

「ねえ、直樹君て貧乏の割に元気そうね、……、なんで?」

 高級焼き肉店・てっちゃんのテーブルで向き合って再会の乾杯を終えると、娑羅姫はいきなりこんな質問を投げ付けて来られました。

 なんで、って?

 私は口に含んだ生ビールを飲み込まず、しばし沈思黙考。されど5秒の時の流れの後、我が喉チンコは生泡に充分刺激されたのか、思わずブツ、ブーと吹き出してしまったのです。

 それが焼かれた網にかかり、はかなくもジュッ、ジューっと。その音が切なくも消え行く時に、店員さんが訊いてきました。「ご注文は?」と。

 そして姫のファーストオーダーは、「そうね、まずは網の交換をお願いします」と。

 もちろん店員さんはキョトン。その理解不能の状態の下で、精一杯に「あのう、網はまだ汚れてませんが……」と主張されました。

 されども娑羅姫は一歩も引かず、「いえいえ、このうつけ者がここへお漏らししちゃったのよ、バッチーでしょ、よろチくね」と。

 この迫力に負けたのか、いや違う、きっとすべてを理解したのでしょう、バイトのお嬢さんはクス、クスッと笑い、高らかに「了解で~す!」と。そして落ち着いた口調で、「ご注文も」と。

 私はこんなやり取りに、どちらもスッゲーなあとただただポカーン。こんな私のだんまりを破るかのように、娑羅姫が注文を発せられました。

「そうね、タン、ミノ、ハツを2人前、それとてっちゃんが4人前ね、お願いします」

 これを聞いた私、ちょっと遠慮がちに「それらって、内蔵ばっかりだろ、いいのかい?」と尋ねました。するとお姫様は高らかに発せられたのです。

「その通りよ、舌と胃袋と心臓、プラスホルモン、通称てっちゃんで大好物ので腸よ、私はロースとかハラミとかの肉はいらないわ」

 こんな宣言に私は「へえー、そうなんだ、……、だけどお姫さまがなんで?」と訊いてしまいました。

 これに娑羅姫は可愛くニッコリと。そして、「私は平家の落人の子孫、山奥育ちよ、村人やマタギたちが捕ってきた熊、鹿、猪、狸などの野生動物をずっと食してきたわ、そんな中で、やっぱり内臓が一番美味しかったの、だからよ」と。

「そうなんだ、娑羅さんて野生のプリンセスなんだ」

 私はこんなほとんど意味不明の合いの手しか返せませんでした。されどこれに「その通りよ、少なくとも可愛い森のフェアリーじゃないわ、覚悟しときなさいよ」と述べられまして――。

 『覚悟しときなさいよ』って??? 私はこの最後の言葉にマジ背筋がゾゾ・ゾーとなりました。

 しかしながら、ここからはコリコリ、キシャキシャ、ムニュムニュなどなど。普段聞き慣れない内臓類の咀嚼そしゃく音を響かせながら他愛もない世間話しに花を咲かせました。それはそれは楽しい一時でした。それでついつい発してしまったのです。「娑羅さん、これから時々デートしようか」ってね。

 これに野生のプリンセスは冷え切ったアイスウォーターをごくごくと飲まれ、私の提案を無視し、バックからスマホを取り出されました。そして眼光鋭く申されたのです。

「直樹君、今日の本題に入るわ、これ観て。なぜ貴方と浩二がここにいるの?」と。

 私の目の前に突き付けられたスマホをのぞき込むと、確かに浩二と私が怖々そうに山中を歩いてる動画じゃありませんか。そして私は思い出すのにそう時間は掛かりませんでした。そして聞き返しました、「ああ、俺たちだけど、なんで映ってるの?」と。

 すると娑羅さんはキリッと背筋を伸ばされて、淡々と述べられたのです。

「これはね、村の猪之助が黄金山から持ち帰ってきた見張りカメラの映像よ、知ってるの、黄金山よ、あそこはね、山奥の、そのまた山奥にあるとっても神聖な空間なの、源平合戦に敗北してから800年以上も我が魔界平まかいひら一族が汚れた人間を絶対に立ち入らせないように守ってきた山なのよ、さあ……、なんで?」

 こんな娑羅姫の迫力に、私は間が持たず、思わず網の隅っこに転がっていたホルモン一片をグニュッと箸で摘まみ口に放り込みました。

 そして、こんな私のリアクションに娑羅さんはプッツンと切れられたのです。

「最低! 目ん玉ひんむいてよく見なさいよ、なによ、この汚いジャンバーにダボダボのズボン、登山靴じゃなくて、すり切れたズック靴、あ~あ、もう嫌だ嫌だ、……、なぜ貴方たちがここに映ってんのよ、ホワイ? きっちり説明してもらわないと、――、もう絶交だわ!」

 もう森のプリンセスどころではなく、女赤鬼の形相でした。

 これは我が人生の中で最低で最悪場面、超ヤバッ!

 私はそう自覚し、「洗いざらいお話しします」と頭を下げました。そして生温かくなったビールをゴクゴクと飲み干し、あの奇妙な出来事を語り始めたのです。


(3)1万円札3枚

 あれは2週間ほど前のことだったかな、浩二から「明日行きたい所があるんだが、スマン、付き合ってくれないか?」とTelが架かってきたんだよ。

 あいつは学生時代は未確認生物発見同好会のリーダーで、いまもバイトしながら活動を続けてるだろ、それで「今度はどんな未確認生物を追っ掛けてるんだよ」と訊いてやったよ。するとね、声を弾ませて「まことにまことに、世紀の大発見になるかもな」と言って、あとはウフフと笑ってやがるの。

「おいおいおい、もったい振るなよ、ちゃんと話してくれないと付き合ってやらないぞ」と文句を付けてやると、「じゃあ、明日いつもの居酒屋で」と。

 俺はなぜかいつも以上に興味がわき、翌日会ってやったよ。で、浩二のヤツ、まったく奇妙なことを語ったんだよなあ。

 その内容はね、――。


 今年は初詣に行けなかった、だけどね、ちょっと遅くなったけど、まあどこでも良いかと、町外れにあるだろ、メッチャ寂れた白鳥しらとり神社っていうのが、そこに先週お参りに行ったんだよな。

 すでに時季外れ、境内は閑散としてて、人っ子一人いなかったよ。それでもな、100円玉を賽銭箱に投げ入れて、神殿に向かってお決まりの二礼二拍手一礼。もちろん願い事はね、毎年恒例の『極上の未確認生物に遭遇しますように』とな。

 これで一安心と振り返ると、神殿の横、10mほど先に立ってたんだよ、レディー3人が……、というか遭遇のお願いと間髪入れずにね、出会ったこともない奇妙な生物3体がね。

 真ん中をAとすると、そのA嬢の身長は180センチくらいあったかな、白いコートを羽織り、真っ白なロングヘアーをなびかせていてやがんの。それに、『えっ、女優さん?』と思うほどのスタイルだぜ。ただな、普通とちょっと違うのは、人間ではまことに希なグリーンアイズだったんだよ、その上に、そうこっからだよ、耳かっぽじってよく聞けよ、直樹。

 5秒ぐらいの間隔で目が光るんだぜ。それだけじゃないぞ、耳のてっぺんもチカチカ、チカチカとね。ただ鼻先と顎はマスクしてはったから確認できなかったけどな。

 次はだな、向かって右側女性、そのBさんは身長160センチくらいかな、黒コートを着た普通俺たちが見掛けるオフィスレディー。

 だけどもそれが驚き桃の木山椒の木、ブリキに狸に蓄音機、ぶんぷく茶釜は化け狸……だったんだよ。

 というのも急に俺に近付いて来て、「ここで何をしてらっしゃるの?」と。だけどもな、その移動中になんとパッ、パッと消えはらったんだよ。そんな現象に奥歯の虫歯が確認出来るほど口を開けて、アレレ・レと目を丸くしてると、さらにビックリポンだよ。

 B姉さんが仰ったんだゼ。「地球の兄じゃさま、ソーリー、ソーリー、ヒゲソーリー、驚くことなかれ、これは我が日常の単なるでありんすよ」と。

 時空移動???

 俺はもう訳わかりまシェーン!ってな状態。だけどね、ここは俺は紅顔の地球男児、「へえー、お姉さん、結構出来はるんや」と実に中途半端に納得した振りしてもうたよ。

 その次はね、向かって左側の女性。そのCさんは身長140センチくらいかな。金ピカのコートを纏ってらっしゃってね、ちょっとぽっちゃり体型。いつもニコニコ天然女子、そのような可愛い子ちゃんだったよ。

 だけどね、まん丸の目を終始動かして俺を観察してるようでして。まるで情報収集中のAIロボット、てなところかな。

 そのCちゃんが「其方そちはここで未確認生物発見の神頼みしちょると読み取ったが、どうじゃろか?」と問うてきたので、俺は即座に「大当たり!」と返してやったよ。

 これにすぐそばにいたB姉さんが「良きことですね」と。それに加え、背高Aさんからは「チャンスはいつも目の前に、それに気付かぬだけ、……、お励みなされ!」と激励があったんだよな。それから3人は俺にスルリと背を向けて本殿の後方へと去って行ってしまったよ、うーん、まことに残念だよな。

 で、直樹、彼女たちは一体何者だと思う? そうだろ、俺は気付いたよ、どう考えても人間じゃない。絶対に俺の目の前に突然現れた未確認生物、それも地球外生物だよ。

 これぞまさに千載一遇のチャンス、もちろん俺は後を追ったさ。すると3人は本殿の裏側にある古い小屋に消えて行ったんだ。

 地球外生物との遭遇だぜ、もちろん引き戸をギシギシと引っ張り開けて中へと足を踏み入れたぜ。だけどな、残念ながら彼女たちはもうそこにはいなかったんだよな。

 直樹、これってなぜだかわかるか?

