第27話 密会
けど、まさかこのタイミングで、いきなり
……泰くんが実は泰弦くんってどういうこと?
あまりの衝撃に、私——アキはみんなの前で倒れてしまったのである。
「……アキさん、大丈夫?」
すぐ近くから、甘い声が聞こえた。
特徴のある声なのに、どうして今まで気づかなかったのだろう。
ああ、神様……これは夢なんでしょうか?
最推しが倒れた私を抱えながら心配そうな顔をしていた。
けど、さすがにこの至近距離の推しには免疫がないので——私は思わず立ち上がって泰弦くんから距離を取った。
「ち、近づかないでください!」
「え? アキさん?」
「息が吸えないので」
「なんで? 今まで普通だったのに」
「泰弦様の美しいご尊顔を拝見したら目が潰れてしまいますで候」
「アキさん!?」
「私を下僕とおよびください。#私服良すぎ #尊い」
「いつもと同じ服だよ? あ、でも学校では
「承知しました、泰弦様」
「もう、やめてよ。どうして普通に接してくれないの?」
「だって推しが目の前にいるんだよ? 握手会もほとんど当たったことないのに」
「正体を明かしてもアキさんなら変わらないでいてくれると思ったのに……なんだか前よりずっと遠くなったみたいだ」
悲しげな泰弦くんも麗しくて、私は盗撮したい気持ちを堪えて見るだけで我慢した。
***
「今から
——翌日。
今日は学校がお休みということで、私はいつものようにリビングで推し活に励んでいた。
私がリビングで泰弦くんの切り抜きを広げる中、ふいにジンくんが声をかけてくる。
「ねぇ、アキ」
「それともスローガンがいいかな?」
「アキ?」
それから何度呼ばれても、なぜかジンくんの言葉が頭に入ってこなくて、私は推し活を続けていたけど……。
「アキ!」
「あ、ジンくん。どうしたの?」
ようやく気づいた私に、ジンくんは心配そうな顔を向ける。
「今日のアキ、変だよ」
「推し活頑張ってるだけだし」
「違うよね? 泰弦くんが、本物の泰弦くんだってわかって、動揺してる?」
「……そりゃ、動揺もするよ。だって、泰弦くんは一番好きな人だったんだよ?」
「だったの?」
「うん。だった」
「今は違うの?」
「わかんないの。こんなに近くにいて、しかも一番そばにいる友達が推しだったなんて……私にはよくわからないよ」
「アキ」
「でも推したい気持ちは変わらないから、これからもいっぱい推すんだ」
「アキ、無理しないで」
「え?」
「アキは遠い泰弦くんが良かったんだね」
「……そんなことないよ。今だって、泰弦くんのこと応援したいよ?」
「だったら、泰弦くんがアキのこと好きって言ったら、アキはどうするの?」
「泰弦くんが? 私を? そりゃ、推しに好きって言われたら——」
「言われたら?」
「わかんない」
「どうして?」
「だって、
「……」
ジンくんが不思議そうな顔をする中、
「一番大好きな泰弦くんと、一番大切な友達の泰くん……か」
賜お兄ちゃんがそう言って通りすぎていった。
***
「おはよう、
いつもと同じ朝。
私が教室に入るなり、由宇が駆け寄ってくる。
「おはよ、アキ。聞いた?」
「何が?」
「SJのコンサートのセットリストが先に発表されたみたい」
「そうなの?」
「どうしたの? 反応薄いね」
「そんなことないよ。私はいつでも泰弦くんを推してるんだから……」
「何かあったの? SNSでアンチに攻撃されたとか?」
「私SNSは見る専だから」
「そうだよね。じゃあ、推し変したいとか?」
「そんなこと思ってない」
「じゃあなんなのよ」
由宇が首を傾げていると、そんな時——泰くんも教室にやってくる。
「おはよう、アキさん、由宇さん」
「お、おはよう泰くん。じゃあ、私ちょっとトイレ行ってくるね」
「え? アキ?」
「アキさん……」
……いきなりトイレだなんて、変に思われたかな?
