第42話 おあつらえむきな雰囲気

◇◇◇◇◇



 町外れの林の中ほどあたり。

 ルティスとアルヴァーは少数の隊員を率いて、不自然にひらけた空間を眼前にとらえた。

 片手で数えられるほどの小屋が点在するその場所は、どうやら材木置き場のようである。

 加工される前の丸太が積まれたままに残されており、風雨にさらされ朽ちようとしていた。

 放置されてからずいぶんと経つのだろう。

 周囲にヒトの気配はなく、昼間であるにもかかわらずどこか陰鬱とした空気が漂っている。

 小屋も長いこと使われた形跡がなく、あたりは不気味なほど静まり返っていた。


――ここまで生きているものの気配がしないというのも……。


 目の前の光景に、ルティスは口を引き結んで目を細めた。

 風化してひび割れた木枠。

 劣化して剥がれ落ちた壁板。

 割れた窓ガラスの破片が、小屋の内にも外にも散乱していた。


「なんつーか、おあつらえむきな雰囲気だこって」

「アルヴァー、無駄口をたたいている暇はないよ」

「わーってるよ。お前ら、配置につけ」


 アルヴァーの指示に、隊員たちは静かに返事をした。

 息を殺して足を忍ばせ、彼らは上官二人を残してそれぞれ小屋の前へと移動する。


「……いると思うか?」

「……わからない」


 アルヴァーのつぶやきに、ルティスは苔だらけの小屋のドアを見つめたまま答える。

 数日前にイースト支部にもたらされた情報。

 それは、『町外れの小屋にグールが棲みついている』というものだった。

 一見すればただのグール退治の依頼である。隊長と副隊長が二人して出向く必要はない。

 しかしその報告書の備考欄に記された一文が、二人にとっては無視できない内容だったのだ。


 小屋の所在地はエッケシュタットの東端。

 行方不明であるエルザが、最後に目撃された町と同じである。


 これは偶然の一致だろうか。

 わずかな可能性に賭けて、ルティスとアルヴァーはそろってこの地を訪れたのだった。


「アルヴァー、用意は?」

「いつでもいける」


 銃を構えたルティスとアルヴァーは、朽ちたドアを左右からはさむようにして、小屋の壁に背をつけた。

 半開きのドアのすきまを、湿った風がわずかに音を発して吹き抜けていく。

 部下たちへすばやく目配せし、小さく首を上下させたルティスの合図で、アルヴァーは一気に壊れかけのドアを蹴破った。

 ほかの小屋からも、次々と似たような音がこだまする。

 舞い上がった土ぼこりが、キラキラと陽光を反射していた。


「おーおー、こりゃまた派手にやったもんだな」


 そう言って、アルヴァーは肩をすくめた。

 目の前には、生き絶えたばかりのグールの死骸がいくつも転がっている。

 周囲に飛び散った黒い血痕はまだ乾ききっていないものもあるらしく、床には灰の山ができあがっていた。


「情報どおり、場所はここで間違いないようだね。死骸の状況からみて、まだそんなに時間は経ってないと思うんだけど」


 片膝をつき死骸の状態を確かめているルティスの横で、アルヴァーに踏まれた死骸が灰となる。

 まだ形を保っている死骸があるということは、殺されてからそんなに時間は経過していないということだろう。


「ルティス、どうする? 奥を調べるにしても、まだやつらがいるかもしれねーぜ?」

「そうだね。できればグールの動きが鈍る昼間のうちに終わらせてしまいたいけれど。警戒体制のまま順に奥を改めていくしか、っ!?」


 地面を踏む静かな足音が、ルティスの言葉をさえぎった。

 二人はすぐさま息を殺し、音のしたほうへ視線を向ける。

 小屋の奥、ほこりをかぶった角材の山の先の暗がりで、ゆらり、と大きく影が揺れた。

 それはゆっくりと、しかしまっすぐに二人に向かってくる。

 ルティスは銃を、アルヴァーはサーベルを構えて、じっと影の動きを凝視する。

 エルザであればいいという期待と、そうでないことを祈る思いが交錯していた。


「っ、おいおい……」


 姿を見せた影の正体に、アルヴァーはわずかに構えをゆるめた。


「『金髪のヴァンパイアが出る』と聞いて来てみりゃ、犯人はただのワーウルフとはね」


 暗がりから低いうなり声を上げたのは、漆黒の毛並みをなびかせたオオカミ―ダグラスだった。

 ヒトが乗れるほどに大きな体躯をもつ彼は、深紅の瞳を細めて殺気立つ。


「ふん、かようなものどもと一緒にするな」

「しゃべった!?」


 自分の予想に反して口をひらいた獣に、アルヴァーは一瞬たじろいだ。

 ヒトとオオカミの混血といわれるワーウルフは、本人にその自覚はない。

 ヒトとして生きている者が、夜間無意識にオオカミの姿に変化して活動しているのである。

 当然オオカミとなっている間の記憶はなく、人語を話すこともない。


「なるほど。このグールはあなたが? それともほかに」


 すぐさまオオカミの正体を見抜いたルティスは、冷静に言葉を交わす。

 言葉が通じる相手であれば、コミュニケーションの余地はあるだろう。

 だがそれは、再び現れた何者かの気配にさえぎられてしまった。

 グールの生き残りがいたのだろうか。

 物音がしたのは入口付近である。

 積み重ねられた大きな木箱。そのうしろで、人影がゆっくりと揺らめいた。



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