第29話 推しの教え


泰弦たいげんくん!」


 アキがいなくなり、元に戻った遊園地は軽やかな音楽と喧騒に包まれていた。


 そんな中、ずっと遠巻きに見守っていた甚外じんとが駆け寄ると、泰は目を丸くする。


「ジンくん、それに長老や國柊こくしゅうまで……どうしてここに?」

「俺たちがここにいる理由なんていいから。それよりアキねえが攫われるなんて」


 國柊が誤魔化すと、泰は苦々しく告げる。


「……悔しいよ。僕がついていながら、アキさんが攫われるなんて……」

「あいつ、琉戯と槍のために人質をとりおったか」

 

 長老が鷹揚おうように構える中、


「早く琉戯兄さんに知らせないと」


 そう言って、國柊は走り出した。




「——なに? アキちゃんがあの女に連れ去られた、だと?」


 璃空りくうに狙われていることもあり、琉戯りゅうぎは泰のマンションに避難していた。


 そこにやってきた泰や國柊、それに甚外だが。


「そうなんだ。どうしよう、琉戯兄さん」


 焦っている國柊に比べ、琉戯は冷静だった。


「そりゃ、助けに行くしかないが……槍は今どこにあるんだ?」

「槍はたもるが持ってるかも」


 甚外じんとが言うと、琉戯は不思議そうな顔をする。


「アキちゃんのお兄さんが?」

「もともとあの槍は、賜のものなんだって」

 

 衝撃の事実に、泰も驚いた顔をする。


「槍の所有者だなんて……賜さん、何者?」


 だが余計な詮索をする時間などないことは、皆もわかっており。


 國柊はまずやるべきことを口にする。


「とにかく、賜さんにも伝えよう」


 その言葉に、皆は頷いた。






 ***






「……なんだって? アキが攫われた?」


 アキのマンションに移動したとおるたちは、さっそくたもる璃空りくうの話を伝えた。


 無関係な人間であれば、伏せておきたい部分もあったが、賜が槍の所有者だということもあって、伝えるべきだと判断したのは琉戯だった。


 甚外は告げる。


「うん。アキを返してもらうには、槍と琉戯が必要なんだ」

「だが、俺の槍をニセ璃空なんかに奪われるわけにはいかない」

「アキさんが攫われたのに、どうしてそんなことを言うんですか? お兄さんなのに」


 泰が悲しげに言うと、賜はかぶりを振る。


「俺の槍は死神の槍だからだ」

「死神の槍?」

 

 琉戯の問いに、賜は何やら言いにくそうに告げる。


「……俺が死神だった時代に作った代物だ」


 その言葉に驚いた泰は思わず呟く。


「賜さんが死神……?」


 すると、賜は仕方なさそうに説明する。


「ああ、色々あって、今はアキの兄役をしているが……その話はまた今度にしよう。今はアキをどうやって救出するかだ」


 賜の言葉に、皆が唸る中——。


 國柊が閃いたとばかりに目を輝かせる。


「そうだ! 賜さんの槍、どうしても渡せないなら、レプリカを作るのはどう?」

「そんな簡単にレプリカなんて作れるものか?」


 琉戯が呆れた目を國柊に向けていると、長老が何やら呟く。


「レプリカ……レプリカなら」

「長老どうしたの?」


 國柊が訊ねると、長老は思い切った案を出した。


「お前たち、槍に化けることはできないのか?」

「なるほど、その手があったか!」


 感心する琉戯の傍ら、國柊が手を挙げる。


「化けるのなら、俺が得意だよ」

「なら、お願いできるか? 國柊」


 長老にお願いされて、國柊は胸を叩いた。

 

「まかせてよ!」


 やることが決まり、場の空気が引き締まる中、琉戯が次の課題を上げる。


「それで、あとはあいつが今どこにいるか……だが」

「何も言わなかったってことは、この間の廃ビルにまだいるんじゃない?」


 國柊の言葉に、琉戯も頷く。


「なら、さっそく行ってみるか」






 ***






「……前よりも空気がよどんでないか?」


 つい先日、琉戯が監禁されていた璃空りくうの廃ビルに再びやってきた一行だが。


 ビルの中は前回よりもずっと荒れているように見えた。


「血のにおいがするね」

「こら、國柊、喋るなよ」


 口もないのに喋るを見て、琉戯が叱りつけるように言うと、賜が所持していた槍は素直に返事をする。


「はーい」

「でも確かに、血のニオイがする。しかも璃空の」

 

