第49話 独占欲もほどほどに
「アリシア、気をつけろ。エルザはまだ万全じゃないんだ」
「そうですわね。ごめんなさい、お姉さま」
そうは言いつつも、アリシアはエルザの腰に抱きついたまま離れようとはしない。
首だけでエルザを見上げるアリシアのピンク色の髪をなでれば、彼女はうれしそうに目を細めていた。
「今日のランチは全部食べきれたみたいだな」
ダグラスはそう言って、ベッドの上から薄手のカーディガンを手に取って、エルザの肩にかけてやる。
「お姉さま、帰ってきたときはスープもほとんど飲めませんでしたものね。ダグったらすごく心配してたんですのよ?」
そう言うアリシアに、ダグラスは「余計なことを言うな」と彼女のひたいを軽く小突いた。
「いつもありがとう、ダグ」
「食事ができるってことは、元気になっている証拠だ。気にするな」
以前に比べればまだまだ少ないほうだが、用意した食事をすべて平らげてくれたのはダグラスとしてはよろこばしいかぎりである。
彼は目尻を下げて、艶を取り戻したエルザの髪を軽やかになでた。
「ちょっとダグ! 俺のエルザに手ぇ出さないでよ!」
それまで黙っていたギルベルトが、ダグラスの背後から飛びかかる。
うしろから首に腕を回してエルザから引き剥がそうとするギルベルトに、ダグラスも負けじと後方に腕を伸ばして彼の頭を鷲掴みにする。
「やめろ。お前のほうが低いから苦しいんだ」
「はぁ!? お前がでかすぎるだけでしょ!?」
「お姉さま! 男どもは放っておいて、お茶にしましょう!」
むきになってじゃれあう男二人を無視して、アリシアはエルザの手を引いた。
窓際のソファへとエルザを促し、アリシアもちゃっかりと隣に腰をおろす。
「アリシア、なんだかうれしそうね」
「当たり前ですわ! またこうしてお姉さまと過ごせるんですもの!」
満面の笑みをこぼしながら腕にすり寄るアリシアに、エルザの顔にもおもわず笑みが浮かんだ。
「ちょっとー、そこ俺の場所なんですけど!?」
「早い者勝ちですわ!」
ギルベルトの主張にすかさず反論するアリシアが、エルザの腕にしがみつく。
さながら自分のものだと言わんばかりに、彼女は兄に向かって思いきり舌を出してみせた。
「いつもお兄さまばかりずるいんですのよ! たまには譲ってくださいまし!」
「独占欲もほどほどにな。飽きられるぞ」
「お前に言われたくないんですけど!? てゆーかエルザはそんなこと言いませーん!」
「もう! うるさいですわよ! さっさと座ってくださいまし!」
やんややんやとにぎやかな光景に、エルザもいつしか声を出して笑っていた。
変わらぬやりとりがずいぶんと懐かしいことのように思えて、エルザは目尻を濡らす涙をそっとぬぐった。
その日の夜。ディナーを終え、みんなで二階のダイニングルームで団らんを楽しんでいたときである。
コーヒーを用意していたダグラスが、おもむろにギルベルトに声をかけた。
「そろそろ、エルザに話してやってもいいんじゃないか?」
ギルベルトの表情に、ふっ、と影が落ちる。
名指しされたエルザは何事かと案じつつも、ただならぬなにかを感じたようで黙って彼の言葉を待った。
「……お兄さま」
「うん、わかってる」
妹に促され、ギルベルトは深々と、息をひとつ吐き出した。
そうしてまっすぐに、正面のエルザに視線を向ける。
「エルザ、落ち着いて聞いてほしいんだけど」
そこに、いつものふざけた雰囲気はない。
刺すように静まり返る空気に、エルザは静かにうなづく。
「…………ベルンハルド」
「えっ?」
しばしの沈黙のあと、ギルベルトが意を決したように口をひらく。
静寂の中、彼の言葉だけが、やけに鼓膜に反響する。
つぶやかれたのは人の名前だろうか。
しかしエルザには聞き覚えがない。
「公爵ベルンハルド卿。エルザの捜している、あのヴァンパイアの名前だよ」
おもわず息を飲んだ。
母を殺したヴァンパイア。
血のつながりだけのエルザの父であり、憎い仇。
なんの手がかりも情報もなく、ただ復讐のためだけに捜しつづけた男。
ギルベルトならなにかしら知っているのではないかとは考えたこともあったが、まさか本当にそうだったとは。
動揺を隠せないエルザに追い討ちをかけるように、ギルベルトはさらなる事実を口にする。
「アリシアの実父であり、俺の義父だ」
「っ、どういう、こと?」
心臓が早鐘を打つ。
思いもよらなかった事実に、一気に血の気が引いていく。
エルザは小刻みに震える指先を膝の上で握りしめる。
まだ彼の言葉を、完全に飲みこみきれていなかった。
それでも平静を装って問いかけたのは、知らなくてはいけないと思ったからだった。
ギルベルトの知るベルンハルドという男のことを。
これから語られるであろう過去と、それぞれをつなぐ因果を。
「聞いてくれる?」
エルザの真剣なまなざしに、ギルベルトはゆっくりとカップに口をつける。
喉を通りすぎる熱に、彼は深くひと息ついた。
「俺の実父は、古くからここら一帯をおさめる領主だった。ベルンハルドは、父の側近だった」
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