第33話 禁忌②

 小嶌神楽が終わり、穂香たちは屋敷へと戻ってきた。

 穂香は、激高した陽翔の様子に違和感を覚え、気分がモヤモヤとしている。

 陽翔の方から美雨に関して話題が出たことなんて、ほとんどない。彼女には同性の幼なじみがいたが、意外と異性同士だと年齢と共に、関係がドライになるものかと思ったくらいだ。

 美雨と陽翔は高校生の時から、幼なじみらしくなかった。それに、あんなふうにキレている陽翔を見たのは初めてで、気分が悪くなる。

 縁側で、蛍を見ていた穂香は、廊下を歩く音がしてそちらを見ると、足音の主は樹だった。こんな夜更けにどうしたのだろうと不思議に思うと、彼は頭をかきながら言う。


「樹くんも眠れないの」

「そうなんだよ。穂香ちゃんも一緒みたいだね。隣に座ってもいい?」


 小嶌神楽が終わったあと、由依はお風呂に入って、そうそうに寝てしまった。不機嫌な様子だったのは、美雨が悪樓と共に彼の屋敷に行ったからだろうか。悪樓を狙っている様子だったので、さすがに身近な友人が思っている相手を寝取るなと、穂香が釘をさしたのも、機嫌の悪さの原因かもしれない。

 樹ともほとんど話していないようだし、小嶌に来てから、二人の関係はギクシャクしているようだ。


「実は僕、由依ちゃんと別れたよ。というか、本土にいる時に告られて、ここにきて別れたって感じ。向こうもあっさりしてたな」

「そっか。あの子、軽いから。私は陽翔くんと小嶌にきて付き合ったけど、もしかしたらもう、別れちゃうかも。陽翔くんの考えてることが分からなくて」


 虫の声と、蛍の光を見ながら二人はしばらく沈黙した。この島に来てから、友だちや好きな人の本性が見えてきた。


「友人の僕が言うのもなんだけど、陽翔はやめておいた方がいいと思う。ごめん」

「うん。そっか。私、美雨が陽翔くんのこと好きなのを、薄々勘づいてたんだよね。だけど、あの子何も言わないから。静かに身を引いちゃうタイプなんだよ。それをいいことに見せつけるようなことをしたから、罰が当たったのかも。ほんと私、嫌な女だった」


 美雨にはきちんと話して欲しかったが、彼女の性格では、無理だろうと思っていた。だからわずかに罪悪感を感じながらも、陽翔にアプローチをかけた。

 陽翔も自分と付き合えることを喜んでいたはずなのに、本命は美雨だったのだろうか。

 けれど、悪樓と去る美雨の態度を思い返すと、美雨の心はもうすでに悪樓に向いていて陽翔にない。長年の片思いも、悪樓によって全て塗り替えられている。

 それに、美雨のあの怯えように、穂香に違和感を感じさせた。第六感というべきか、本能的に陽翔が、危険な相手なように思えて気持ちが冷めて行く。


「でも、美雨ちゃんは、悪樓さんが好きみたいだよね。僕でも分かるよ」

「うん……美雨、なんか雰囲気変わったよね。明るくなったし」

「美雨ちゃんは、この島に来てのびのびしているよね。穂香ちゃん、この島から出られないなら、ここで生活していかなくちゃならなくなる。僕らはこの島で生きるためには、彼らのルールに、従わなくちゃいけないと思うんだ」

「従う……か。大地くんはノリノリだよね。もともと田舎出身だし、叔父さんが一緒にいるからここで生活するのも悪くないって。あの叔父さんは独身でしょ。両親ももう他界してるし、この島に残って研究したいみたい」


 大地はどこででもやっていける、順応型のようで村に来て間もないのに、良く馴染んでいた。美雨に望みがないと分かると、村の娘と仲良くやっているようだ。


「すごいよね。僕は明日にでもこの島の農業を手伝って、学ぼうかなと思うんだけど、穂香ちゃんもどう? この屋敷の裏に、使われてない畑があるのを見つけたんだ」

「うん。食材もただで貰ってるし、いつまでも遊んでられないから、私も行こうかな。なにか、私が村でできること見つけないと体が鈍るよ。美雨が来たら一緒に行こう」


 この島はどこかおかしい、そういう気持ちは穂香の心の片隅にあるが、人間は環境に慣れようとする。

 だんだんと時間がたつにつれて、あれほど帰りたかった都会のことも、会いたい家族のことも霧がかかったように、よく思い出せない。そして寂しい、という気持ちも何故か湧いて来なかった。

 もしかして穂香たちが思うよりも、外の世界は時間が過ぎていて、なんておとぎ話のような考えも浮かぶ。


「……?」


 不意に、ガサカザと言う音がして、二人はぎよっとして前方を見る。外に続く庭から陽翔が息を切らしながら出てきて、目を丸くした。


「は、陽翔……くん?」

「陽翔、どうしたんだ。どこか出かけてたのか?」

「お前ら、すげぇもん見たんだよ。マジでこの島はやばい。悪樓は人間じゃねぇ、化け物だ! 明日みんなでこの島から逃げるぞ。美雨を連れて、海を渡るんだ!」


 陽翔の様子を見て、穂香は少し寒気を感じた。目がらんらんと光っていて、訳の分からないことを口走っている。樹と穂香の困惑した反応を見ると、陽翔は舌打ちをして部屋へと戻っていった。


「なんだあいつ。この島に来てからずっと変なんだ。様子を見てくる」

「う、うん」


 穂香はその場から動けず、樹に頼むことにして、自分の体を抱きしめた。

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