第24話 なりそこない
「……グールは、ヴァンパイアの手下じゃないのか……?」
「へ?」
「どうやらヒトの間では、そういう認識らしいな」エルザの疑問に答えたのはダグラスだった。
生き血をすする『ヴァンパイア』。
ヒトや家畜の血肉を喰い荒らす『グール』。
正直ヒトにとっては、どちらも似たようなものだった。みずからの脅威となるものに対して、これといった認識の区別はない。
そもそもヴァンパイアよりもグールのほうが身近な存在であるし、それぞれの違いを明確に述べることができる者など、たかが知れているだろう。
そのせいか、ヒトの認識ではグールはヴァンパイアの手先であると見なされ、クルースニクにおいてもそのように指導される。
にもかかわらず、グールがヴァンパイアを襲い、そしてヴァンパイアは当たり前のようにそれらを駆逐した。
エルザにとっては、またしても常識がくつがえされた瞬間である。
「まぁグールをわざとけしかけて、ヒトを襲わせてるやつもいるみたいだけど……。俺たちはそんなことはしないよ?」
「わたくしはあいつら大っ嫌いですわ! 知性も品格もない、ただのゲス野郎ですもの。あんなのと一緒にされるなんて、虫酸が走りますわ!」
ギルベルトが言い終わらぬうちに、アリシアが勢いよくまくし立てる。心外だとばかりに鼻を鳴らすアリシアに苦笑しつつ、ギルベルトも眉を下げて小さく頬を掻いた。
「たしかに、ひどい空腹にあらがえないとはいえ、本能のままに目についたものを喰い散らかすような連中と、仲間にはされたくないかなー」
言語や思考すら理解できず、腐りかけの肉体で生き永らえるなど、知性のあるものからすればとても耐えきれるものではない。
「グールは己の欲のままに生きてるからね。基本的に他人の言うことなんて聞きゃしないし、むしろ隙あらば俺たちを喰おうとするし」
さもうんざりだと言わんばかりに、ギルベルトはため息をつきながら首を振った。彼のそぶりを見るに、おそらくこういったことは、今夜が初めてではないのだろう。
「やつらは、ヴァンパイアのなりそこないだ。純血種の血肉を喰らえば、本物になれると思っている」
「だからこうして、ときどき屋敷の近くまで来ることがあるのさ。ま、あんなの俺たちの敵じゃないんだけどね」
「……そう……」
うつむき加減でぽつりとつぶやいた返事は、彼らに聞こえただろうか。
『ヴァンパイアのなりそこない』
その言葉が、エルザの胸に重たく突き刺さった。
彼女はヒトとヴァンパイアの混血である。
ダンピールも言い換えれば、ヒトのなりそこない。否、ヴァンパイアのなりそこないだ。
――一歩間違えれば、あたしも……。
グールになっていたかもしれない。そう思うと、気分は際限なく沈んでいく。
「ふわぁ、ねむ」
エルザの気持ちを知ってか知らずか、ギルベルトは伸びをしながら大きなあくびをひとつこぼす。
ひらいた口から覗いた八重歯は大きく、先端が鋭く尖っていた。
「もう! 寝不足は乙女の敵ですのよ!」
部屋に戻ると言うアリシアの言葉を合図に、エルザたちはウッドデッキをあとにする。
誰もいない庭を、強くなった夜風が吹き抜ける。
「お兄さま、お姉さま、おやすみなさいませね」
「うん、おやすみー」
みんなそろって二階へ上がる。北側の自室へと戻るダグラスとアリシアに、ギルベルトは手を振って応えた。
二人を見送ったエルザも体を反転させ、あてがわれた自身の部屋へ向かう。向かい部屋のギルベルトも一緒だ。
特に会話するわけでもなく、二人は並んで廊下を歩いた。
ゆったりとした足音だけが、静かに時間の流れを感じさせている。
正直、この沈黙は嫌いではない。
「…………」
「エルザ? どーしたの? 閉めるよ?」
「…………」
「…………?」
「……なにしてんの?」
ギルベルトの部屋は向かいのはずである。
なのになぜ、この男は当たり前のようにエルザの部屋に先に入り、なおかつ早くしろと言わんばかりの態度なのだろうか。まさか寝ぼけて部屋を間違えているわけではあるまい。
「なにって? いいから早く寝ようよー。俺もう限界。眠たい」
やはり一緒に寝るつもりらしい。
深々とため息をついたものの、エルザはおとなしくギルベルトの脇を通り抜けた。
「……え……?」
彼女の意外な反応に、ギルベルトはドアを支えたまままばたきを繰り返している。
「……なによ。どうせ追い出してもあとから入ってくるんでしょ」
だったら追い出しても意味がない。
エルザはわずかに肩をすくめながら、固まったままのギルベルトを見遣った。
「ったく、せめてシャワーくらい浴びてきて。灰まみれのやつとは寝たくない」
「おっけー♪ すぐ戻ってくるから待っててね♡」
よろこび勇んで自室へと駆けこんでいったギルベルトの背を見送りながら、エルザはゆっくりと閉まっていくドアに向かって息を吐き出した。
ぶ厚いカーテンを開けたままの室内は、満月のおかげか薄ぼんやりと明るい。
大きな窓から射し込む月明かりが、エルザの表情に影を作っていた。
エルザは明かりもつけずにベッドに腰かけると、こてんと横になる。
なんとなく、今夜は一人でいたくなかった。
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