第24話 神楽殿の幻②

 花嫁の角隠しから、ふわりと長く美しい黒い横髪が揺れて靡いた。

 一周回って、美雨の正面までくると、それはのっぺりとした神楽面を被った演者ではなく、自分と瓜二つの少女になっており、じっと美雨を見つめている。

 美雨は、喉がつまり心臓が掴まれたように驚いたが彼女から目を離せなかった。なにか、得体のしれないものが、自分の心の中で目覚めてしまいそうな、不思議な感覚に襲われながらも、ただ彼女と目を合わせることしかできず、時間が止まる。



 ――――どうか、待っていて。



 そう言われたような気がするが、悪樓に名前を呼ばれて、美雨は現実に引き戻された。あの不可思議な水球の姿はどこにもなく、当然ながら、演者は神楽面の女面を着けて、何事もなく神楽を舞っている。

 あれは夢だったのだろうか。悪樓を見ると相かわらずの無表情で、涼しい顔をしたまま美雨の左手に大きな手を置いた。そんなに、自分が不安そうな顔をしていたのだろうかと思うと、なんだか気恥ずかしい。


「逢瀬のせいで、貴女の心がここにあらずか? 私の嫁御寮は、口付けだけでは、物足りなかったのかと」

「ち、ちがっ……! 悪樓さんの意地悪」


 美雨が頬を膨らませると、悪樓は笑って彼女の指をぎゅっと握った。からかうような意地悪を言っても、悪樓は心の底から美雨を気遣い、心配するような表情をしてい。


「美雨、体調に変化はないか? 友と募る話もあったろう。遊び疲れて、気分が優れないのか。それとも、貴女には人身御供など不快なものだったか?」

「あ、あの。悪樓さん、大丈夫です。とても幻想的で魅入ってしまって。全然不快じゃないです。とても感動して、私」


 ふと、悪樓が美雨の頬に触れる。

 無意識のうちに、流れていた涙を拭き取ってくれた。美雨はなぜ悲しくもないのに、突然涙が溢れてきたのか、自分でも理解ができなかった。

 ただ、涙を拭ってくれた悪樓の指先を、ただぎゅっと握り、目を瞑る。


 ✤✤✤


「あ、由依。ようやく帰ってきた。ねぇ、美雨がどこに居るか知らない?」

「あれ、由依ちゃん。望月さんと一緒じゃなかったのか」

「僕も、美雨ちゃんと一緒にいたのかと思ったんだけど」


 神楽殿に向かう人が多くなったせいか、夜店から少し離れた所で、たむろしていた友人たちを見かけた由依は、ひらひらと手を振りながらゆっくり歩いてきた。

 心配するような表情をしている穂香は、陽翔に腰を抱かれていて、由依は心の中で鼻で笑うと、知らないと答える。


(穂香ってば、バレバレなんだよね。なんで陽翔くんみたいなヤリチンが好きなんだろ。可愛い穂香には、絶対似合わない)


 穂香は、学年で一番可愛い子だった。

 お洒落でスポーツ万能、明るくて華やかで頭も良くて性格もいいので、男女問わず人気がある。読モやっててもおかしくない、そう思うくらいスタイルもいい。由依にとって穂香は可愛く憧れの存在だった。

 彼女になりたくて、一流のお揃いのものを身に着けることが、由依のステータスだった。

 だから、穂香からかつてのセフレだった陽翔のことを好きだと言われた時は、耳を疑った。そんなことは当然ながら内緒で、お互い何も言わないし暗黙の了解で、陽翔と接しているけれど。


(私のお下がりなんて最っ高にダサい。穂香には将来性なさそうな奴はだめだよ。共有するならもっといい男じゃないと)


「そっか。大丈夫かな、美雨。あの子は少しぼーっとしてる所があるから」

「悪樓さんと一緒にいるんじゃない?」


 穂香は心配そうに呟く。由依は内心、ため息をついた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る