第4部 追憶の青春編

第133話 第4部第1話 追憶の青春編開幕

思えばここまで来るのに随分と時間がかかった気がする。


学生時代に一度は彼と結ばれ、そして大人になって離れ離れになった。学園を卒業してから8年。本当に偶然彼と再会し、そして再び日々を過ごす中で彼の存在は私の中でどんどん大きくなっていく。


そんな日々の中で突然の失踪。主人である姫の事も当然心配だったが、それ以上に彼のことが眠れないほど心配だった。


そして再び彼に会えた瞬間。自分の中で狂おしい程の気持ちが溢れ出してしまう。


私は馬鹿だ。こんなにも大切な気持ちに気づいていなかったなんて。一歩間違えたらもう二度と会えなかったかもしれないのに。


そう思うと恐怖で体がすくむ。だけど今、私の目の前には彼がいる。そう。手を伸ばせばすぐ届く所に彼はいるのだ。


であれば私はもう躊躇わない。自分を誤魔化すな。周りの空気に怯むな。相手に拒絶される事を恐るな。


なぜなら。


私は彼を愛しているのだから。


・ ・ ・


彼の名前を初めて認識したのは今からちょうど10年程前。16歳になる年の春。王立学園の合格発表の場だった。


当時の私は今思えば本当に嫌になるくらい自信過剰で周りが見えていなかった。


セイラー家の秘蔵っ子。世代最高の天才。王国の未来。王都で暮らしていた私は父に連れられて参加した様々な社交の場や、中等学校などでそう呼ばれて育った。


事実私はどんな場所でも、武芸であれ魔法であれ学問であれどんな内容でも常に1番だった。


ちょうど父もそろそろ宰相になる話が出ていた頃でセイラー伯爵家は当時の王都の中でも一番勢いがあった貴族と言っても過言ではないだろう。


そんな日々が続く中で幼い私が増長していたのは仕方がないことなのかもしれないが、それでも思い出すと恥ずかしい事は恥ずかしいのだ。


迎えた王立学園の合格発表の日。私は意気揚々と合格発表の掲示板へ向かった。


王立学園の入学試験は座学、武芸、魔法、面接の4種類からなる。なお面接というのは模擬ディベートやプレゼンなどのようなものも含まれている。


王立学園は一学年約1000人という非常に大きな学園ではあるが、それでも入試倍率は5倍程度。


理由は簡単、タッシュマン王国内は当然として、アゼリオン大陸中から貴賤を問わず多くの受験生が押しかけるからだ。


圧倒的な軍事力が国際的にも有名なタッシュマン王国ではあるが、その軍事力を支えるための産業や科学技術、教育も非常に発達している。


これらの基礎となっているのが王立学園とアカデミーによる高等教育。更に各種の才能に門戸を広げるために各種奨学金制度や寮生活なども充実。


そのためそもそも入るのが難しいのがタッシュマン王国の王都ネヴァリスタにある王立学園である。


しかし当時の私は入学そのものは心配していなかった。入学はできて当然。むしろ当時の私が気にしていたのは入試の成績。今思えば学校の成績なんて本当に小さなものなのだが。


それはともかく、王立学園の入試合格発表においては総合点および各科目の上位10名のみその順位が発表される事になっていた。


同学年1000人中の10人。まさに選ばれし才能の証。私はその全ての科目で一位を取る自信があったのだ。実際問題、当時の王都の同世代で私に勝てる人はいなかった。


そう。王都にはいなかったのだ。そのはずなのに。合格発表の掲示板を見た時に我が目を疑った。


総合

1位 エリン・セイラー

2位 ミリアム・ストーンウェル

8位 ジェズ・ノーマン

9位 ヴィクター・アルケミス


座学

1位 ヴィクター・アルケミス

2位 エリン・セイラー

3位 ミリアム・ストーンウェル

4位 ジェズ・ノーマン


武芸

1位 ジェズ・ノーマン

2位 エリン・セイラー


魔法

1位 ヴィクター・アルケミス

2位 エリン・セイラー

3位 ミリアム・ストーンウェル


面接

1位 ジェズ・ノーマン

2位 エリン・セイラー

3位 ミリアム・ストーンウェル


何度見ても結果は変わらない。総合一位はなんとか確保できていたものの、座学、武芸、魔法、面接の全てで2位。この私が2位!?