 その部屋の半分向こうは鉄格子が填められていてな、だけどそこには甘い残り香が。彼女たちはどうもその向こうへと去っていったようなのだ。

「ヨシ、追っ掛けて、彼女たちの生態を明らかにするぞ!」

 俺は一人宣言し、扉に手を掛けたんだ。だけどなガチンコチンに閉まり切ってるのか1ミリも動きもしない。

「ヤツらは魔女だったのか、コンチキショー!」

 俺はそんな下品な叫びを上げたのだが、ちょっとストーカーになるかなとも反省し、気を落ち着かせるために室内をもう一度よく確認したんだ。

 するとだぜ、あったんだよな。現金支払機のようなものが。そしてそこに書かれてあったんだ。直樹、その文句、想像付くか??? 無理だろ。

 ヨッシャー、答えはな、『ここから先に進みたき御仁は、神社に寄進すると心得、1万円札3枚を投入孔へ差し入れよ』とな。

 俺はこれで100%ガックンだぜ。

 さっきの賽銭も頑張って100円玉1個投げ入れたんだぜ。1万円札3枚なんか俺持ってるわけないしょ。自分ながらお気の毒、俺は鉄格子をぎゅっと握りしめ、「貧乏が、憎い、辛い、悔しい!」と大泣き状態に陥ったよ。

 そんな時にだぜ、不思議だなあ、俺に神が降りたんだよ、そして仰ったんだ。

「浩二、お前には信頼できる友、直樹がいるだろ、今まで随分と未確認生物を彼に紹介してやったな、ご苦労だった、そして今回も持ちつ持たれつ世は情け、そう、相互支援の精神で本プロジェクトを推し進めればよろしい、ってさ、なあ、……、どう思う?」

 俺はこんな回りくどい浩二の話しにしばらく沈黙。すると浩二は辛抱を切らせて、「今回の未確認生物は一生に一度の極希ごくまれなんだよ、こんなチャンス逃すわけにはいかないんだよ、なあ頼む、明日3万円貸してくれないか」と半泣き状態で訴えてきたんだよ。

 俺は浩二の未確認生物に架ける愛にテンションが上がり、たまたま1ヶ月の生活費用10万円があったので、「わかった、明日仕事休みだから、午後1時に白鳥神社のその小屋の前で会おう、ただし俺もその鉄格子の向こうへ行くぞ」と返してしまったんだよな。


(4)白いカプセル

 私は娑羅姫にまずは序章としてここまでを語り、興味持ってもらったかなとドキドキしながら大きくフーと息を吐きました。すると意外にも「へえ、結構面白いお話しだわ、それに直樹って結構優しいんだね、さつ、それからどうなったの?」と催促がありました。

 私は……、ホッ!!

 それから残っていたビールを飲み干して、あまり感情を押し出し過ぎないように心がけて続けました。


 翌日午後1時に、浩二から聞いていた白鳥神社の小屋の前へ行ったんだよ。するとね、お兄ちゃんは足踏みしながら未だか未だかと待っていたようで。ここまで誰かに待ち焦がれられたことなんかないよな。そして浩二は俺の顔を見るなり走って来て、俺の目の前にいきなり手の平をさっと出すんだよ。

「おいおい、お前が待っていたのはお金か」とボソボソと文句を付け、「そう慌てるなよ、これは貸してやるんだからな、必ず返すんだぜ」と1万円札3枚を手の平に乗せてやったよ。すると、大声で叫びやがるの。

感謝感激雨嵐かんしゃかんげきあめあらしで~す!」ってね。

 だけど、ちょっと違和感があるよな。だってさあ、雨嵐って? ひょっとして雨霰あめあられじゃなかったっけ。そう言えば浩二は嵐ファンだったからかな?

 こんなどうでも良いことを考えてる内に、浩二はさっさっと小屋に入り、万札投入機に3枚差し込み、頑丈な鉄格子の向こうへと。それから実に嬉しそうに声を張り上げてくるんだよ。

「直樹、お前も早く入って来い」とね。これって、まるで下宿アパートの近くにあった風呂屋に一緒に行った時のようにね。

 だけど、ここで浩二に3万円使い逃げされたら禍根が残るっしょ。俺も自前の3万円を投入して、急ぎ鉄格子の向こうへと入って行ったんだよ。

 すると奥の壁の向こう側に、そうだな、高さ4m、幅4mくらいの入り口、そこから地下へと続くスロープがあったんだよ。それを50mほど下りると広場があって、そこにゴルフ場のカートのような乗り物が並んでてね、もちろん二人でそれを運転して、さらに地下へと下って行ったんだ。

 10分くらいだったかな、どんどんと潜って行くとおよそ高さ30m、幅50m、長さ100mくらいあったかな、明るくてキラキラ輝いている地下空間にたどり着いたんだよ。

 カートから降りて、二人でようくチェックすると、なにかプラットホームのような……?

 だけど線路もないし、浩二と二人でボーと突っ立ってると、サアーと入って来たんだ。径が10m、長さ30mほどの真っ白なカプセルが。

 ビックリポンでオッタマゲー、オッオッオッと二人同時に後退りしてる時にだぜ、「そこの人間のお二人さん、心配は無用ぞ、さっさとお乗り下さい」とアナウンスがあってね。

「ほう、そうなんだ」と目ん玉をパチパチさせてると、カプセルのドアーがさっと開きよる。あとはハズミとイキオイで乗り込んでしまったんだよ。すると同時にドアーがさっと閉まり、音もなく――、発車。

「おいおい、これって大丈夫か?」

 浩二に訊くと、何か嬉しそうに車内を指差すんだよ。その方向に目をやると身長180センチくらいで、5秒くらいの間隔で光るグリーンアイズ、それに鼻先も顎も耳のてっぺんもピカリピカリと光ってる生物が5頭、楽しそうに談笑してやがるの。

 これを見て、オッオッオッと俺が後退りすると、浩二は俺の二の腕をギュッと掴み、「昨日のAさんと同生物だよ、きっとこのカプセルで未確認生物の一大生息地へと連れてってくれるのかもな、白鳥神社に感謝感激雨嵐あめあらし、で、俺、おチビリしそうだぜ」と。

 こんなとんでもなく興奮してる浩二にあらしじゃなくって雨霰あめあられだよと再度添削するのは諦めて、「チビリそうだったら、俺の腕じゃなく、己のチンコの先でもつまんどけ!」と言ってやったんだよ。

 こんな突っ込みに浩二は「それもそうだな」とコクリと頷き、本当にズボンの上から指で摘まんでやがるの。それを見て俺は「あ~あ」と深くため息を吐いて、「浩二が言う未確認生物の一大生息地に一緒に行ってみるか」と覚悟を決めたんだよ。


 ここまでの私の嘘か真か疑い深い話しをじっと聞いていた娑羅さん、いきなりパーの手の平を私の目の前に覆い被せ、「ねえ直樹、ちょっと待ってくれない」とストップを掛けてきました。

 私は未確認生物のいきさつ話し、いよいよ調子が乗ってきたところでした。そこで「なんで?」と聞き返したのです。

 すると森のプリンセスはムッとなされて、「直樹、あなたまだ出世も出来てないし、給料も安いでしょ、それがなんでか解ってるの、いつも下品で回りくどいのよ」と仰る。

「だつて、最初から微細に話さないとわからないだろ」

 私は一応こう反論しました。すると姫は、「だって私が聞きたいと思ってる話しは『あなた達は神聖な黄金山の映像に映っていた、なぜあなた達はそこにいたのか?』です」と冷たい目で睨み付けてきました。

 こう責められた私は、「だから、今説明してるじゃないか、その途中だよ」と不満を表明すると、姫様は鬼の形相となりながらも淡々と述べられたのです。

「だったら、なんで浩二のチンチンの話題が入ってくるの、――、ちょっと盛り過ぎよ! 一事が万事、こんなどうでもよい話しでみんな、特に私が喜ぶと思ってるの、そこが甘い、反省しなさい!!」

 こんな娑羅姫の、まさに正論に私は返す言葉が見つからず、約30秒間項垂うなだれ状態に。そしてやっと自分を取り戻し、「まことに申し訳ございませんでした、以後気を付けます」と素直に謝りました。

 これに娑羅姫は「さっ、直樹、お話しを続けて頂戴」とニッコリ。その笑顔、まあっ可愛いってありゃしません。こんないびつな形で生き返った私、未確認生物物語の次の章へと入っていきました。


(5)AIロボットたち

 俺たちが乗った白いカプセルは実に静かにサーと。それから10分ほど走ったかな、何のショックもなく停止、そしてドアーが開いたんだよ。もちろん降りたさ。

 するとだったんだよな。そこは広さは直径500mくらいの円形平面。そして高さ100mくらいはあろうかの空間で、20台ほどのカプセルが停まっててね、色も白、青、緑などいろいろ。大きさは大から小まで、一番大きいので高さ50m、巾30m、長さが100m以上はあったかな、そいつは2機ほどあったかな。

 まさに浩二も俺も目ん玉が飛び出してしまうほどの驚きで、ただただポカーン。そんな放心状態の時に背後から肩をトントンと叩かれたんだよ。もうビックリで、振り返れずカチンコチンに固まってしまっていると声が掛かってきてね。

「浩二に直樹のお二人様、ようこそ、ここからはこのリストフレンド・ナンジャラホイの案内に従って、地球人の山烏やまがらす・ジッチャンを訪ねてください、あなた方の疑問にすべて答えてくれるでしょう」、……、だって。

 それでも噂のグリーンアイズAさんと同類と思われる生物が指先までチカチカ光らせて、その腕時計のようなナンジャラホイをわざわざ手首に巻いてくれてね、思わず俺たちはニコッ。

 その後、「おのおの方に、Good Luck !」と申されて、さっさと立ち去られてしまったんだよな。

 なんで俺らの名前知ってんだ?

 俺たちはシンクロに首を傾げたが、ただただ置いてきぼりを食らった空虚感の中で、ボー。そんな時にリストフレンド・ナンジャラホイが突然しゃべり出したんだよなあ。

「おい、地球の貧乏人たち、50mほど先に建物があるだろ、そこに入り、まずお前達の汚いバイ菌を駆除するため、消毒ブースを通れ、それが終わると、ここは第3層、言い換えれば地下だけど、第1層のグランドフロアーまでエレベーターで上れ、そしてそこにあるカートに乗れば、オートマティックに山烏・ジッチャンの所に連れてってくれるぜ、これからは俺・ナンジャラホイがサポートしてやるから、感謝しろよ!」

 手首に巻き付けただけのコミュニケーターのくせしてえらい生意気なヤツだ。カッとなり外して放り投げようとしたが、どうしても外れない。体の一部のようにくっついてやがるの。思わず浩二と二人で声を上げてしまったんだよな、「一体こいつは……、ナンジャラホイ!」と。

 これで不思議に怒りも収まり、ナンジャラホイが指示した通り進み、話してた第1層、要は地上階で準備されていたカートに乗ったよ。そして走り出して、そこからは驚愕の連発、今まで目にしたことがない風景に出くわしてしまったんだよなあ。

まずは長さ1km、高さ500mはあろうかの半球ドーム型の空間のど真ん中にそびえ立ってたんだよ、真っ白なお城が。

 鉛筆みたいな塔が数本あり、その真ん中に、どう表現したら良いのかわからないけど、そうだな、キュウリ、ニンジン、いや違うな、う~ん、先細った白い祝い大根……、かな?

