18話『死の味』

 赤と銀が混ざる髪色に、空のような青い瞳。笑みを浮かべる口からは鋭い歯が見え隠れする。

 肌には所々トカゲのような緑色の鱗が見える。


 目の前にいる男は強敵だ――。


 それを察するのに時間はかからなかった。有り余ってるかのような体から漏れ出ている魔力。


「早く私にその石を渡せ、小僧」


「一万ゴールドをくれないなら、死守するつもりだけど」


「その減らず口、命が惜しくないと見て取れるが? もう殺してしまってもよいか?」



 俺はつくづく思う。

 前世からそうだったし、この世界に来てからも改めて思うのだ。


 ――本当に運が悪い、と。


 正直。生と死を彷徨う状況に何度も出くわすことがただ運が悪かったと簡単に片付けられないのが本音である。


 そんな不運な俺だが今は違う。

 俺だけの忠実な部下がいる。


 これは過信でも慢心でもない。

 どうせ殺されるなら抗ってやろうという、不運な男なりの覚悟である。


「まぁ、それはこっちのセリフでもあるんだけどね――出てこい」


「はは、まだ出せるのか。しかもこの数とは……」


 殺されないための獲物が見せる死に際の威嚇。

 そう思われるほどに、この男との実力差は大きい。それはこの男を目の当たりにしている俺が一番理解している。


「降りてこい、イグニス。お前の相手はこの烏合の衆だ」


 俺が一番懸念していたことでもあった。

 イグニスと呼ばれる上空を飛び回るドラゴンが、この地にその巨躯を落とした。


 この謎の男だけなら時間稼ぎも可能だったかもしれない。

 でもこのドラゴンを同時に相手するということ、レッドウルフたちの戦力をそちらに注がなくてはならなくなる。


「どうした? お前対私の一騎打ちでは、何か不満か?」


「そうだね、ないことはない。というか、不満しかないんだけど。手加減とかはしてくれない感じです……?」


「手加減も何も、お前が魔石をこちらに渡すだけで戦わなくて済むだけだろう?」


「あー、だからそれはなし! 一万ゴールドないなら渡しません!」


「じゃあ始めるとしよう。お前のお仲間もそろそろここに着く頃合いだろう」


 どうやら手加減してくれないそうだ。

 俺は地面から石を何個か手に取って、戦闘態勢に入る。

 敏捷力がある、あさがおだけこちらに加勢してもらうとしよう。


「では、開始だ」


 男の合図で戦闘は始まった。

 本来なら撫でるように俺を殺せるくらいだろう。そんな余裕があるからか、この男はその場から一歩も動こうとしない。


 もちろんそれは俺からすれば好都合でしかない。

 遊ばれていようが、舐められていようが、それは総じて手加減ということでもある。


 俺は手に持った石に『加速』の『魔力付与エンチャント』をした。

 そしてその石を男へと投げる。


「手加減ありがとうございます――ッ」


 お世辞にもコントロールは完璧と言えないが、そのスピードは目では捕らえきらないほどに早く、男の方へと一直線で加速する。


 だが――、


「ただの石をただ投げるだけ。つまらない能力だな」


「なっ!」


 それは生身の手で払われてしまった。

 視界で捕えられないものを、周辺に舞うハエを叩き落とすかのように、文字通り手で払われてしまった。


「あいつらを出す能力は確かに面白いが……お前自身は全く面白くないようだな。生かす価値があるかと思ったが、まぁここで死んでも構わんだろう」


 ゆっくりと近付いてくる男。

 目の前に来た瞬間、俺は男から感じる魔力に吐きそうになった。


「わかった、わかったから!」


「ほう? 何が分かったんだ?」



 先程から魔力の消耗が止まらない。

 奥を見るとレッドウルフたちもあのドラゴンには手も足も出ないらしい。

 今の俺にはこの男には勝てない。仮にレッドウルフたち総出でこいつに挑んでも勝てるのだろうか。


「これを渡すから」


 ここで死ぬ訳にはいかない。

 悔しいが一万ゴールドは諦めるとする。レナードも説明したら許してくれるかもしれないし。


 男は魔石を受け取ると、上機嫌にそれを眺めた。

 一頻り見たあと、男はこちらを向いた。


「少し遅かったな、私は今殺意に満ちている」


 その瞬間、腹部に激痛が走った。

 男にはつい先程までは持っていなかったはずの剣があり、それは俺の腹を貫いていた。


 血が出ている。この世界に来て、アルトの体から出ている血を見るのは二度目だ。


「なっ、約束が違っ……」


 喋ろうとすればするほど体の力が抜けていく。俺は気付けば地面に膝をついていた。


「約束? お前が私と戦う意志を見せたのだろう? やっぱりやめるなんて、戦闘態勢に入った魔獣が受け入れると思っているのか、小僧?」


 俺の意識は段々と薄れ始めた。

 この感覚、あの時と同じだ。


 ――あぁ、このまま死ぬのか。


「イグニス、行くぞ」


 一万ゴールドに加えて、命まで失うのか。

 せっかく『転職』したばかりだというのに。それも水の泡と化した。


 暗くなっていく視界に、ドラゴンが上空へと飛び立っていくのが映った。

 これが俺の最後らしい。この世界に生まれてまだ一ヶ月ほどの短い人生。


 アルトの人生を生きると決めた結果がこれである。

 魔石一つを守るために、俺は第二の人生を失ったのだ。しかもそれを守れてすらいない……。



「――本当に、俺は不運だ……」

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