でも泰くんといるとなんだか緊張して、長くその場にいられないというかなんというか……反応に困るんだよね。
トイレの中でため息をつきながら、私はいつ教室に戻るかを考えていた。
***
——放課後。
いつものように泰くんと二人で住宅街を歩いていた私だけど。
なんとなくぎこちない空気が流れていた。
何か喋った方がいい気もするけど、何を喋ればいいのだろう。
私が困惑しながら歩く中——そのうち泰くんが口を開く。
「あ、アキさん、えっと……もうすぐコンサートがあるんだけど」
「うん、知ってる」
「アキさん来てくれる?」
「え?」
「アキさんが来てくれたら、僕……頑張れるから」
「……今からチケット取れるかな?」
「チケットは僕が用意するよ」
「そんなの悪いよ」
「いいんだ、関係者席のチケット余ってるから」
「でもそんなの……ズルいし」
「ズルくなんかないよ。僕には見に来てくれる両親も兄弟もいないから……アキさんに来てほしいんだ」
「……そっか。じゃあ、お言葉に甘えて」
「うん。もらってくれてありがとう。僕、頑張るね」
それからぎこちない空気は帰るまで続いた。
***
「それで泰弦兄さん、あれからアキ
某テレビ局の控え室。
音楽番組の出演を控えたサイレントジョーカーのメンバーたちは、備え付けのお菓子を食べながらテーブルで談話していた。
「ななな、なんてことを言うんだよ、
「だって、アキ姉が推してる泰弦だって明かしたんでしょ? だったらもう、ラブラブじゃん」
「そんなわけ……ないよ」
「どうして?」
「押したらきっと落ちると思うよ」
「そうかな」
「兄さん、なんでそんな暗いの?」
「だって、最近……アキさんが元気ないんだ」
「なんで?」
「わからない。やっぱり、僕が泰弦でガッカリしたのかな」
「……」
「言わない方が良かったのかも。あんなに寂しそうなアキさん、見たくなかったよ」
「わかった」
「何が?」
「俺が聞いてあげるよ」
「何を?」
「アキ姉が泰弦兄さんのこと、どう思ってるのか」
「やめてよ!」
「なんで? だって気になるんでしょ?
「うう、そんなズバリ言わないでよ」
「きっとアキ姉は、恋をしたことがないんだよ」
「恋?」
「そうだよ。だから俺が確かめてあげるよ」
***
「こんにちは、アキ姉」
「國柊くん!」
私——アキは、待ち合わせのバス停にやってくると、周囲を見回した。
今日は國柊くんと会う約束をしてたんだけど、こんなところ他のファンやパパラッチに見られたら大変だよね……?
挙動不審なくらい警戒する私だけど、國柊くんはそんな私を見て苦笑する。
「そんなに気にしなくて大丈夫だよ。他の人には俺が國柊に見えないよう、術をかけてあるから。——それより、今日は一人だよね?」
「うん、一人だよ」
「ジンくんは?」
「長老に用事だって」
「そっか。じゃあ、今日は俺がアキ姉を独り占めできるんだ」
「逆じゃない? 私が國柊くんを独り占めさせてもらうんだよ。でも國柊ファンさんには悪いかな」
「いいのいいの、俺だってたまには息抜きしたいし。仕事しかしなかったらストレスで禿げるよ」
「禿げるとかやめてー」
「あはは、アキ姉は心配症だね」
「じゃあ今日はストレス発散のお手伝いをするよ。まずはどこ行く?」
「そうだな……まずはお茶かな」
「お茶?」
「いいカフェがあるんだ」
それから國柊くんは、落ち着いた雰囲気のお洒落なカフェに連れていってくれた。
店内はよくわからないジャズがかかっていたけど、棚にはお洒落なお酒の瓶が並んでいて——とにかく大人っぽい雰囲気のお店だった。
しかも國柊くんはお得意様らしくて、店員さんは特別な個室に案内してくれた。
「カフェの奥にこんなスペースがあるんだね」
「うん。俺みたいに、特殊な職業の人用だよ」
「さすがVIPって感じだね。それで、こんなところに連れてくるということは……」
「うん」
「泰弦くんのこと?」
「『私の事好きなの?』とは言わないんだね」
「そんなこと、あるわけないし」
「俺はけっこうアキ姉のこと好きだよ」
「ありがとう」
「泰弦兄さんとも、そんな感じで付き合ってくれればいいのに」
その國柊くんの言葉に、私は思わず視線を逸らした。
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