 ちょっと表現が下品だよね、言い換えれば、ノイシュヴァンシュタイン城より数倍高いようなお城だね。

 そしてそれを包む風景はまことに牧歌的、緩やかな上下がある大地、いや野草が広がる牧場、そして遠くには小さな森があり、その近くには赤いとんがり帽子の集落が三っつ四っつ。ここは中世のヨーロッパかと勘違いするほどだったよ。

 だけどね、もっと驚きが。ここは明らかに牧場だよ。

 当然放牧されてる牛や馬や羊はたくさんいてたんだけどね、ちょっと動きが違うんだよな、そうだなあ、――、カタカタ、カタカタとね。

 これって、ひょっとしてロボット。

 そう思い至った時にブーンて目の前に蜜蜂が飛んで来たんだよ。それで反射的にパッと捕まえてやると、……、まさにビツクリ!!

 そやつもなんとA1ロボちゃん。一体ここはどうなってんだと頭を抱えてる内に、無事到着致しましたよ、山烏ジッチャン宅に。

 ちょっと小洒落た丸太小屋、その玄関にジッチャンとバッチャンが待っててくれたのか、「浩ちゃんに直ちゃん、よう来やしゃんした」とまるで孫のように迎えてくれはってね。俺たち二人、思わずニッコリ、ホッコリ、マッタリ、……、ですわ。

「孫あり遠方より来たる、また楽しからずや、ヒャッホー!」

 こんな派手な掛け声の後、大きなダルマストーブがあるリビングに招いてもらってね、その後「これで旅の疲れ、飛んで行け」と温かいミルクを頂いたんだよ。

 それはほんのりと甘く実に美味しかったぜ。けどね、浩二が首を傾げてボソボソと言うんだよな、「これって、さっき見たAIロボットの牛のミルク……、だよな」と。

 この独り言を耳にした山烏・ジッチャンが「そうだよ、美味うまいっしょ」と答え、その後「なるほどなあ、君たちはここがどこか知らないんだ、じゃ、今からオリエンテーションを執り行うことにするべ」と告げ、この異次元世界がなんぞかの紹介をしてくれはったんだよな。

 その内容とはね、――。


(6)面々と命を

 今いる所は直径約1kmの球体の核シェルターの中、その歴史は今から5千年ほど前に白鳥座星人が他の宇宙基地から1ユニットを運んできて、この黄金山の地下に設置した。要は彼らの地球基地なんだよ。

 その構造はね、下の半球が4層構造、そして上半分が第5層目となっている。一番下の第1層では下水処理や汚物等の処理、次の2層目は上水製造、核融合発電、蓄電、そして外部からの太陽光の畜光などが行われてるんだ。

 君たちは地球内近距離カプセルでここに来たのだろ。その降車した所が第3層。そこはね、様々なカプセルの発着場なんだよ。

 カプセルの中でも一番大きな機体、それはね、時空弾丸移動のためのスワン号ってんだ。その移動の理屈はね、例えばだ、100mのロープを巻けば、その両端の距離は10cm位になるだろう。人間の常識では距離は物理的な長さだが、宇宙のコモンセンスとしてはだな、距離は巻き取りも折り曲げることも出来るんだよ。

 この理屈でね、白鳥座星人は宇宙を実に短時間で自由に移動してる、すごい連中だよ。そして他に、付随設備として物流冷凍倉庫や食料/飲料工場などがあるんだよ。

 第4層はこの基地の頭脳部分。白鳥座星人が支配する統括コントロールステーションがあるよ。他にこの基地内で働くAIロボットたちの休息や保全ファシリティーもあるし、もちろん星人や人間の病院、またその子供たちが通う学校もあるんだよ。

 そして第5層はね、つまり地上階で、この球体基地の上半分。そこの中心にお城がそびえ、周りには牧場や森。あちこちで泉が湧き、数本の小川がサラサラと流れてるんだ。

 人工太陽がドームの天井に昇れば昼。それが沈めばもちろん夜で、プラネタリュームにより満天の星空が見られるんだよ。雨は乱数的間隔で降り、もちろん雪も舞うぜ。

 まさにここは理想郷、そうシャングリラと断言できるかな。

 だけどね、一つだけ足りないものがある。それはね、地球のありのままの自然、つまり生き物たちだよ。

 されども幸運にもね、この基地が隠されてる上方の外側は黄金山。そこには命ある動植物たちが溢れているんだよな。ウィルスの関係から決して基地内に連れて来たり持ち込むことは出来ないけど、ここの白鳥座星人たちは面々と彼らの命を繋いで来てるんだよ。

 白鳥座星人は黄金山の自然を心より愛し、守って行くことも一つの大きな使命と思ってるんだ。

 そのためにはサポートが必要。そこで白鳥座星人をAとすると、他種B・C・Dの知能生物と共に黄金山基地を共同運用することにしたのだよ。

 ここでA・B・C・Dをもうちょっと詳しく紹介するとね。

 まずAは白鳥座星人で、これは実におおまかな呼称。詳しく言えば、種は超賢ちょうかしこ星人という連中。その母星は1400光年先ににある白鳥座の中で最も明るいデネブ、その惑星のKSKという星。つまり字の通りKASIKO星人なんだよ。その文明は人類より、まあ5千年は進んでいると言っても過言ではないだろうね。

 姿は真っ白なロングヘアーでスラリと背が高い。さらに特徴は緑目だね。他に鼻、耳、顎などの尖った所が心臓の鼓動に合わせてピカリピカリと光りよるんだ。

 宇宙は極悪な連中ばかりだけど、KASIKO星人は頭脳明晰でホントに心優しい宇宙人でね、現在30体の星人がこの地に駐在しているのかな。

 次にBは身長160センチくらいということは分かってるんだけどね、本当の姿は誰も知らない。まさに謎の宇宙生物だよ。

 というのもな、いつもひょっこり現れ、さっと消えて行くんだよ。なぜなら身体時空移動能力を持ってるからだとさ。そんなことから謎のHYOKORI生物と呼ばれてるんだ。

 だけどね、確かにそれは特殊能力なんだけど、ただ粘着剤には弱くって、不幸にもひっついてしまえば身抜け出来ず、身体時空移動は不可となるらしいよ。

 それでもね、宇宙の超悪ちょうわる星人達はその移動能力を取得したいがために、生け捕りにしようと鳥黐とりもちの罠を宇宙のあちこちに仕掛けてるんだそうな。

 まさにそれはHYOKORI生物の存亡の危機。これを気の毒と思って、怒ったのが白鳥座のKASIKO星人たちでね、とにかく徹底的に罠を破壊してやったんだよ。これが縁で、生まれたんだそうな、宇宙における堅い絆と友情が。

 さらにね、HYOKORI生物には他にも特殊能力があってね、それはあらゆる生物の……、ちょっと出来映えに疑問符が付くのだけど、擬態が出来るんだ。その上に片言ながら会話もね。

 例えばニワトリに擬態し、コケコッコー語で意思疎通が8割程度は出来ると言って良いかもな。だけどね、そのHYOKORI、この基地に何体生息しているかは不明だよ。

 次にC、製造元はKASIKO星人、高度で実に愛すべきAIロボット達でね、通称と呼んでるんだよ。

 種類は蜜蜂から牛、さらに小川で泳ぐ魚に基地のあらゆる設備メンテを担ってる保守ロボまで。なんと種類は1千種、数は1万匹を超えるだろうね。

 また必要に応じて、惑星KSKからの入れ替えや更新が繰り返され、日々進化してると言っても過言ではないでしょう。

 その中でも最も高度な愛ロボちゃん、それはほぼKASIKO星人の兄弟姉妹と言っても過言ではないSOUMEIたちだよ。もちろん人間の知能を完璧に超えているよ。

 そして最後に――、『D』。

 Dは俺たちと同類の人間だよ。ただしいろいろな理由でこの黄金基地に流れ着いてしまい、挙げ句の果てに地球の俗世界を捨て住み着いたんだよ。そんな変わり者たち、現在未成年者含め30人ほどかな、ここの人間村に住んでいるんだ。

 実はね、関わり合った歴史は古く、1千年ほど前からこの基地のオーナー・KASIKO星人は来る者は拒まずで共に生きることを選択してきてくれたのだよ。

 もちろん子供たちも生まれ、この基地内で5千年先の教育を受け、高等宇宙人として星空へと旅立ち今も活躍してるよ。そんな宇宙人間も含めれば、現在累計で100名を超えるだろうね。実に頼もしいものだよ。


 ここまで真剣に浩二と私にオリエンテーションをしてくれた山烏やまがらす・ジッチャン、本当に頭が下がったよ。

「この黄金山基地がどういうものなのかよく理解出来ました」と礼を述べ、もう一つの疑問を訊いたんだ。

「ジッチャンとバッチャンは何のために……、この基地に?」

 これに山烏・ジッチャンは意志強く答えてくれたんだよ。

「俺たちがこの基地に定住してるのはな、この地下基地の上にある黄金山の自然や野生生物を徹底的に守ることなのだ。彼らをウィルス汚染の関係で基地内に持ち込むことは不可、かつ、いかなる惑星へと移すこともできない。宇宙ではまさに奇跡と言える動植物たちをこの山で絶対に絶やさないと日夜守っていく。これが俺たちのミッションだよ。その甲斐あってか、今も現代人どもが見たこともない古代からの動植物たち、そう、多くの未確認生物が面々と命を繋いで行ってるんだよ!!」

 この話しに、今までの人生未確認生物を追っ掛けてきた浩二から「ウッ、ウッ、ウッ」、そんな嗚咽が漏れてきたんだよな。


(7)グッドカップル

 私は娑羅姫に、黄金山へたどり着くまでの話しは盛り過ぎときつく怒られたものだから、ちょっと心配で尋ねてみました。

「山烏ジッチャンは黄金山基地について一生懸命紹介してくれたんだ。ホントにインスパイアされたんだよな、で、……、どう?」

 されども無反応。そこで私は姫のグラスに冷水を注ぎました。

 すると彼女はそれをコクリと一口飲み、仰ったのです、「続けて」と。

 私はこれにちょっと、ホッ。そしてゴクリゴクリと自分のお冷やを飲み干し、黄金山物語を続けました。


 山烏ジッチャンがもう一度繰り返したんだよ、「黄金山では実に多くの、現代人にとっての未確認生物が面々と命を繋いで行ってる」と。

 もちろんKASIKO星人、HYOKORI生物、そしてロボSOUMEIたちも大興奮UNIDENTIFIED生物に間違いない。

 さあれども、黄金山で古代より命を繋いできた生き物がいるとなれば……、浩二の心臓はもうパクパクものだったろうね。そして声を震わせ、ジッチャンに再度訊いたんだよ、「どんなのがおるのですか?」と。

 するとジッチャンから「パンダネコとかツチノコとかね」と。これに浩二はガタッと肩を落とし、「そいつらは直樹と共に、もう確認済みです、もうちょい値打ちのあるヤツはいませんか?」と再要求。

 ジッチャンはこんな不満に気を悪くすることもなく、「オッオー、若いの結構頑張ったんだな、それじゃ、その努力に応えて、他に白銀鹿とか、七色大蜥蜴とかいるが、で、この黄金山の生物体系の頂点に位置する未確認生物を紹介しよう、いいか、耳をかっぽじってようく聞けよ、そいつは、……だ」と。

 聞き取れませんがな!

