第五話 その不細工な顔を吹っ飛ばしてやる

 バンッ! と。

 力強く開け放たれた扉の音。

 立ち位置上、扉の方を見ていた学園長は突然の訪問者に顔をしかめ、窓に顔を向けていた俺とミィナさんは反射的に振り向いた。


「学園長! いったいどういうつもりですか!?」


 乱暴に開け放たれた扉から、声もかけずノックもせずに入ってきた礼儀知らずな人物が詰め寄ってきた。


「名誉ある我が学園に経歴不明の不審者を、しかも特待生として入学させるなど!」


 角刈りの厳つい風貌が学生とは思えず、腕に装着するタイプのデバイスが、着ている上着の袖をきつく締めていたため、俺はその人が学園の教師の一人であることを知った。

 褐色肌を覗かせるシャツは膨れ上がった筋肉で今にもはち切れそうになっていて、俺よりも数十センチは大きい体は、歩くだけでも空間を揺らしている。

 全体像を踏まえて似ている動物を挙げれば、はっきり言ってゴリラにしか見えない。


「それに関しては詳しい資料を提出したはずよ、ガルド・ウェスタン先生?」

「昨日今日でいきなり仕事机の上に書類が置かれていただけではありませんか!?」

「ちゃんと『ごめんね』って書いてあったでしょう」

「それだけで理由が分かるとお思いですか!? 古代文字よりも難解ですよ!」


 胸を張って答える学園長にガルドと呼ばれた教師は半ば激昂した様子で机を叩いた。

 ミィナさんはおろおろと辺りを見渡しているが、俺は突発的な事態についていけず。

 ……どっちかというと、学園長が悪い気がするな、それ。

 と、客観的に見たその場にける言い争いの感想を述べた。

 するとガルドは苦々しい顔でこちらを睨みつけ、無遠慮に指を突き立てる。


「何故このような平凡でひ弱で低俗そうな……! 私は断固として、この少年の入学を反対します!」


 おいおい、よくもまぁボロクソに言ってくれるな。

 確かに俺はどこにでもいる一般人だが、相応の努力はしてるぞ。

 風船のような膨れ顏でガルドを睨む俺の反対側。

 ミィナさんがおずおずと手を挙げて質問した。


「あの、理由を聞いても?」

「っ! ミィナ先生……。ええ、理由などたくさんありますとも! いいですか、そもそも──」


 ミィナさんが声をかけてから一気に態度を変え、ガルドは先程よりも饒舌に、酷い罵倒を交えて話し出す。

 まるでオモチャ貰ってはしゃいでる子供みたいだな。呆れて机に腰を預けるようにもたれかかると、困り顔の学園長が耳寄せしてきた。


「……実はクロトくんを呼んだ二つ目の理由、それはガルド先生について頼みたいことがあったからなのよ」

「……面倒事ですか?」

「そうよ。彼は厳格な教育者でね、実力に重みを置いて入学生を決めるから、私みたいに気まぐれで生徒を選出して入学させる事に反対意見を出す人物なのよ。だからクロトくんみたいな生徒の入学を認められなくて、今こうして抗議に来てるの」

「それはまた、気難しい人のようで……」


 そういう実力を鍛えるためにこの学園があるんだろうに……。

 アホじゃないのか、この人。


「学園を思っての行動なんだろうけど、裏目に出てるのよ。事実、彼が赴任してから年々入学者数は減少傾向にあるわ」


 そう言うと学園長は俺のデバイスを操作し、近年の入学者数が確認できるグラフ表を映し出した。


「今期に関しては例年から四割ほど減ってしまったし、厳しい指導のせいで退学する生徒も後を絶たないの」


 一年単位の棒グラフは五年ほど前から右肩下がりになっていて、次に年間の退学者数を割り出した数値表が表示される。

 年毎に入学した生徒の三割が退学しており、中でも初等部の退学者数が一番多かった。


「職員会議でも彼の行動を批判する教師もいるけど、逆にそれくらい厳しい方がいいと肯定的な意見も割合が多くて……。否定側の教師からは彼を退職させる案が出ているけど、肯定側の勢力が強くて決めかねてるのよね」

「ははぁ……、なるほど」


 すっと俺から離れた学園長は、呪詛のような罵倒をまだ並べているガルドに、冷ややかな眼差しを向ける。


「──秩序と誇りを守るため、私は的確な指導を行いたい! ついてこれる者のみが這い上がり、倒れ伏す者は蹴飛ばしておく。学園の教師の多くはそんな者ばかりでしょう! だからこそ、彼らのためにも教えやすい生徒を育てあげたいのですよ、私は!!」


