石・アウトリガー・月木水土金月日

mktbn

 戻った日は石を積む。進んだ日は石を崩す。正気でいるためのルーティンはそれくらいに落ち着いた。

 目覚めて即見た端末は今日が日曜であるとした。寝る前の昨日は木曜で、16年間の経験上、明日は土曜になる。今日は進んだ日。進んだ日は崩す日。

 ベッドを這い出た私の腕はほとんど自動で机のペン立てを寝かせた。マーカー、鋏、定規、ボールペンが折り重なって横になる。実際、そこの文具はほとんど使ったこともない。重要なのは、石もそれ以外も崩しておくことだ。

「今日は日曜。進んだ日。今日は日曜。学校なし、ゴミ収集なし。昨日は木曜。今日は進んだ日。上書きの日。金曜は済んだ。土曜のことはまだ知らない……」

 乾いた口で唱えながらカーテンと窓を少し開ける。五月の空気は昼近くでもう暖かい。天気は晴れ。昨日見た週間予報では土曜からの雨が続いていた。このくらいの誤差は珍しくない。

 遅い朝食に乾パンを噛み砕く。髪を宥めて顔を作る。その間も手当たり次第に崩しておく。鏡を前に倒す、写真立てを寝かせる、棚の飾りでしかないレコード盤、防災バッグ、玄関の箒。飲料水の箱と壁に掛けた制服はそのまま。少し前はジェンガも置いていたけど、戻すのがバカらしくてどこかに仕舞ってしまった。

 一人暮らし最大の利点は、私のための奇行を誰にも見られないことだ。この快適さを思えば親に頭を下げた苦痛も高校を休まない約束も大したことじゃなかった。

「今日は日曜日……」

 眼鏡を掛けて出掛ける。どうせ上書きされる日にコンタクトを付けるのはダルい。今日は無かったことになる。何をしても良いし、何をしなくても関係ない。

 マンションの敷地から歩道に出る角には手頃な石が転がっている。いつもあるその石を無造作に拾って、私は70°の空に放り投げた。肩は悪くない。マンション向かいの家を越えて石は見えなくなった。運試しだ。何かを壊すかも知れないし、誰かを傷つけたかも知れない。どっちでもいい。今日が終わるまで追い詰められなければ私の勝ち。バレても罪は残らないから私の負けはない。

 良い気分だ。誰も私を止められない。今日はルーティンを完遂することにした。

 引っ越してすぐ、マンション近くの藪林沿いに小さな祠を見つけていた。道祖神なのか何なのか、苔と雑草に飲まれつつあるその木枠には由緒を書くスペースもない。人の目も手も掛かってなさそうなそれは、私のために在るようなものだった。

 祠の前には五、六個の小石が積まれている。いつの私が積んだのかは思い出せない。毎朝起きていられないことだけは確かだ。

 両手を合わせて祠に拝む。そして私は手を振って、石の塔を崩した。

「あっ、犯人」

 石が崩れるその瞬間を朔良とかいう女が見ていた。ジャージの裾に靴下が見える姿勢のいい女だった。

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