 浩二はもう必死のパッチ、もうおでこを床のカーペットにこすり付けて、「我が人生の大先輩、もうちょいっと大きな声で、……、お願いしま~す!」と叫びよったんだよね。

 するとその熱意が山烏やまがらす・ジッチャンに伝播したのか、ドーム型の基地をつんざくような大声で一言唸りはらったんだよ。「おうごんの・とら!!」と。

 その後底深い静寂が――、シーン。

 そして100秒ほどの時が流れ、浩二が絞り出すように声を発したんだよ、「黄金山の大変素晴らし場所で生きる大昔の虎でっか、最高!」と。

 だがジッチャンは落ち着いたもので淡々と説明してくれたんだよ。

「太古の時代からこの山で生き延びてきた黄金虎は体長1.5mほど、若干小型だな、夜行性で昼間は黄金山の洞窟で過ごし、夜になって鹿や猪を狩る、特徴は黄金色の縦縞を持っており、満月の夜にはまさに金色にだぜ、それはそれは美しいストライブを輝かせる、さらにだ、目は緑にキラキラと光り、まさに神懸かった生き物だね」

 この解説をじっと聞いていた浩二が何を思ったのか、「師匠、私を山を守る後継者にして下さい、ただその前に黄金まほろば虎さまにお目通りのチャンスを!」と深々と頭を下げよってね。

 だけど意外だったんだよなあ、お前のような生活力のない兄ちゃんには無理だと断われると思ったんだけどね、「浩二君、君のことはずっと以前から追跡していた、その未確認生物愛は半端じゃない、拙者の弟子となり、黄金山に住む数々の未確認生物たちを守ってやってくれ、そうだ、隣の家が空き家だったな、そこに本日より住みなされ」と。

 浩二はやっとこさ自分の居場所が見つかったのか、もう涙涙、そして涙だったよ。さらにだよ、「せっかくだから、ちょっと山を見に行ってきなされ、そうだ、案内を獣医師のマーマー姉さんに頼もう、バッチャン、呼んでくれないか」と仰るんだ。

 するとバッチャンはリストフレンド・ナンジャラホイをチャカチャカと。それから10分ほどして現れたんだよ、マーマー姉さんが。

「あんたが浩二ね、外見はマーマーだけど、自然愛はピカイチと聞いたよ、私と同種かもね」と仰るものだから、「いやいや、お美しいですよ」と俺が久しぶりにサラリーマンの特技のヨイショしたんだよ。

 するとマーマー姉さんは「アンタは浩二の親友の直樹ね、女性を口説く鉄則は、マメでヨイショでプレゼントよ、だからプレゼントする財力がなければ、ヨイショは止めときなさい」だって。

 な・る・ほ・ど、――、ごもっともで~す!!

 すると浩二が「未確認生物を口説くのも、マメでヨイショでプレゼント、かな?」とボソボソと。

 これにマーマー姉さんは「浩二君、正解!」と答えられ、「さっ、皆の衆、いいかい、いざ出陣! お嬢について参れ!」とこぶしを天に向けて突き上げられたんだよな。


 ここまでの私の話に耳を傾けていた娑羅さんは、これは女性特有の勘なのか、「浩二とマーマー姉さん、結構お似合いかもよ、……、それで直樹は二人をどう思う?」と私の顔をテーブル越しに覗き込んできました。

 私はなぜ隠しビデオに映り込んだかの説明途中で、前のチンチンの話しに比べあまり盛ってはないのですが、娑羅姫はマーマー姉さんと浩二の話しにヤケに興味津々です。

 女性とはなんと勝手な、だけど男女とはそういうものなのかと理解出来たか出来なかったかは私にはよく解りませんでしたが、とりあえず「その通り、お二人さん、グッドカップルかもな」と返しました。

 すると娑羅さまはしみじみ「いいなあ」と一言。

 私は思わず「おいおいおい、あんたには俺がいるだろ」と言いそうになったその時、娑羅さんはちょっと寂しそうに呟かれたのです。

「直樹はまだ覚悟が出来てないしね」と。

 そして今度はニッコロリし、「さっ、その後を語られよ」と催促されてきました。

 私は「もう訳分からん!」と叫びそうになりましたが、ここは我慢して、黄金山の次の展開の話しを続けたのです。


(8)ビビンバ♫ ~ ドドンパ♫

 マーマー姉さんが手配した小型飛行体に乗って、約300mほど上昇。その後基地ドームの壁から突き出たポートに実に簡単に着地してね、それから廊下を30mほど進んだかな、そこになんと黄金の扉があったんだよ。こちとらはビックリだったけど、彼女は表情一つ変えずにリストフレンド・ナンジャラホイをちょいちょいと操作して扉をスーと開かせたんだよ。

 だけどそこにまた廊下が。そこに進むと後方でそのドアーはぴしゃりと閉まって、「おいおいおい、閉じ込められたぞ」と俺が不安で呟いたんだよな。すると浩二は「これは二重の黄金ドアーだよ、お前、知らんのか」と偉そうに言うんだよな。

 まっ、俺は浩二ほど冒険歴がないからね、「ふうん、そうなのか」と後を追っ掛けて行くと確かにもう一つ扉があって、同じようにシャーと開いたよ。

 マーマー姉さんはさっさと外へ出て、「の子たち、基地よりでなされ!」と手招きがあってね。ちょっと恐かったけど、意を決して出てみると、「なーんだ!」だよ。そう、そこは木々が生い茂る単なる山の中だったんだよ。

「黄金山にようこそ」、マーマー姉さんはそう言ってくれはるけど、ただの山。「な~んだ」と呟きながら、ちょっと目を懲らすとそこに1本の獣道が。それはさらなる山奥へと続いているようだったね、普通に。

 だけどね、浩二は違ったんだよな。テンション上げて「マーマーお姉さん、お願いです、おうごんの・とらが住む虎の穴へ是非案内して下さい」と呼称を姉さんからお姉さんに格上げして擦り寄ってやがるの。

 ホント、こいつの未確認生物への情熱は半端じゃねえなと再確認に至ったよ。だけどマーマー姉さんは実に冷静だったね。

「浩二君、はやる気持ちは分かるけど、君はまだ雑菌だらけのバッチーな人間なの、基地で1ヶ月間の身体しんたいクリーンアップが先です、今日のところはこの辺まで、それよりね、山烏やまがらす・ジッチャンの弟子になるのでしょ、その山守りの仕事のための、土壌や木々、そして風や温度湿度の確認をしなさい」

 これに浩二は返す言葉がない。「まことに先生の仰る通りでござんす」と頭をボリボリ掻いてやがんの。

 そんな時にひょっこりと目の前に現れたんだよ、奇妙な連中が。だって一人は滅茶苦茶ヨレヨレのダークスーツを着た……、そうだね、疲れ切った銀行員風の男が。そしてもう一人はいつもツンツンしてそうなオフィスレディー風な……。まったくの場違いの男女二人、なんでこんな山奥に??

 なにか恋愛が実らず心中でもしに来たのかと首を傾げてると、マーマー姉さんが実に馴れ馴れしく声を掛けるんだよ。

「ねえ、ヨレちゃんにツンちゃん、ちょっと止めてよ、なんぼ擬態が出来るHYOKORI生物であっても、こんな山奥でそんな場違いな格好への変身はないしょ、大事なのはT・P・Oよ」って。

 これにヨレヨレ野郎が「いつもマーマー姉御は、俺たちの擬態はまあまあで良いと言ってくれてるものだから……、あきまへんか、ごめんクサイ!」とペコリと頭を下げるんだよな。

 その言い草がコメディアンぽくって、浩二も俺もオモロ涙が零れぬように空を見上げてケラケラと。それから視線を戻すといつの間にかHYOKORI連中は大きなオス猿とメス猿に変身して、マーマー姉さんをドヤ顔でじっと見つめてるんだよな。

 さすがにこれにはマーマー姉さんも吹き出してしまい、「ヨレちゃんにツンちゃんたら、いいわよ、HYOKORI生物の才能を充分認めて上げるわ」と近寄り、猿2匹に強いハグをなさったよ。そして大きく深呼吸をして、「こっちは地球人の浩二に直樹、基地で暮らすかも知れないので、その時はよろしくね」と俺たちを紹介してくれたんだよな。

 それからマーマー姉さんと大猿2匹と一緒に黄金山をしばらくウロウロさせてもらってね。

 よろしいですか、娑羅姫さまの疑問、――『なぜ俺たちが普通の格好して黄金山にいたのか?』――

 多分その時にだと思います、魔界平まかいひら一族の方がセットした隠しカメラに写り込んだのは。そうではないかと高い確率で推察致しますが……。

 されども娑羅姫は「じゃあ、なぜそのお姉さんと大猿2匹は映ってないの?」と。

 そらそうですよね、その疑問は当然です。

 だけど私は長々と語った奇妙な実体験物語のぶり返しはもう堪忍してよと思い、「そこは人間の5000年先を行くKASIKO星人達の基地だよ、まったくの勘だけど、多分そこの住人たちはカメラに映らない薄膜を被ってたのとチャウかな、いえ、私はそう推察致します」と所見を述べました。

 そしてもう黄金山基地の体験談はこの辺で終わりにしたいと思い、「ねえ、それより石焼きビビンバでも食べない?」と話題を振りました。

 だけれども不思議だったんですよね、娑羅姫はこれらすべてに反応せず、じっとうつむいておられるだけ。そして幾ばくかの時が流れ、運ばれて来た石焼きビビンバをゆっくりとかき混ぜながら仰ったのです。

「直樹、今度の日曜日、あなたどちみち暇でしょ、私をその基地に連れて行きなさい」と。

 こんないきなりの要望を聞いて、「娑羅さんが興味を持たれたのはわかりますが、ただちょっとね……」と口籠もりました。だって入場料が1人3万円もいるのですよ。今晩のお支払いをして、もうスッカラピン。なぜか突然に、某社のCMのキャッチフレーズが浮かんで来ました。