 途中から関係ない人まで巻き込み、文脈すら怪しいガルドの言葉に、ミィナさんも苦しい表情を見せていた。


「つまり、基礎が出来ていない冒険者など不必要なのです! この学園にはそういう生徒が多すぎる!! 違いますか? ミィナ先生」

「……」


 やけに決まったポーズで結論を述べ、ガルドは自慢げにミィナさんに同意を求めた。

 さて、どう答えるか……。

 俺の予想じゃ楽しい展開になりそうだけど。


「私は──そうは思いません」


 ミィナさんの発言にガルドは凍りつき、俺と学園長はその反応にほくそ笑む。


「……何故ですか?」


 ガルドは青筋を立てながら、心底不満そうにミィナさんを睨む。


「この学園は冒険者を志す生徒達が集い、互いに力を高めあい、助け合うことで成長していく場所です。入学者の出生や環境がどうであれ、入学時点の実力などでその人の将来を決めないでいただきたいです」


 芯の通った教育者は、捻じ曲がった思想に訴えかける。


「我々教師の仕事は生徒を導くこと。冒険者がケガや傷を負うのは当たり前のことです。しかし、だからこそ少しでもそういった事態におちいらないように、私達が教え、導かなければなりません。なのに貴方は彼らを必要以上に痛めつけ、強者を残し弱者を排出しようとする。貴方の極端すぎる考えに、私は同意したくありません」


 己を主張しすぎているガルドを正すように、教師としての在り方を説く。

 冷静でいようとしているのか無表情なのだが、自分の意見が通らないことに、ガルドは腹を立てているように見えた。

 固く握った拳がわなわなと震えているのを見ると、相当頭にきているらしい。

 あと学園長、頼むから笑いを堪えて肩を跳ねさせるのやめくれません? 俺まで吹き出しそうですから。


「……貴女は甘すぎる。そんな教育では冒険者の質が下がってしまうではありませんか。私はただ忠実に、教育者として、正しい指導を行っているだけです」

「その指導が行き過ぎているというのです。自分の行動がすべて正しいから、それを相手に当てはめて決めつけるのが、貴方の教師としてのやり方ですか?」

「あれくらいが良いのですよ。腕が折れたくらいで泣き叫ぶなど情けない。冒険者たるもの、凄まじい痛みに耐え、敵を屠らねばならない時が来る。私はそれを再現しているだけです」


 詰め寄り、その大きな手がミィナさんの肩に触れようとした瞬間。


「──っ」


 彼女の顔が一瞬で恐怖に染まり、そして何かから逃れるように目をそらした。

 ……ただ男が怖いってだけで、あんな表情になるか?

 いや、たとえそうでなくても、女性にあんな顔をさせるのはいただけない。

 そっと手を伸ばして、崩れ落ちそうな体を支えて。


「えっ……」

「──あんた頭おかしいんじゃないのか?」


 学園長の方へと追いやり、ガルドを挑発する。

 ぷちん、と。決定的に何かが切れた音がしたと思ったら、俺は襟を掴まれ、持ち上げられていた。

 つい口が滑ってしまったことに後悔はしない。言いたかったことだしな。


「その口を慎みたまえ。これは教師同士の意見の対立から起こった論争だ。貴様に発言権は無い」

「いや、言わせてもらうね」


 息苦しいが、こちらから干渉させてもらおう。

 ミィナさんが横から驚愕の表情で見上げてくるが、俺はガルドの瞳を捉えた。


「あんたは今まで自分が至高の存在だとか思ってたんじゃないか? だからミィナさんの発言が許せなくて、反論してるけど諭されて、納得できなくて結局自分を正しいと思い込んでる。……違うか?」


 ぐぐっ、と。しわを作る上着が伸びないか心配になる。

 片手で持ち上げられてるから、片側だけ変な長さになってしまいそうだ。


「教師としての在り方の一つだろうと、行き過ぎたら邪道にしかならない。ミィナさんだって言っただろう。あんた個人の理屈を押しつけ続けたら、生徒だって嫌に決まってる。基礎ができていないからこの学園に不必要な人間だ? 寝言は寝て言え角刈りゴリラ」

「ぷふうっ!?」


 学園長、耐えきれず吹き出すのはやめてください。

 女性としてもあれだけど俺も耐えられないから。


「その基礎を教え、そこから応用に移るのがここ学園だろ。あんた最初っから応用なんて出来たか? 必ず誰かに教えてもらっていたはずだ。それこそ基本から、長い時間をかけてな。その間あんたは何もせずにいたか? ちゃんと努力していたはずだ。誰かの邪魔にならないように、コツコツとな」


