第1話 「出会いの夜」 Part1



夜もまだ更ききっていない時間帯。一人の少女は住宅街を歩いていた。平日の夜とあって通るのも自動車や自転車が多く、歩いている人は殆どいない。ふと立ち止まり空を見上げた。街の灯りが邪魔をして夜空に輝く星々の光は殆どない。それはまるで少女の心を映しているようだった。肩まで伸びた黒く綺麗な髪が夜風にあたり少し靡く。冬の始まりとあってか、少し肌寒い。「寒いな。」と少女は空を見ながら呟いた。少女は再び歩き始める。黒色のパーカーに黒のジーンズ、黒のスニーカー全身黒ずくめのいかにもな感じの服装をしているが、梓愛咲夜にとっては普通だった。昼間の時間帯だったら、違和感のある服装だが、日が沈んだこの時間帯ならこの格好をしていても違和感がない。というか暗闇に溶け込めていた。何故、咲夜が一人平日の夜の街を歩いているかというと、咲夜にはこの時間帯に出歩く目的があったのだ。咲夜は身を潜める場所がないかと辺りを見渡していると、右前方にちょうど隠れれそうな隙間があった。家と家との間に外壁があり、その間には人が一人通れそうな空間があったので、咲夜はそこに身を潜めようと決めた。バレないように少し深く入り、そして身を低くした。幅も少し余白がある程度で身動きが可能な状態だ。暫く身を潜め獲物を待つ数分、数十分、時間だけが過ぎていく。夜も更けて人通りは全くない。咲夜は徐々に苛つき始めた。「早く来い。」つい本音が溢れる。時間が経つにつれ、ハァハァと徐々に息が荒くなり、その度に白い煙が出ては消える。この欲求を早く満たしたい。体が疼く。男性が女性を利用し性欲を満たすのと一緒で彼女のこの欲も抑えられないものなのだ。彼女の瞳は暗闇の中で獲物を探す獣のように輝いていた。その直後、目の前に映り込んできたのが一人の女子高生だった。学生だと判断できたのは、学校の制服を着ていて学生鞄を持っていたからだ。「この時間に女子高生?」と考えたが、そんな疑問は一瞬で欲に掻き消された。咲夜はニタっと笑みを浮かべた。「こいつを殺そう。」咲夜は今日の獲物が現れたことに喜びを感じていた。咲夜のターゲット層は女性か華奢な男性。大柄な男性だと抵抗された際に敵わないからだ。女子高生は一人で歩いており、咲夜の存在に気づいていないようだった。

咲夜は女子高生が過ぎていくのを確認し、数十秒間待ってから、隙間から出た。そして、女子高生の背後に忍び寄る。その動作はまるで、数メートル離れた場所から気付かれないように獲物に接近するチーターのようだった。獲物との距離が徐々に徐々に縮まっていく。「いける。」咲夜は確信した。そして勢いよく女子高生の腕を掴んで引き寄せ、壁に押し付け、ポケットに閉まっていた小型ナイフを素早く取り出す。そして女子高生の首元に突き付けた。その手捌きは慣れた様子だった。だが、今日の咲夜は違っていた。いつもならこの勢いのまま切るはずなのに切る寸前で手を止めてしまっていた。顔見知りだったからそうした訳でない。例え顔見知りだったとしても、咲夜なら欲満たさの為に躊躇なく殺すだろう。この行動が本能的になのか無意識なのか何故、自分がそうしているのかを咲夜自身は分からなかった。というか咲夜自身はその思考にすら至ってない。女子高生は何が起こったのか理解出来なかった。急に背後から強い力で引っ張られ、気がつくと壁に突きつけられ冷たい感触がくびもとにあったのだ。しかし、女子高生は一瞬で状況を理解した。自分は目の前の人物に殺されかけていると。女子高生は至って冷静だった。自分を殺そうとする人物がどんな人物なのか気になり、目線を向ける。フードを深く被っていて、顔がよく見えないが、その目は今にも獲物を狩ろうとする猛獣のような鋭さがあった。身体は華奢で身長は女子高生より5.6cm小さい。「小柄なのにどこにそんな力があるのだろう?」と女子高生は不思議に思った。女子高生は恐怖におびえることなく、冷静に咲夜の瞳を見つめた。その冷たいまなざしが、咲夜の心にわずかな迷いを生じさせた。「殺さないの?」女子高生が口を開く。その問いにさやは驚いた。我に返り状況を整理する為に全神経を集中させる。何故、寸前で自分は手を止めている?そもそもこの獲物は今の状況で、何故、あんな言葉を口にする?何故、抵抗しない。何故、悲鳴を上げない。咲夜はこれまで経験したことがない出来事に少し焦っていた。二人の間に一瞬、まがあく。咲夜は動揺を隠すかのように

「どうして悲鳴を上げないの?」不思議そうに尋ねた。それと同時に持っていたナイフに更に力を込めた。

女子高生は淡々と答える。「悲鳴を上げても、何も変わらない。抵抗しても無駄だと思った。私の腕力ではあなたからは逃れられない。もし、私があなたの接近に気づいて走っていれば逃げれたかもしれないけれど…。この状態になった時点で私の選択肢はなくなったの。今の私の命はあなたの気分次第でどうにでもなる。それにもう私には失うものがないのよ。」

何もかも全て諦めたかのような返答に咲夜の瞳孔が開く。今までの獲物たちは真っ先に悲鳴を上げ、抵抗をし懸命に抗おうとしてきた。なのにこの獲物は全くの逆だったのだ。咲夜は女子高生に興味を引かれた。首元からナイフを下ろし、咲夜は女子高生の手を放した。その行動に女子高生は唖然としている様子だった。

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