 『そこに愛はあるのか! いや、そこに金はあるのか!』ってね。

 そんなドギマギしている私に娑羅姫は「ビビンバ♫、ビビンバ♫」と口ずさまれて、ニッコリ。それから一言、「お金は私が出すから」と。

 この救いの言葉に私はホッ! そしてすかさず「お姫様を今度の日曜日にお連れ致します」と約束致しました。

 だけど私の右脳にちょっと違和感が。「ビビンバ♫、ビビンバ♫って、遠い昭和時代に流行ったドドンパ♫、ドドンパ♫じゃねぇの」と。

 すると娑羅さまは真顔で答えてくれはりました、「あのね、宇宙の時の流れは永遠よ、それに比べ、昭和って、2、3分前のことよ、直樹、……、真摯に心得よ!」と。

 私は何を心得たら良いのかさっぱり解りませんでしたが、大好きな娑羅さんです、私は「まことに姫の仰る通りです、この直樹、謹んで黄金山基地へとご案内させて頂きます」と笑顔で頭を下げさせて頂きました。


(9)ご飯のお供

 日曜日の昼前に白鳥神社の本殿前で娑羅姫を待っていると白い革ジャンに白いスラックス、そして真っ赤なマフラーを首に巻き付けて現れました。

「オーマイガット、これこそ目出度い紅白美人」と独り呟いていると彼女はツカツカと私の前に来て、「冒険の前に拝んで行くわ、直樹君はまだでしょ、はい」と言って、500円玉を握らせてくれました。そして二人並んでの二礼二拍手一礼。

 オッオー、我が人生においての一番の感激。もちろん私が神様にお願いしたことは、少しばかりなごうございましたが、『娑羅さんは私に覚悟がないと仰いましたが、ここでお誓い申し上げます、私はここで覚悟を決めました、いかなる艱難辛苦があろうとも私は娑羅姫の生涯を支えて生きて参ります、神様、よろしくご支援のほどお願い申し上げます』と。

 その後おもむろに横を見ると、もう彼女は……、おりませんがな。さっさと赤いマフラーをなびかせ裏の小屋へと闊歩されてました。

 私はこれは参ったぞと追い掛けますと、「願い事、ナッガー!」と。そして歩きながら講釈をなされました。

「あのね、直樹、ここの神社は別名一言いちごん神社と言われてるのよ、あんたみたいにあれもこれもと長々とお願いしても駄目なの、お金が欲しい、生きたい、それとか……、一緒になりたいとか、要するにダラダラはダメね、あ~あ、お賽銭の無駄だったわ」とご立腹のご様子。

 そこで私は「そうなんだ、ここは一言祈願だったんだ、まったく鱗から目だよ」とボソボソ呟き返しますと、なぜか笑みが戻り、「あのね、普通の人はだいたいね、目から鱗と仰るのよ、あなた本当に学校教育受けてきたの?」と顔を覗き込んで来られました。

 これに私は「一応多岐にわたって、例えば、祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり、沙羅双樹しゃらそうじゅの花の色、盛者必衰のことわりをあらはす、驕れる人も久しからず、ただ春のの夢のごとし。猛き者もつひにはほろびぬ、ひとへに風の前のちりに同じ、とかです」と答えると、娑羅さまは平家の末裔、少し顔に影が走り、しかしそれを吹っ切るように「さっ、下級武士、どこまでも付いて参れ、そしてわらわを守れ!」と小屋の中へと入って行かれたのです。

 もちろん私には返す言葉なんてありませんし、まっすぐ小屋へと。そして娑羅さまから手渡された1万円札3枚を現金支払機に投入し、まずは娑羅姫を檻の向こうへと。それから私の分の3万円を鉄格子の隙間から頂き、同様に支払って中へと。

 そこからは浩二の時と同じようにカートに乗ってスロープを下り地下プラットホームへと。しかし前回には気付かなかったのですが、行き先看板がありました。右方面はもちろん黄金山基地、そして左方向は『瀬戸内海・海底基地』とありました。

 私はこれを見て、「ひょっとするとKASIKO星人達は、850年ほど前の平家の不幸を見たのかも知れないなあ」とぼんやり妄想してますと、娑羅姫が一言仰ったのです。

「平家滅亡の海ね」と。

 それから私の腕をギュッと掴み、「カプセルが来たわよ、さっ、行きましょ」と前へと力強く一歩踏み出されました。そして私たちは躊躇なく白いカプセルに乗り込みました。

 後は静かにかつ順調に、あっという間に黄金山基地に到着。されども大・大・大・ビックリでした。それは私たち二人が基地の停車ホームに降り立った時のことです。

 なんと30頭ほどの高等地球外生物たちがのぼり旗を立てて私たちを……、いや、言い直します、姫さまだけをお迎えしてたのです。

 なぜなら旗には大きな字で書かれてあったのです、『ようこそ! 魔界平まかいひら娑羅姫、大歓迎!!』とだけ。

 私の名ががない、……、そらそうですよね、考えてみれば、前回浩二と二人で基地に侵入し、私だけが、逃げ帰ったのですから。

 そしてあれよあれよと言う間に、その集団の代表であろう1匹、身体の尖った部位をピカピカ光らせながらですから、きっと白鳥座の中で最も明るいデネブ、その惑星のKASIKO星人の一頭が前へと進み出て来ました。そして事もあろうか、その深い緑目から涙をポロポロと零しながらのウェルカム・スピーチが始まったのです。

「この地球上の、そう、大和やまとの地で起こった最大の悲劇、それは源平合戦であります、敗れた平氏一族はこの黄金山に落ちて来られました、振り返ればあれから800年以上の年月が流れました、されどもこの黄金山近くで、一族は絶やすことなく血を繋ぎ、ここの大自然を、そして古代よりの生き物たちを守って来られたのです、その中心の魔界平家まかいひらけの姫、娑羅さまがやっとこの基地に御訪問頂きました、この黄金山はまさに宇宙の宝です、時空を超えた星人を代表して深く御礼申し上げます」

 なかなか立派な挨拶で、聴衆からの大きな拍手が。それで気を良くしたのか、星人代表のオッちゃんが絶叫しよったのです。

「ホントのホンマ……、感謝感激雨雪崩なだれ!!」

 あ~あ、それはそれで良かったのですが、私も思わず叫んでしまいました。「今度は雪崩か~い!」と

 すると今度は私たちの前に紺のスーツに数珠を握りしめた、滅茶苦茶濃厚化粧の女性が現れ、「ご愁傷様です、ただ今よりお城に移動して頂き、酒池肉林とは行きませんが大宴会を、あー、かっぽれかっぽれと執り行いますので、ご案内させて頂きます」と。

 このバケモノの出現により娑羅姫は三歩後退りをされ、私の手をギュッと握りしめてこられたのです。私は姫の不安を取り除くため耳元で囁きました。「こいつがこの間お話しした擬態ベタなHYOKORI生物です、TPOをわきまえないだけで、特に害はありませんから」と。

 これに娑羅さんは安心されたのか、ホホホと笑われ、「それではよろしくお願いします」と頭を下げられました。すると今度はHYOKORI生物が私に向かって言ったのです。「おい、そっちの……、!……、仕方ないからお前さんも来なされ」と。

 これを聞いて私はプッツン。だって、お姫さまのお供だったら良いのですが、思わず叫んでしまいました。「俺がご飯のお供だって? ということは、俺はキムチか明太子だと、何言っとるか!」と。

 しかし、HYOKORI生物は逃げ足が実に速い。時空移動技を使ってサッと消えた行きました。

 そんな腹立つ事もあったのですが、その後はAIロボット、通称・のエスコートで、太陽の優しい光りに包まれ、かつ心地良いそよ風に吹かれながら牧場を突っ切り、ドーム中心にそびえたつ黄金山城に到着したのです。


(10)魚心あれば水心

 城は真ん中に1本、それを包むように4本、いずれも細い円柱に近いゆっくりとした円錐型で最も高い塔は高さ100mはあるでしょうか。そして輪投げの輪のような大きなリングが4、5個填められ、驚くことに他の塔のリングと渡り廊下のように繋がっています。

 中心にある塔の外壁は白色、周りの4塔は薄い青、黄、緑、ピンクと様々ではありますが、不思議に調和が取れていて美しいです。

 娑羅姫と私は白色の中心塔の最上階にある大きな空間、言ってみればパーティー会場に案内されました。そこからの眺望、それはドーム型基地内部が一望でき、実に素晴らしい景色でした。

 集まってくれた者たちは、この黄金山基地のオーナーであるKASIKO星人、HYOKORI生物、愛ロボちゃん達、そして山烏やまがらす・ジッチャンとバッチャン、マーマー姉さんと浩二たちの地球人達、合わせておよそ50体くらいは参集していたでしょうか。

 魔界平まかいひら娑羅姫の歓迎パーティーは実に盛大で華やかなものでした。そんな一時ひとときも大詰めとなり、カプセルから降り立った時に歓迎を受けたKASIKO星人の代表、というか自治会長であろう生物が舞台に上がりました。そしてまたまた挨拶を始めたのです。

「宴もたけなわでありますが、ここで中締めとさせて頂きます、が、ここで本日の本題に入らせてもらいます」

 本題って?

 それは何ぞやと全員の視線がその代表に集まりました。これを確認した代表はおもむろではありましたが、強い口調で、「娑羅姫にたってのお願いがあります」と。これを聞いた聴衆からは「それは、what?」、「何ぞや?」と興味津々の声が。

 これを受けた自治会長はキリッと背筋を伸ばし、少し震えた声で述べられたのです。

魔界平まかいひら娑羅姫に一世一代のお願いがあります、どうかこのお城に住んで頂き、姫ではなく、黄金山基地の・・・『女王』・・・、女王になってもらえませんか!」

 オッオー! 女王、クイーン、女王、会場は大きくどよめきました。私も生涯でこれほどびっくりしたことはありません。腰が抜けそうになりました。

 しかし、姫様は静かにたたづまれ、約1分間の沈思黙考。そしておもむろに仰ったのです。「私がこのお城の女王になるためには、一つ条件があります」と。

 これを耳にしたKASIKO星人の代表は即座に「それは何でしょうか? 何でもお聞き入れ致します」と顔を前へ突き出しました。

 すると姫様はホッホッと笑われて、静かに述べられたのです。

「それはご飯のお供、いえいえ、言い直します、……、これかる始まるであろう私の女王人生には、お供が必要です、その適任、『just the man fot it』はここにいる直樹です」と。

 私は何のことかさっぱりわからず、ポカーン。

 すると浩二がツカツカと私の所まで歩み寄ってきて、「おい、直樹、お前もちろん娑羅さんの人生のお供をするだろ」と。

 これで私はやっと全貌が見えて参りました。いつぞや娑羅姫は「直樹に覚悟はあるの?」と言ってましたが、あの頃すでに彼女はこうなって行くことを予測していたのかも知れませんね。

 されども考えてみれば、この宇宙人の基地内にあるお城、そこに住む女王の人生のお供になるということは、そう、人間界の社会生活、つまり会社勤めに、へべれけもご愛嬌の飲み会、そして拳突き上げるスポーツ観戦……、などなどもろもろを止めるってことですよね。ちょっと辛いかもな、と。

 しかし、大、大、大好きな娑羅さまからのお誘い、たとえ人間止めて宇宙人になろうが、ここは新たな人生に踏み出すべきだ。こう一念発起致しました。そして後は very quick でした。

魔界平まかいひら娑羅姫からのお誘い、人生のお供、ここに宇宙男児、謹んでお受け致します」

 こうはっきりと答えると、ブラボー、ブラボーと声が掛かり、その後は拍手喝采。これはちょっと私を持ち上げすぎかなと思いまして、手の平をみな様の方に向けて、「まあまあまあ」と大声で抑えに掛かりました。

 するとこれを指名されたと勘違いしたかどうかは私には不明ですが、マーマー姉さんが素早く壇上へと駆け上がってきて、娑羅姫に言ったのです。

「ヒミコちゃん、おめでとう」と。

 えっ、ヒミコちゃん? ヒミコちゃんて、一体誰?