 甚外が手のひらで口元を覆うと、長老が扇子で扇ぎながら告げる。


「死神の槍で突かれたからな……あいつも長くは生きられないはずだ」

「どういうこと、長老?」

「死神の槍は、生きとし生ける者を死に追いやる槍だからだ。——まあ、例外もあるが」


 その言葉を聞いて、今度は泰が賜に訊ねる。


「賜さん……以前は死神だったっていうのは本当なの?」

「ああ、本当だ。俺は過ちを犯して、人間として生まれ変わったんだ。だが、今の俺の力では槍を壊すことができなくてな……保管していたところを、盗まれたんだよ」

御剣みつるぎのおじいちゃんに?」


 目を瞬かせる泰。


 賜はため息を吐く。


「いや、御剣みつるぎの当主は盗人ぬすっとが落とした槍を拾ったらしい」

「なんだか変な巡り合わせだよね」


 槍がしみじみ言う中、たもるは場を引き締めるように告げる。


「その話はまた今度するとして……ニセ璃空はどこにいるんだ?」

「相変わらず、そこら中から気配はするのに、本人はいないんだね」

「だから國柊、喋るな」 


 槍の姿で唸る國柊を、琉戯がたしなめる中、泰はヒビ割れた天井を見上げた。


「アキさん……」






 ***






璃空りくうさん、どうして私を……?」


 遊園地で、璃空さんの声を聞いた私——アキは、気づくとベッドしかない質素な部屋にいた。


 それにすぐそばには璃空さんもいたけど、ずっとお腹を抱えて動けない様子だった。


「人質が、喋らないでよ」

「でも璃空さん、苦しそう……手当てしなきゃ」

「余計なことよ、あなたは黙ってそこにいればいいの」

「でも……」

「私の心配をしているふりなんかして、脱出の機会でもうかがってるの?」

「違いますよ。そりゃ、逃げたいけど……璃空さんの怪我が気になるんです」

「そんなこと言って、私を油断させようったって、そうはいかないわよ」

「油断しなくていいですから、傷を見せてください」

「何よ……」

「またくすぐりますよ?」

「いくら弱ってると言っても、あなたをどうにかするくらいの力はあるわよ」

「だから、傷を見るだけですから」

「な」


 そして私は、無理やり璃空さんのシャツの胸元を開いた。


 すると、胸にまかれたさらしに血が滲んでいた。


 賜お兄ちゃんに刺された怪我がひどいのだろう。


「これ、病院行かなきゃ……」

「無駄よ。病院なんかで治るはずがないじゃない」

「……璃空さんは、こんな怪我をした状態で……どうするんですか?」

「もちろん、琉戯を取り戻すのよ」

「琉戯さんのことが、好きなんですか?」

「そうよ。私はずっと琉戯が好きだったの……」

「なら、わざわざ私を誘拐なんかしなくても、琉戯さんなら話を聞いてくれると思いますよ」

「無理よ……こうでもしないと、あの人は私の元に来てくれないわ」

「どうして?」

「私が他の妖怪のところにいたから」

「それって、浮気したってことですか?」

「……」

「最低じゃないですか。浮気したうえに、今度は無理やり呼びだして仲直りしようなんて」

「仲直りなんてするつもりはないわ」

「じゃあ、どうするんですか?」

「あの人と一緒に死ぬのよ」

「はあ!? なんで?」

「あなたにはわからないでしょうね。大人の恋愛は複雑で難しいものなの」

「どこが難しいんですか? よそ見してる間に離れた琉戯さんを殺すとか、自分勝手の極みじゃないですか」

「なんですって!? あなた、自分の立場をわかってる?」

「わかってます。私は璃空さんの自己満足のために誘拐されたんだから」

「……その口、縫いつけてやろうかしら」

「私、彼氏なんかいないし、泰弦くんを推すだけで精一杯だけど……大切な人を傷つけちゃいけないことくらいはわかります」

「子供の恋愛と一緒にしないで」

「恋愛に子供も大人もあるんですか? 自分勝手な璃空さんこそ、子供じゃないですか」

「なんですって!?」

「好きなら好きって、真っ向から勝負すれば琉戯さんだって振り向いてくれるはずです!」

「なんでそんなことがあなたにわかるのよ」

「これでもSJを推して三年ですから! 琉戯さんの性格くらいわかります!」

「ふん、たった三年見ていたくらいで、わかるはずがないわ」

「わかります! SJの動画は二千回くらい見てますから!」

「……なら、あなたも琉戯のことが好きなの?」

「いいえ。私は泰弦くんしか推してないです」

「……」

「でも、私が推してるのは、泰弦くんを幸せにするためなんです! そして、幸せをもらうためでもあるんです!」

「あなたの推しの話なんて知らないわよ」

「琉戯さんが欲しいなら、真面目に推してください!」

「はあ?」

「琉戯さんだって、まっとうなファンなら受け入れてくれるかもしれません」

「私は別に推してるわけじゃ……」

「琉戯さんをちゃんと推して、幸せになってください!」

「だから、私は琉戯を推してるわけじゃないのよ……」

「私の中で、好きって推すことなんだと思います……そうだ。私は泰弦くんが好きで推してるんだ。けど、泰くんは友達だから……」

「なんなのよ」

「ああ、もう! 私の気持ちがわからない!」

「とにかく、あなたにはちゃんと人質になってもらわないと」

「人質じゃありません」

「は?」

「琉戯さんに想いを伝えたいなら、私を人質にするなんて絶対ダメです! 失敗すると思います! だから——」


 喋りすぎて息を切らしながらも、私はさらに口を開く。


「私に璃空さんの恋のお手伝いをさせてください!」

「は?」

「だから、これ以上好感度を落としちゃダメですよ」

「……いまさら、好感度なんて……」

「ううん、今からでも遅くないです! 好感度上げましょう」

「……うっ」

「璃空さん?」

「あなた……うるさいのよ」

「大丈夫ですか?」

「……あなたが羨ましいわ」

「……え?」

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