第131話 第3部エピローグ

「自分からそこに正座した事は褒めてあげる」


タッシュマン王国最東端の城塞都市ノヴァリスからさらに東に進んだ人類未踏領域。古代遺跡群にて。


諸々が落ち着いた後、ヴィクターはジャミール達がエリンとジェズを次元回廊から救い出すために使ったロープを拾い上げた。


そしてロープを持ったままその場でくるくると回るとセルフで簀巻きの錬金術師と化す。


すぐそばには無表情のまま黙って腕を組み仁王立ちしているミリアム。ヴィクターは簀巻きになったまま彼女の元へ自ら進み出で、その場で静かに正座をした。


そのまま静かに5分が経過した頃にやっとミリアムが声をかけたのだった。


本当ならヴィクターも逃げたい。ジェズもレネ姫も助かった事だし次元の門も閉じた。古代遺跡群もその機能を停止している。考えうる限り最高の結末だろう。


というかそもそも今回は俺悪くなくね?


だがもはや魔力が残っていない。それはそうだろう。あれだけ擬似神器に概念武装、そして最後には地球世界の探索者と共に世界級固有魔法を使ったのだ。


むしろあれだけ色々と出来た事を褒めて欲しいくらいなのだが。しかし現実は無情。


ジェズとレネ姫を無事に助け、門が閉じた後。近くの魔物の残存戦力は聖女やエリンが率いてきた部隊によって一掃される。


魔族はその多くが魔力と化して門に吸収されてしまったようだが、残っていた者達は迅速に東の方へ撤退していった。彼らに関しても気になる事は山のようにあるが、現在の状況では追跡は現実的では無いだろう。


そして周囲の安全が確保された後。改めて皆がレネ姫とジェズの無事を喜んでいた。


ヴィクターもジェズに近づくとハイタッチをして無事を祝う。ジェズからも感謝の言葉が贈られるが。


そんな和気藹々とした雰囲気の中。ヴィクターの後ろを見たジェズが「げ」と狼狽える。


「ちょっと。久々に会ったのにそのリアクションは酷くない?」


声の主人がジェズに対して文句を言っているが、ヴィクターはこの声を聞いた瞬間に反射的に逃げ出そうとするが。


「……ここで逃げると後がひどいわよ?」


というミリアムの悪魔の囁きが聞こえる。自分の魔力の状態。今回の一連のあれこれ。今後のこと。それら全てを無駄に良い頭脳で一瞬で計算した後。


ヴィクターは近くに落ちていたロープを拾ったのだった。


・ ・ ・


ヴィクターがミリアムに絞られているのを横目にジェズは帰って来られた世界を見てほっと一息ついていた。


周囲では引き続き慌ただしく武器の片付けをしたり、魔族が残していったと思われるものを大司教と聖騎士団が検分していた。


レネ姫は先程から号泣しているリリーにずっと絡まれており、たまに助けて欲しそうな目でこちらを見てくるが気づかないフリをしておいた。


正直リリーがあんなに感情を表に出すとは意外だったのだが、聞けばこちらの世界ではジェズ達が行方不明になってから1ヶ月以上が経過していたらしい。


ジェズの体感では2週間ほどのちょっとした旅行程度の気分だったのだが、どうやら時間の流れにズレがあった模様。そういう意味でも比較的早く戻って来られたのは幸いだった。


「ほら、コーヒーだ。飲めよ」


力が抜けてぼーっと周囲の様子を眺めながら壁に背を預けていたジェズに暖かいコーヒーを手渡してきたのはジャミール。


どうやら彼はアルファズ隊に指示を出し終えて聖女達が準備してくれた暖かい飲み物を持って来てくれたらしい。


「ありがとう、もらうよ。……それからマジで色々ありがとな。本当に助かった」


「気にすんな。誰でもこうするさ。無事で良かったよ」


ニヤリと笑って答えるジャミール。そしてコーヒーを飲みながらお互いに近況を語り合う。お互いの状況を聞くに本当に大変だったんだなと再認識した。


そしてそろそろコーヒーが無くなりそうになった段階でややソワソワした雰囲気のジャミールがぼそっと何食わぬ顔で聞いてきた。


「セイラー殿と随分オアツイ感じじゃないか?」


普段この手の話に興味が無さそうなジャミール。そんな彼から予想外な質問がきたことで咽せるジェズ。


「わりぃわりぃ」とニヤニヤしながらジェズの背をさするジャミールだったが。


「そのお話。是非私にも聞かせていただけますか?」


ニッコリと聖女スマイルを浮かべたルクレティア・アルマがそこにいた。当然ジャミールはすぐに逃げた。


・ ・ ・


レネ姫とジェズを助け、さらに周囲の安全を確保したエリンはレネ姫としっかり抱き合って無事を喜んだ後。


その場の守りと休憩をエデルマーとジャミールに任せて自身は僅かな手勢を率いて第5軍団の様子を確認しに行った。


古代遺跡群の中でやや高い建物に登ったエリン達が平原の方を確認すると、そこには大勢が決した戦場。


第5軍団3000名に対し魔物軍は5万。数の上ではそれなりに不利かと思ったのだが、見る限りでは第5軍団側にほとんど損害らしい損害は無い。流石にレオ王太子の右腕と言ったところだろうか?


なおエリン達は後に知ることになるのだが、この5万の魔物軍も次元の門が開いたのと同時刻頃から明らかに挙動がおかしくなり一斉に統率が乱れたらしい。


それまでは損耗を最小限に抑える戦い方をしていたラージャ・ラージも敵の様子を見てここが攻めどきと判断。一気にそのまま押し切ったらしい。


いずれにせよ第5軍団も健在。エリンはその場から目的達成、損害軽微、しばらくここで休むの信号弾を打ち上げて第5軍団に状況を知らせた。


さて。なんとか意識して平常心を装っていたがだいぶ落ち着いてきた。さっきは想いが極まってジェズにあんな事をしてしまったのだが。


自分でもびっくりしたのだ。まさか自分の中にあんな激情が残っていたなんて知らなかった。……もうこれは仕方がないな。


思えばジェズは初めて会った時からそうだ。いつも私のペースは彼に崩される。しかも彼の方はのほほんとしているのだから始末に負えない。


王立学園に通っていた時もどれだけ心をざわつかされた事か。一つため息をついたエリンはそのまま皆の元へ戻っていく。


・ ・ ・


エリンが戻って来ると、そこではジェズに詰め寄るルクレティアとレネ姫。そこからやや離れた場所でニヤニヤしているリリーとジャミール。その全てを微笑ましく見守っているエデルマー。


さらに少し離れた場所ではミリアムが相変わらず正座をした簀巻きのヴィクターに何やら怖い顔で話しかけている。


かなりカオスな状況の中。腹を括ったエリンは広場をずんずん歩いて突っ切り、ジェズのすぐそばまで来ると。


そんなエリンの様子に気づいた周囲の人々が興味深そうに彼女を見る。この視線とこの雰囲気。おそらく先程の私の行動をジェズに聞いているのだろう。


それに気づいたエリンはレネ姫やルクレティアの事を一切気にすることなく、ずんずんジェズのすぐそばまで来ると。


ジェズはこういう状況になるといつも困ったような微妙に情けない表情になるが、今もまさにそんな顔をしていた。全くこの人は。


彼を見つめたまま周囲にもしっかり聞こえるような声量でエリンはジェズに声をかけた。


「ジェズ。結婚しよう」


第3部 異世界転移編完結

第4部 追憶の青春編へ続く


・ ・ ・


次話は作者後書き&第3部終了時点のキャラクター紹介

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