 私が45度ほど首を傾げてると、マーマー姉さんがまずは「まあまあまあ」と私の動揺を沈め……、されどもマーマー姉御のまあまあに我がおつむは余計に混乱しました。

 その上に、「ヒミコちゃんは娑羅姫の俗名よ、大昔にね、邪馬台国の卑弥呼女王もここを訪ねていてね、KASIKO星人の5000年先の技術で判明したんだよ、娑羅姫は卑弥呼の子孫でもあるのよ、おい、なおっチン、こんな大事なこと知らなかったのか、もっとお供業務に励め!」と私を叱りました。

 そして穏やかな口調で、「ヒミコちゃん、森のプリンセスから宇宙基地のクイーンにきっとなってくれると思ってたわ、今地球はヤバイッしょ、この美しい星を守って行く、そのお勤めは大変だけど、私たち地球出身の宇宙人は全面協力するわ」と告げました。

 私は一連の状況が把握出来ず、ポカーン。されどもお二人は私の前でニコニコ、その上に強いハグをなされているのです。

 そんな時です。やっぱり持つべき者は友ですね、浩二がスタスタと私の所へやっ来て、「ここにしばらく住んでみてわかったことがあるんだよ」と言い、珍しく淡々と説明してくれたのです。

「なあ直樹、魔界平まかいひら一族は源平合戦で負けて黄金山に落ちてきてな、この山にどうも神が住んでるのではないかと思うようになったんだよ、なぜなら不思議な連中に会ったからだよ、わかるだろ、KASIKO星人とかHYOKORI生物だよ、彼らは危害を加えて来るわけでもなく、ただ淡々としていて、何かで争うということはなかった。そんな縁で、彼らが住むこの一帯の自然を守って行くことにしたんだよ。それから長いお付き合いが始まってな、その行き来は姫屋敷の奥座敷に隠れ扉があってな、その先はトンネル。そこを通れば基地に来れたんだよな。もちろん幼かった娑羅姫もそこを通って、お城や山烏やまがらす・ジッチャンとバッチャン、マーマー姉さんの家に行ったりしてよく遊んでもらってたようだな」

 ここまで一気に話し込んだ浩二は一つフーと大きく息を吐きました。私はそんな経緯があったのかと驚きながらも一つ訊きました。

「トンネルがあるなら娑羅さんは、なぜこんなに遠回りをしてここに来たんだよ?」

 これに浩二は「10年前の地震でトンネルが埋まってしまってな、その後娑羅さんはどうしてももう一度この基地を訪ねたいと思い、ここからは俺の推測なんだが、俺たちずっと未確認生物を追っ掛けてきただろ、だからいつかこの基地へのルートを探してくれるだろうと一縷いちるの望みを掛けて俺たちと付き合ってくれてたんだよ」とさらさらと語りました。

 だがこの発言、私はちょっと頭に来ました。

「えっ、えっ、えっ! ちょっと待ってくれよ、俺たちは基地探しのただの助っ人マンだったのか?」

 これに浩二は大人発言で私をなだめてくれました。

「あのなあ、お前、ヒミコちゃんのことを愛してるんだろ、それでお前は、地球上のお前のくだらない日常をすべて捨てて、これからは女王さまのご飯のお供としてここで生きていくことを決めたんだよな、すべては結果オーライ、良かったじゃないか」

 浩二のこの発言、あちこちに棘がありましたが、私は我に返り、「そうだよな」と一つ頷き、それから「俺の一生掛けて、娑羅姫を守って行きま~す」と大声で叫び、あらためて己の覚悟を皆さま方にお伝え申し上げました。

 これに娑羅姫は私の所へ近付いてきて、一言掛けてくれました。これが実に嬉しかったです。「直樹、ありがとう」と。

 だけど私にはまだこの基地や宇宙人達のことが知りたく、浩二に尋ねてみました。

「なあ、ちょっと質問だけど、KASIKO星人ってメッチャ高度な宇宙人だろ、この地球を自分たちのものにしようとすれば出来ただろうに、どんなスタンスで我々地球人と付き合って来たんだよ?」

これに浩二はウンウンと頷き、「実は俺も気になって彼らの様子を窺っていたんだよ、そしてその答えはな、要は、……、サファリパークだよ」と言う。

「なんじゃ、それ?」と私は友人の顔をのぞき込みました。これに浩二はまるで天下を取ったような顔をして言ったのです。

「なあ、直樹、サファリ公園の動物って、要は放ったらかしだろ、決して深く関わらず、ただ遠くから眺めているだけ、その手法がヤツらにとっての他の星の生き物との付き合い方だよ」

 私は「ほう、そうなんや」と感心するだけでしたが、「だけど、卑弥呼女王がここを訪ねたり、卑弥呼女王の血筋の娑羅姫が仲良くしてもらったり、その上に俺たちも受け入れてくれただろ、これってどういうことなんだ?」とさらなる疑問をぶつけてみました。

「そうだな、直樹の疑問は当然だよ、俺も何でかなあと思っていたが、その結論はな、そう、『魚心あれば水心』なんだよな、かって卑弥呼女王も身体を壊し、それでも邪馬台国を平和に維持して行くためここのKASIKO星人を頼ってきた、そのお返しなのか卑弥呼女王の血筋の魔界平まかいひら一族はKASIKO星人達が好きなこの黄金山の自然を一所懸命守ろうとしてきたし、……」と言う。

 だけど私はまだ訳わかりませんでした。

「魚心あれば水心、それは諺としてはわかるけどな、我々の場合、魚心なんてなかったぞ、本来なら串焼きにされるところじゃなかったのか?」と首を傾げました。

 すると浩二はこぶしでドンと胸を叩き、「俺たちは学校を卒業しても未確認生物を追っ掛けてきた、そしてその結末として、これからどんな艱難辛苦があろうがKASIKO星人たちと共に生きていくと決めた、それが魚心であり、それを許したことが彼らの水心なんだよ」とヤケに偉そうに言いやがる。

 私は「ふうん、そうなんか、俺の場合はただ娑羅姫が好きなだけなんだけど」とボソボソと。

 そんな時にKASIKO星人の黄金山基地代表、言い換えれば自治会長がスーと近寄ってきました。


(11)Together, always as ever !

 その会長さんが女王と浩二と私を集めまじめ顔で仰るのです。

「女王さまとその夫の直樹、そして友人の浩二、早速ですがあなた方にファーストミッションをお願いしたい」

 これは大事なことであろう。だが私は娑羅姫の夫と認識され、とにかく、……、嬉しかったです。

 だけど我が妻は至って冷静で、「何なりと申されよ」と。

 いやはやすっかりクィーンになっちゃってさ、思わずケケケと笑うと、「おい、ご飯のお供、下品だぞ」と代表からお叱りを受けました。それから非常に重い表情をなされ話し始められたのです。

「この美しい星、地球は危機そのものじゃ、温暖化で南極や北極の氷は溶け、気温は猛暑と極寒が繰り返されとる、そのせいか豪雨で山は崩れ、川は氾濫して平地があっという間に水没しよる、さらに地震は頻発するし、火山の噴火は日常茶飯事だ、まさに地球が壊れつつある、そこでお三方にこの地球の危機を救ってもらいたい、これは人間だけでなく地球上のすべての生物、さらに宇宙人のためにも、この星を守って下され、これがミッションです、もちろん我々も最大限のサポートをさせてもらいます」

 こんないきなりの懇願、オッオッオー! 我々3人は三歩以上後退りせずにはいられませんでした。それから気持ちを落ち着かせてから私は尋ねました。

「あなた方は5000年先を行く宇宙人、その知能を持ってすれば、容易たやすいこと、それに比べ私たちは普通の地球人、そんな大それたミッション、ちょっと無理かも、……、で、なんで?」と。

 すると自治会長はその緑目を少し閉じ、それからパッと見開き、「生き物がいる安定星は遠目で見守る、オッオッオーの危機星は補佐する、これが宇宙ルールでありましてね、地球は疑いの余地がない危機星です、そこでこの基地の女王となられた娑羅姫とお主たち2名の使命を全面的にサポート致します」と言葉が強くて熱い。

 しかし、ほぼ偶然にこの基地に迷い込んできて、これからここで生きていくことを、言ってみれば単なる成り行きで決めてしまったところであるにも関わらずですよ、『地球を守れ』って、そんな大それたミッションを突然与えられてもね、……、もう訳わかりまへん。ただただポカーンと口を開けるしかなかったです。

 さあれどもですよ、娑羅姫は違ったのですよね。半オクターブ声のトーンを上げられまして、かつ力強く仰っられたのです。

「その地球再生プロジェクト、お受け致そうぞ!」

「えっ、えっ、えっ、たとえ我らの女王さまでもそんなん簡単に決めんなよ、……、ブーー」

 浩二も私も親指を下向けての最大ブーイングを。しかし、娑羅姫はぜんぜん動じませんでした。その上に私たちに対し真正面で向き合わられ、仰ったのです。

「いいわよ、地球再生プロジェクトに参加してもらわなくっても、さあ今からでも遅くないわ、安月給にオンボロアパート、出世の見込みゼロ、そんな地球生活に戻ってもらっていいわよ。だけどもう基地には入れないし、これこそが今生のお別れってことね」

 私は慌てました。だってこの基地のお城に住んで、娑羅女王を夫として支えていくことを覚悟したのですよ。こんなビッグチャンスを手にするには当然大きな覚悟が必要です。

 また浩二はマーマー姉さんとも知り合い、今までの未確認生物を追っ掛けてきて、黄金山こそ究極の場。つい棲家すみかだったようです。

 浩二も私も直立不動、そして会場全体に響き渡る声で決意を述べました。「地球再生プロジェクト、その推進に精進致します」と。

 だけどどうしたらこの美しい星、地球をどのように救えば良いのか、まったく白紙です。勢いよくこぶしを突き上げてはみましたが……。

 そんな時に会長さんがそっと寄って来られて、「昔友達が言ってたんだよな」と。それから私たちの手をギュッと握りしめて、耳元で囁かれました。

「為せば成る、為さねば成らぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけり」と。

 ああ、これって受験の時にあったな、確か上杉鷹山だったかな、とボンヤリしていたら、娑羅姫が何を思ったのか私の胸に突然飛び込んで来ましてね。そして柔らかな声で囁かれたのです。

「直樹、決心してくれてありがとう、もう私を独りぼっちにしないでね」と。

 これぞ男冥利、私は力一杯娑羅さんを抱きしめて、事もあろうか、「お前百までわしゃ九十九まで、共に白髪しらがの生えるまで」と吐いてしまったのです。

 すると娑羅さんはムッとなり、「ダッサー!」とお怒りの様子。私はこんな門出でこれはちょっと拙かったかなと暫し熟考。結果、私は実にすがすがしく明言したのです。

「Together, always as ever !」


(12)Back to the Heian period!