 血がのぼっているからか、ガルドはより一層真っ赤になった顔を近づけてくる。

 ますます霊長類最強にしか見えない。


「言いたいことが分かるか? ──あんたは踏み潰してるんだよ。将来芽生えるかもしれない可能性の種を。根底にある感情を汚し、自分の価値観だけで投げ捨ててる。努力させる機会すら与えないほど念入りに汚してな。そいつに飽きたら今度は踏まれることを忘れた花を踏みつける。折れるまで、立ち直れなくなるくらい」


 ここまで言えば後はどうにかなる。

 一時のテンションに身を任せて実はミィナさんと同じことを喋ってるだけの、説得力皆無の話なのだが、ゴリラは気づいていないようだ。

 やはり脳まで筋肉で出来ているらしい。

 最後に仕上げの発言をして、ゴリラがどう切り返すかによって進め方は変わる。

 楽しいね、この法定裁判バトルしてる感じが。

 しかし説教してるわけでもなく、けてるわけでもないのに、よくここまで進められたな、俺。


「自分の地位と思想を誇り高げに棚に上げて、将来までの道のりすらまだ決定していない下の人間をいじめることに優越感を感じてる。ミィナ先生が言っていた、お互いを知って高め合う事すら放棄させてるだろ。個人の素質だけを認めて、高め合う為に育むべき友情とか絆を胡散臭いものとして切り捨てさせたいんだろ? 堅実、とも言えるな。教師としてはありかもしれないが」

「そうだ。だから──」

「肯定したな? あんた」


 反撃のすべを持たせないように畳みかける。

 乗せやすいゴリラで助かった。


「自分の優越感だけを優先し、生徒のことは二の次。その上詳しい事情も知ろうともせずにか弱い生徒を捨て、元から才能のある者のみを摘出する。自分の倫理観だけを尊重した最低野郎だ」


 あれ、これ全部、俺にも当てはまっちゃうような気が……まあいいや。


「……何が言いたい?」

「後ろ見ろよ」


 未だに意図を理解しようとしないゴリラに、俺がこんな事を言い出した理由を見せつけた。


「っ……」


 大粒の涙を溢し、苦痛と悔恨に顔を歪ませているミィナさんの姿が、そこにあった。

 ……久しぶりだ。こんなにも、

 彼女は知っていたんだ。誰よりも、目の前のゴリラよりも。

 保険医として怪我の治療も任せられている彼女は、痛めつけられた生徒の事をずっと気にかけて、治療するたびに悩まされたんだ。

 ──何故こんな大怪我を? いったいなにがあったの?

 きっとそんな質問をたくさんしたはずだ。

 けれど大半の生徒は口に出せなかった。

 脅迫か、あるいは死を間近に感じて恐怖を得たせいか。

 どちらにせよ、こいつは人の心をボロボロに砕いた張本人で、俺の命の恩人を泣かせているわけだ。

 さすがに腹が立った。

 見たところ、このゴリラは相当動揺してる。

 当たり前か。下心丸見えで自分を良いように見せてカッコつけてる風の、俺が一番嫌いな話し方をする奴だ。

 精神面が不安定なんだろう。……俺も人のこと言えないけど。

 ちょくちょく自分の意志を交え、それでも流され続けた問答に妥協しかしてこなかったけど、今ははっきりと、こいつをぶちのめしたいと思えた。


「学園長、ちょっと提案したいことがあるんだけど、いいか?」

「──ええ、いいわよ」


 何も知らない、何もわからない。

 だからこそ憶測を立ててここまで意見を伸ばした。

 勝手な理屈だなんだと言っているが、その実一番無知なのは俺だ。

 数分前にこの学園に入学して、これからの生活に思いを寄せたごく普通の一般人。

 そんな一般人が平凡な価値観を持っていたとしても、平凡な意志しか持っていなかったとしても、誰かの涙のために無謀にも立ち向える。

 変な正義感を背負ってるから、どんなことだってやれそうだ、なんて衝動に突き動かされた。

 なら──俺がやるべき事は一つ。

 あの書類に書いてあった、“校章であるデバイスを使用し、互いの許可を得た状況でのみ生徒及び教師との決闘を承諾する”。

 これを利用させてもらう。


「ガルド・ウェスタン先生との決闘を承諾してもらいたい。立会人が貴女であれば、俺もガルド先生も納得できるはずだ」

「貴様は頭がおかしいのではないか? 決闘はデバイスを所持した者同士でしか行えない。まして生徒でもない貴様は決闘など」

「おかしいのはあんただ、今は黙ってろ。悪いが“生徒じゃないから”なんて屁理屈は通らないんだよ。俺はついさっきこの学園に入学したんだからな」


 掴んでいる手を強引に放し、降りたと同時に持っていたデバイスをかざす。

 入学の形はどうであれ、俺は確かにこの学園の生徒になっているんだ。


「……貴様が入学してしまったことは非常に残念に思う。そういうことであるなら、癪だが受けてやれないこともない。だが決闘を申し込むということは、そのリスクも理解しているのだな?」