総合一位は素直に嬉しいが、しかしまるでシルバー・コレクターのような各科目の順位は腑が煮えくりかえる程悔しい。


あまりにも予想外な結果にまるで親の敵を睨みつけるかのように掲示板を見据えるが現実は変わらない。


ヴィクター・アルケミス。そしてジェズ・ノーマン。……どちらも王都では聞かない名前。けれどアルケミスとノーマンの家名はどちらも聞いたことがある。


錬金術師の名家に北方の雄。おそらくは地方から王都に出てきた子弟なのだろうが。……絶対に彼らに勝つ。


入学前からそんな形で敵愾心を燃やしていた当時の私に言ってやりたい。……あのバカ二人と正面からやり合おうとするのは時間の無駄だからやめときなさいと。


しかしまぁ結局のところ。あの時間があったからこそ今の私がいるわけなのだが。


・ ・ ・


王立学園入学式当日。俺は春の麗らかな陽気に当てられて大きな欠伸をかましていた。


北部中核都市フォースヴァルから馬車で1ヶ月ほどかけて王都に到着したのが昨日のこと。


本来であればもう少し早く着いていたはずなのだが、この季節は雪解けなどもあり特に北方の山間部では雪崩などに注意する必要があって想定以上に時間がかかってしまった。


それはともかく。父上にはこれ以上世話になるわけにもいかないと何度も言ったのだが、押し切られて結局王立学園に入学する事になってしまった。この借りはいつか必ず返す。


……父上には豪快に笑って流されそうだが、父上が無理なら未だ小さい弟と妹達に俺ができる事なら何でもやってやる。


この世界に転生して早いもので16年がたった。これまでも色々あったが、父上や母上のおかげでなんとか生きてこられた。


ここから先は自分の力でしっかり生きていく。とは言いつつも、これまでの事もあってあまりにも目立つのは避けたかったので入学試験ではある程度力を抜いたつもりだったのだが。


武芸と面接で1位。座学4位、魔法は10位圏外だったものの総合8位。あれ?俺何かやっちゃいました?……というのを自分の精神年齢でやると地味に精神ダメージが大きいのだが。


まぁ父上と母上が喜んでくれたから良しとしよう。小さな弟と妹も訳もわかってないだろうに喜んでたし。


そんなしょうもない事を考えながら歩いていると廊下の前の方から数名の女子の集団が。そのまますれ違うかと思ったのだが、その集団内にいた女子が何やら先頭を歩く女子に耳打ちした。


それを聞いた先頭を歩いていたやたら偉そうな女子が数瞬俺を見ると。


「ちょっとそこの君。……ジェズ・ノーマンで合ってるかな?」


話し方こそ落ち着いているもののやたらと高飛車な女である。……取り巻きの従え方といい雰囲気といい、髪型を金髪縦ロールにしてたら完全に悪役令嬢だが。


そして入学式にそんな悪役令嬢に絡まれる地方出身の俺。さすが転生者フラグの建築はお手のもの、なんてしょうもない事を思いながら頷くと。


「えぇ、私がジェズ・ノーマンです。ところでレディ、貴方はどちら様ですか?」


その言葉を聞いたその女はふんと鼻で軽く笑った後。


「エリン・セイラー。この学年の総代だよ。全てで一番を取るのはこの私だから。じゃ、これからよろしくね」


そう言って取り巻きを従えて去っていく。なんだこれ。オモシレー女、とでも言えば良いってか?


王都で学生しようとしてたら悪役令嬢に絡まれて面倒くさい事になった。


まさかこの女から10年後にプロポーズされることになるなんて夢にも思わなかった当時のジェズだった。


当然、エリンの方もまさか10年後にこんな男にプロポーズすることになるとは思っていない訳だが。

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