浩二が白鳥神社で出会った不思議な生物たち、その彼らとの出会いを求め黄金山基地に侵入。そして娑羅姫は地球を救うというミッションを受け女王さまとなり、私はその人生のお供、そして浩二はマーマー姉さんと結ばれました。

 そう、あの時に浩二も娑羅姫も、そして私も大きく人生が変わったのです。

 私たちはこの滅び行く地球をどう守るのか真剣でした。

 地球を守るっていうことは一体どういうことなのだろうか?

 私たちはKASIKO星人、HYOKORI生物、AIロボSOUMEIたち、さらに山烏やまがらす・ジッチャン・バッチャン、マーマー姉さんたちも含め随分と議論を重ねました。そして得た結論は、1千年前の自然、つまり平安時代に戻そう、要は『Back to the Heian period!』です。

 そう結論した原点は、誰しもも学んだ清少納言の『枕草子』です。折角ですからここで今一度復習しましょう。


 春はあけぼの。

 やうやう白くなりゆく山際、少し明かりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる。

 夏は夜。

 月のころはさらなり、闇もなほ、蛍の多く飛びちがひたる。また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光て行くもをかし。雨など降るもをかし。

 秋は夕暮れ。

 夕日の差して山の端いと近うなりたるに、烏の寝所へ行くとて、三つ四つ、二つ三つなど飛び急ぐさへあはれなり。まいて雁などの連ねたるが、いと小さく見ゆるは、いとをかし。日入り果てて、風の音、虫の音など、はた言ふべきにあらず。

 冬はつとめて。

 雪の降りたるは言ふべきにもあらず、霜のいと白きも、またさらでもいと寒きに、火など急ぎおこして、炭持て渡るも、いとつきづきし。昼になりて、ぬるくゆるびもていけば、火桶の火も、白き灰がちになりてわろし。


 地球の人たちがこのような自然に対する感性が持てるようにしたい。つまり今ある自然を平安時代に戻そうと結論しました。

 ただこの思いは良いのですが、さてさて具体的な手段は?

 難しいですね。

 されども次の方策に力を入れていこうと決めました。

 温暖化は核融合発電でCO2を排出させない。地震、台風、噴火等の自然災害は高速量子コンピューターによる解析、そしてその結果により異常エネルギーを安全に事前解放する。かつ巨大シェルター都市を建設等々。そして地球上の大自然を決して壊さず、あくまでもあるがままで保護をして行く。

 以上のような方向で一応決まりました。しかし、具体的にどのように進めて行くかが問題です。

 基地内で議論を尽くしました。そして私たちが結論した事は、1千年前の自然、『Back to the Heian period!』のプロジェクト推進のためにまずは優秀な人材を増やそうと結論しました。

 そのために黄金山基地と女王の怪山かいやまの生家を繋ぐトンネルを復興再開する。そして生家敷地内に『バックツー平安自然塾』を設立することと致しました。

 ただし、塾生は絶対に基地情報は漏らさない。この規約を前提として、先生や講師は5000年先を行く高度AIロボットたち。生活は全寮制で無料。もちろん卒業後は基地のメンバーとして『Back to the Heian period!』プロジェクトに参加して頂く。

 このような計画を立てたのですが、ここで問題なのはやっぱりその資金です。

 しかしながらここでKASIKO星人が提案してくれました。

「我々は宇宙の遠い距離を移動し、この黄金山を選び、ここに地下基地を建設しました、それはなぜだかわかりますか? 実は……、ここの地下には無尽蔵の金鉱脈があり、手付かずで眠ってるのです、それを掘り起こす時がやっと来ましたね、それを資金と致しましょう」と。

「えっ、えっ、えっ!」

 娑羅クイーンも浩二も、私を含めた地球出身の基地人はまさに青天の霹靂。黄金山、それは名前通り黄金の山だったんだ。とにかく大仰天です。みんな身体がワナワナワナ、ワナワナワナと震え、それが10分以上も止まりませんでした。

 娑羅女王はただただ沈黙されていたのですが、突然キリリッと背筋を伸ばされ、高らかに仰られたのです。

「みなの者、本日ただ今より、――、『Back to the Heian period』、そう、『平安時代に戻ろう』プロジェクトの開始ぞ、皆には異論がないと心得た、よろしいか、――、それぞれの業務に励め!」と。

 これに対し、KASIKO星人、HYOKORI生物、AIロボSOUMEIたち、もちろん私たちもただ一言、「御意!」と。そしてほぼ直角に腰を折り曲げたのでありました。


(13)烏兎匆々うとそうそう

 プロジェクト『平安時代に戻ろう』をスタートさせてから10年の歳月が流れました。

 娑羅女王と私・ご飯のお供との間には一男一女のベービーを授かりました。また浩二とマーマー姉さん家も、多分多産の血なのでしょうか、二年ごとの子宝に恵まれ5人もの子供達です。

 親として子供達へ願うことは、この基地内でKASIKO星人、HYOKORI生物、AIロボSOUMEIから5000年先を行く文化文明を学び吸収し、地球生まれの宇宙人として銀河へと羽ばたいていってくれることです。

 さてさてと、内輪話はこの辺にしときまして、プロジェクトのその後、どうなったかを報告させてもらいます。

 地球の自然を平安時代に戻す、こんなプロジェクトをスタートさせたわけですが、加速する地球温暖化をどうストップさせるか、また頻発する地震、火山噴火、台風などの被害をどう最小化させるか?

 私たちは基地内の住人、KASIKO星人、HYOKORI生物、AIロボSOUMEIたちと議論を重ねました。

 そして合意に至った結論は、『急がば回れ』でした。

 要は、黄金山基地のマンパワーだけでは無理。よって、『平安時代に戻ろう』プロジェクトに賛同する高度な技術を持つ人材をもっと増やそう、それを第一歩としました。

 そのためにまず基地から女王の生家へと繋がるトンネルを再開させました。

 そして黄金山の地下に眠る黄金を資金とし、生家の隣に『バックツー平安自然学塾』を目出度く開塾したのです。

 塾生が集まるかどうか心配でしたが、莫大過ぎる資金を元に、もちろん学費と塾生寮における生活費や食費無料です。

 これにより口コミで、当初は30人の定員に対し2、3人しか集まらなかったのですが、10年が経過した今は倍率30倍となりました。

 3~4年間、地球の5千年先の教育を施し、社会へと塾生を放ちます。しかし、それでもさらに塾に残り学びたいと思う者については、ここで初めて黄金山基地の存在を明かし、基地住人、つまり地球宇宙人になることを勧めました。

 こうして我々の仲間は10人増えました。

 彼ら、そして彼女たちはその内ここで伴侶を見つけ、その子供達は宇宙に羽ばたいて行ってくれる事でしょう。

 もちろん重点的に進めてきた核融合発電、これは地球に多くの小さな太陽を作る事です。こにより化石燃料を燃やすことは徐々に少なくなってきました。

 また地震や噴火、そして台風も、その発生を高度な量子コンピューターにより予測し、その過剰エネルギーを事前に緩やかに解放させてしまう。その技術も日々醸成され、成果が出つつあります。

 さらに最も大きな脅威、それは巨大隕石の落下です。これも高度な宇宙技術で、その軌道を変える事を学びました。

 これで万々歳です。まことにゆっくりではありますが、この地球はやがて平安時代、『春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山際、、……』の自然を取り戻すことでしょう。

 『Back to the Heian period』プロジェクトをスタートさせて10年、やっと先が見えてきた今日この頃でした。

 が、――。


(14)砂金黒穴大作戦

 黄金山基地の最上階にある謁見室で、娑羅女王がKASIKO星人の代表から何か報告を受けたのでしょう、顔が引きつってます。

 私は女王のご飯のお供、つまり付き人でもあり、夫でもあり、また二人の子供のダディでもあります。

「娑羅クィーン、どうなされましたか?」

 私はちょっと心配で訊きました。すると独身時代の素の女子に戻られ、「直樹、えらいことなんよ、どうしよう、……、そうだわ、浩二も入れて三人で策を練りたいんだけど」とちょっといつもの強気が萎えてます。

 私はこれはきっと大変なことなんだろうなあと思い、浩二を早速呼び出しました。

「おいおいおい、しばらく忘れられていた俺を急に呼び出すなんて、一体何事じゃ?」

 嬉しそうにやって来て、浩二はこんな僻みっぽいことを吐くものだから、「ねえ、昔居酒屋でいろいろ議論したでしょ、今は地球出身の宇宙人になってしまったけど、あそこが原点よ、だから私、やっぱり三人で決めたいの」と娑羅クィーンはかなり深刻そう。

 浩二も私もちょっといつもと違うと感じ取り、私は女王、いや妻に「わかったよ、俺は君のご飯のお供、言い換えれば人生のお供、さっ、心配事を話してごらん」と促しました。

 すると娑羅クィーンはかすかにニコッとし、さらっと話しました。

「さっきね、KASIKO星人の代表から報告を受けたの、ヤツが天の川銀河に近付いてます」と。

浩二も私もさっぱりわかりまへ~んがな。

「ヤツって、一体誰なの?」

浩二と私は声を合わせ聞き返しました。これに娑羅女王は速やかに一言だけ返されてきました。

よ」と。

 浩二と私は目をギョロッと剥いて、人生最大の――『???』。

 ただただ、ポッカーン!? この状態が1分は続いたでしょうか、そこから私はやっと蘇生し、もう一度確認しました。

「その星シャブリって、何なの?」

 私は非常に単純に我が妻に聞き返しました。すると女王は蕩々とうとうと答えてくれはりました。

「星シャブリは宇宙最大の生物よ、そうね、地球の大きさ1万3千キロメーターの約3倍長く4万キロメーター、幅は地球を丸呑みできる2万キロメーターあるとか、その姿はね、まるで胴太のウツボよ、好物は有機生物が存在する星で、一気に吸い飲みして、お腹の中でくるくる回してシャブリ尽くすの、そして味がなくなればボコッと吐き出すのよ、これで星はツルツルのビー玉星になるんだって」

 妻はこう言ってのけ、あとはツーンと。これぞ女王さまの得意の澄まし顔か、そんな感動を少しばかりしましたが、内容が内容だけに全身に震えが走りました。

 もちろん横にいる浩二も「宇宙最大の未確認生物・星シャブリ、ああ恐、ああ恐、俺オチッコちびりそう!」とジーパンの上から己の一物をしっかり摘まんどりました。

 そんな時に、「おまはんら、しっかりせえ! 地球を守るため星シャブリなんかやっつけろ、それがオマハンら、いやいや地球宇宙人としてのタスクじゃ!」と背後からガツーンと声が掛かってきたのです。

 その声の主は?