 にやにやと気色悪い笑みを浮かべやがるな。リスクに関しちゃ理解しているさ。

 決闘は比較的自由な権利で認められてはいる。

 勝者は敗者を好きなように出来るのは当たり前だが、問題は決闘における勝利条件の決定権が、受諾した相手にあるということ。

 生徒同士の決闘であれば、ほとんどは時間制限や一本取るなどの条件をつけて、それが達成されれば即終了だ。

 しかし教師に挑もうとする俺みたいな命知らずだと、ほぼ間違いなく不利な条件をつけられる。

 曲がりなりにも相手は冒険者兼教師だから、自分の有利な条件を持ち込むだろう。

 一方的な戦いにされたら勝ち目は無い。


「では立会人として指名された私から、決闘場所と勝敗条件を決定させていただきます」

「っ、……そうか。そのための立会人か」

「ええ。…………これなら手間が省けていいわ」


 そう。立会人がいれば不正を行うことも、不利な条件を押し付けられることも出来ない。

 立会人がいるだけで、その決闘は正式なものへ変わるからだ。


「場所は校庭。勝敗条件は相手を気絶、または戦意を喪失させる。判定は私とミィナ先生が下します」

「学園長!?」


 ミィナさんが言いたいことも分かる。

 記憶が無い云々の前に俺は所詮ただの一般人なのだから、戦闘能力なんてあるわけないと思ったんだろう。

 こんなの捨て身で特攻するようなものだ、と。

 なのに学園長は止めない。

 むしろ笑みを固めたまま話す姿に、ミィナさんだって何を楽しんでるんだ、って怒りたくもなるよな。

 俺も挑発するようなことしか言ってないし。


「大丈夫ですよ、ミィナさん。どうにかなります」

「ですが!」

「では今から校庭に移動しましょうか。いいですね? ガルド先生」

「ええ、もちろんですとも」

「学園長……!」


 よし、行くか。

 先に部屋から出ていった二人の後をついて行こうとするが、後ろからミィナさんに腕を掴まれた。

 振り向かずにいる俺に、ミィナさんは咎めるような声をかけてくる。


「どうして決闘を申請したんですか? ガルド先生は冒険者の中でもかなり腕の立つ人なんですよ!? なのに……」

「実力をわきまえていないのはわかってますよ。俺は武器の扱いも、魔法ってのも、何もかも使い方が分からない」

「だったら……!」

「けど、あなたを泣かせたんだ」

「っ!!」


 安上がりな同情。ゴリラに虐められた生徒とゴリラをどうにかしようとした教師に。

 見せかけの偽善。ゴリラが善なのかもしれないけど、俺はその善が許せなかった。

 バカなのは俺の方だ。初めからわかってる。

 けどまぁ、変に意地張るのもいいんじゃない?

 こういうのってなんか燃えてくるし、奴に本物の暴力を教えてやることもできるし。


「俺が初めて出逢って、初めて話して、初めて笑顔をくれたあなたを、あいつは泣かせた。俺が動く理由なんてそれで十分だ」


 俺の父さんは言っていた。


『女を泣かせる男はろくでなしだ。もしお前の前にそんな奴がいたら、そいつが泣くまで殴り続けろ』


 男気溢れる教訓を。けれど、


『それ父さんでしょ、夜な夜な母さんが泣いてるもん』


って言ったら顔を赤くして拳骨落としてきたが、間違ってないと思う。

 どう言われようが構わない、自分勝手でいい。

 深く考えるのは苦手だ、だから手を使う。

 たった、それだけだ。


「安心してください。悪いようにはなりませんよ、

「……わかりました。そこまで言うなら、あなたを信じます」


 おいやったぜ。美女から信用を得たぞ。

 ひゃっほぅ!  誰にも負ける気がしないぜ!!

 ならこのセリフを言うべきだよな!


「もし勝てたらパインサラダでも作ってください」

「な、何故か分かりませんけど危ない予感がしますよ!?」


 あれ? フラグってこういうのじゃなかったっけ?

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