 恐々こわごわ振り返ると、マーマー姉さんが私と浩二を睨み付けてきてるじゃありませんか。そしてその背後には山烏ジッチャンとバッチャンが腕組みして仁王立ち。それに思わず浩二と私は「星シャブリより……、こわ~い!」と声を上げました。

 すると「あら、未確認生物・星シャブリは最上級ににこわ~いわよ」と我が妻の娑羅女王がさらりと仰られて、「ただ一つね、ヤツの苦手なものがあるらしいの、さっ、ジッチャン、この恐がり野郎に説明してやって」とまことに冷たいニッコリを。

 これに応えて山烏ジッチャンはカーカーと二鳴きされて、「星シャブリの好物は有機物、そして苦手な物は何ものにも反応しない無味無臭の……、砂金じゃ」と。

 これに浩二と私は声を合わせて「ホッホー、なるへそ!」。それに間髪入れずにジッチャンが「宇宙時空弾丸カプセルから宇宙空間に砂金の袋を作り、それで包み込む、そしてその上に砂金をぶっかけてやる、それでヤツは嫌で嫌で逃げまくり、それで追い込んで、底なしブラックホールでお陀仏させるんだよ、これぞ砂金黒穴大作戦だんべ」とドヤ顔だ。

 だけれども、メッチャ『???』ですよね。「そんなの大量のゴールドがいるっしょ、黄金山の地下鉱脈の金はあまりないし、……、どうするんよ?」と浩二が疑問を投げ付けました。

 すると横にいた浩二の妻のマーマー・ママが「あんた、心配いらないわ、白鳥座には黄金星というのがあってね、そこの金を使えば良いってね、KASIKO星人の代表が言ってくれてはるわ」と。

 だけどね、『???』、――、話しが今ひとつ飲み込めない。

 私は訊きました、「白鳥座の黄金星、そこの金を使えば良いって、それは有り難いことだけど、ところで、その宇宙時空弾丸カプセルの船長は一体、……、誰なの?」と。

 シーーーン、シーーーン、シーーーン。

 長ーい静寂が。その状態をもう少し正確に言えば、痛々しい76秒の時が刻まれました。そしておもむろに妻が、いえ娑羅女王が白魚のような長い人差し指を私に向けられてきました。

「これは私たちが愛する地球の問題なのよ、自らの手で解決しなければ、宇宙で生きていけないの、ね、わかってくれるわね」と。

 それから穂先に停まった赤トンボを捕獲する時のように指先を私の眼前でくるくる回されて……。あれれれ、お目々が回るじゃないかと感じていると、娑羅女王はもう一歩私の前へと進み来られて……、デコピン一発、ピ~ン!

 それから強い口調で「本日ただ今、ご飯のお供からキャプテンに昇進させる」と。

 私はこれで目が覚めてすべてを飲み込むことが出来ました。あ~あ、その時が遂に来たかと覚悟決めました。

 娑羅との間に出来た子供達もいずれ地球宇宙人として宇宙のために羽ばたいて行ってくれることでしょう。侍ダディとしてはここはしっかり使命を果たして行かないと恥ずかしい。私はそんな思いに至り、妻である女王に一言、――、「御意!」

 その一言を確認した女王は昔の可愛い娑羅姫の表情となられ、ポロポロと真珠の涙を零されました。そして神妙に「副船長は、――、浩二さん、よろしくお願いします」と。

 これに浩二とマーマー・ママが間髪入れずに、「ヨロコンデ! ヨロコンデ!」と連呼。これって昔どこかの居酒屋でよく聞いた相づちだったよなと、どことなく懐かしい。

 そんな時にいつの間にかKASIKO星人の代表、自治会長さんが背後に。

「ご両人、ありがとう、あなた方の地球を守るためのその挑戦的な決心に敬意を表します、白鳥座の星人として最大限のバックアップをさせて頂きます、……、ここでそのビクトリーを祈念し、山烏やまがらす・ジッチャンの栄光の5鳴きをお願いしたい」と。

 これを快く受けてか、いつの間にか来ていたジッチャンが前へと進み出てきました。そして手を腰に当て、『カー・カー・カー・カカー・・カツカカツカ・・・・』と。

 ちょっと長過ぎざんす。それに最後はしゃがれてまんがな。これにバッチャンがコップ一杯の水を「どっこいしょ、はい、鳴き声枯れの山烏さん」と差し出されました。

 こうして始まった砂金黒穴大作戦、KASIKO星人から提供された宇宙最先端の時空弾丸カプセル、構成は地球人主導で私と浩二、サポーターはKASIKO3星人、HYOKORI5生物,ロボSOUMEI100体。

 さらに白鳥座の黄金星から提供された砂金は30万トン。その価値は金1万トンが100兆円。30万トンで3000兆円。

 日本の国家予算が年115兆円、米国がその倍の240兆円、これらを優に超える価値、それをKASIKO星人は砂金黒穴大作戦のために提供してくれるという。彼らの地球を守ろうとするる熱い気持ちが嬉しくもあり感動ものでした。そして再度私はここに集まった仲間達に決意を述べました。

「この黄金山ドームに住む我々地球人には知恵も金もありません、されども課題解決の強い気概と堅い決意はあります、必ず砂金黒穴大作戦を成功させてみせましよう!」


(15)いて座A*(エースター)

 さてさて星シャブリをどこのブラックホールに追い込み、奈落の底へと落とそうか?

いや、その前にヤツは今どこに?

KASIKO星人からの情報では射手座のα星:ルクトバ(射手の膝)辺りをゆっくりと遊泳しているとか。

 私たちはこの情報を得て、検討を重ね、決断しました。

 天の川銀河の中心にある射手座、そこにブラックホール:「いて座A*(エースター)」が存在します。

 その穴は直径約2,000万km。太陽の大きさが140万kmですから太陽より約15倍大きいホールです。まあ宇宙レベルではさほど大きいものではありませんが、質量は太陽の約400万倍、まさに吸引力は超大です。山椒は小粒でもピリリと辛い、宇宙空間ではそんな表現が当てはまる黒穴です。

 位置は地球から約2万7,000光年先。太陽までの距離が0.0000158光年ですから、地球から太陽までの距離を17億回繰り返した先にあるということです。

 もちろん今の地球人の技術では到達できない遠さ。しかし5000年先を行く白鳥座KASIKO星人の時空弾丸カプセル、その出発点Aから到着点Bまでの距離をロープのように巻き取り、その厚み分のAB間の距離を使わせてもらえば、約1週間でその近辺に到達できます。

 そして星シャブリをブラックホール・A*(エースター)に落とす方法は射手座だけに矢で射止めるのではなく、どちらかと言えば追い込み漁です。

 ヤツが一番嫌う砂金を袋状にまき、その中へと包み込み、カプセルから噴出させた宇宙風で砂金をさらに吹き付け、ブラックホールへと誘導して行く。そしてその巨大な引力により奈落の底へと落とすという方法です。

 この計画を実行し、1年が経過しました。途中星シャブリは暴れたりしたのですが、顔面に思い切り砂金を吹き付けたりして、……、最終的にウォォーンと泣き叫びながら大きな黒い穴へと落ちて行きました。もう這い上がって来ることはないでしょう。


(16)ご飯の

 ♫ パッパラ、パッパラ、パッパラパ~ン ♫

 黄金山の地下にある白鳥座星人の宇宙基地ドーム、その中央にそびえるトンガリ城、その最上階のホールで凱旋パーティーが開催されました。

 壇上にはKASIKO星人の自治会長さんが。そして耳や鼻先をいつもよりピカピカと光らせてキックオフ。

「この星、地球をむしゃぶるであろう星シャブリを、娑羅女王のご飯のお供・ナオキとマーマー姉さんの穀潰し・コウジが我々の予想に反してですが、……、見事退治し、ここに凱旋されました、いずれにしてもこれにて地球はしばらく生き延びることが出来るでしょう、ご両人の満身創痍の働き、そして私たち一同の幸運に感謝したい、それではご唱和を、――、乾杯!!」

 これに合わせ、KASIKO星人、HYOKORI生物,ロボSOUMEI、総勢200体が、もちろん山烏やまがらす・ジッチャンとバッチャンも……、「カンパ~イ!!」

 これに私は、浩二が白鳥神社の賽銭箱に100円玉を放り投げたところから始まったこの顛末、「あ~、これが俺たちの人生だったのか」と思い入れながら、「ありがとうございます、これからも黄金山基地、そして地球のため粉骨砕身働かせてもらいます」と頭を下げました。

 そんな時に娑羅女王がそそっと私の横に来て、胸に顔を寄せながら、かっての娘時代の魔界平まかいひら娑羅の表情で話されたのです。

「黄金山基地、地球のためって? 忘れないでね、一番は……、私のためでしょ」と。

 私はドキッとしましたが、まったくその通りで反論はありません。そこで私は皆の前へと進み出て、「先ほどの凱旋挨拶、ちょっと言い直します、私の一番は、魔界平娑羅、いえ、娑羅女王のためにが、……、一番であります!!」と。

 これにKASIKO星人トップの自治会長が「これで直樹はご飯のお供から――、ご飯のに格上げとなりました」と。

 私はお供とお連れの違いはハッキリとは分かりませんが、なんんとなく嬉しい気持ちで一杯になりました。


 さてさてと、次はどんな宇宙未確認生物に出会うのでしょうね。


おわり


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未確認生物 鮎風遊 @yuuayukaze

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