第13話 均衡が崩れて

 六人はそれぞれ入浴し、体を温めると真秀場まほろば村の中心にある、大きな屋敷に招かれた。

 どうやらそこは村長の屋敷のようで、子供を除いた老若男女の村人たちが総出で集まり、海の幸と山菜で、豪華な郷土料理を用意し大歓迎してくれた。大地だいちの叔父である勝己かつみ恐縮きょうしゅくし、落ち着かない様子で、しきりに本土への連絡を試みようとした。

 しかし、まずは食事を、ということで島民たちにやんわりと断られてしまう。

 彼らの命を預かった最年長の大人として責任を感じ、一刻も早く生存報告をして救援を呼ぶか、彼らに本土まで船を出してもらうつもりでいるのだろう。


「あの綺麗な人、村長の奥さんなんだってよ。若いから娘か孫かなと思ったけど。すげぇ」


 鼻の下を伸ばしている大地を、穂香は呆れたように見た。


「ああ。なんかこの島の人たちって不思議な感じだよね。モデルみたいに綺麗な人が多くて。ここ、本当に撮影地とかじゃないよね?」

「芸能人みたいなイケメンや美少女多いよね。それに、こんな豪華なお料理をただで食べられるなんてこの島、最高じゃんね。写メ……って、ああ、スマホ落としたんだったぁ」


 のんきないつき由依ゆいの言葉に穂香は少し笑ってしまう。陽翔はるとは悪樓たちと別れてから、無口になり考え込んで、料理をつついている。

 穂香は、悪樓に連れて行かれた幼なじみのことが心配なんだろうと気を使って声を掛けた。


「陽翔くん。明日、村の人に悪樓さんのお屋敷を教えてもらって行こ? それから美雨も一緒に行動しないとね。やっぱり、知らない男の人の家に、美雨を一人だけ残すなんて心配だよ」

「あっ、ごめん穂香ちゃん。俺、疲れてるせいかボーッとしてた。うん、絶対みんなで固まってた方がいい」


 陽翔は、取り繕うようにして答えたが、穂香は違和感を感じた。美雨と離れてから彼の機嫌は悪く、ピリピリとした感情を、抑え込んでいるように見える。

 穂香はそれ以上、突っ込まないように口を閉じた。

 九死に一生を得たという、極限のストレスから解放された安心感からなのか、穂香は空腹を感じていたし、この島は奇妙に思えるが、穂香は用意されたご馳走をありがたく頂くことにする。

 美味しい地酒に勝己の緊張が解れてくるころ、小雨が土砂降りの雨になってきた。

 そして大きな雷鳴が轟いて、思わず由依と穂香の悲鳴が上がる。


「さぁさ、神鳴りじゃ。海からやって来た新しいマレビトを吉備穴渡神様が歓迎してらっしゃる。幸運なことに、今回は二百年ぶりに嫁御寮まで連れて来られた。小嶌には新しい種が必要じゃ。来訪祭を楽しんで下され。若衆、娘組、老いも若きも祭りじゃ、祭り」


 落雷のせいで、昭和のレトロな天井照明の灯りが消え、まるでそれを最初から分かっていたかのように、備え付けられていた行灯に火が灯される。

 ぼんやりと映し出される、村長の貼り付いた笑顔が不気味だ。

 そして鼻孔をくすぐる甘い香りが、その場にいる六人を妙な気分にさせた。

 雷雨の中、老人たちの民謡と合いの手が聞こえる。



✤✤✤



(――――まさか、あんなことになるなんて)



 まるで、自分の本能や欲望が曝け出されたような異常な空間。

 目が醒めてからも、あの高揚感と島民たちとの一体感が忘れられず、おかしな余韻が残っていた。

 この屋敷まで、自分達がどう帰って来たのかも思い出せない。

 

「昨日のこと、東京に帰っても秘密にしておこうね。私、実はこっそりお酌勧められて飲んじゃってたんだ。断ったんだけど、あの人凄く、顔が良くて優しかったし。でも、樹くんが、熟女好きとは、思わなかったわぁ」

「当たり前じゃない。由依、あんたお酒飲んだの? 私……陽翔くんとまだ付き合ってないのに、あんな形でするとは思わなかった」


 由依は、まだ二十歳になっていないのにクラブで飲酒した前科があり、穂香は非難するように彼女を見た。とてもあんな奇祭に参加した事を他人には言えない。


「陽翔くんは喜んでるんじゃない? そう固く考えないで、楽しかったでしょ。ねぇ、穂香。せっかくだし救助隊が来るまでここの生活楽しも。あの双子もイケメンだけど、悪樓さんも格好いいよねぇ。ちょっとの間だけでも仲良くなりたいなぁ」


 由依は明るく、根は悪い子ではない。

 けれど恋愛に関しては、穂香の友人の中でも一番熱しやすく冷めやすい性格で、見た目とは裏腹に、男漁りを楽しんでいる。

 美雨も穂香もそんな危うい彼女を心配していた。穂香は、ふと美雨のことを思い出して男性が苦手な彼女が、あの場に居なかったことに安堵し、そして不思議に思った。


「それにしても、美雨が心配。本当に無事かな。なんであの子だけ、呼ばれなかったんだろ?」

「大丈夫だよ。無事じゃなかったら宴会騒ぎなんてしてられないでしょ。ご飯食べたらお見舞いにいかないと」


 彼女の返答は、相変わらず軽く楽観的なもので、穂香は溜息をついた。由依の前向きさは、ある意味見習うべき点もありそうだ。

 穂香と由依は、用意されていた着物を互いに着付けると、居間へと向う。

 昨晩の土砂降りの雨が嘘のように空は晴れ渡っていた。真夏の蒸し暑さもなく、海から吹く潮風が心地よく感じられた。

 長い木の廊下を歩くと、ミシミシと音が鳴り響き、開け放たれた障子から談笑する声が聞こえ、二人は足を止めた。

 そこには、同じようにそれぞれ柄の違った着物を、自己流で着付けた3人が居て、あぐらをかいたまま振り返った。


「お、おはよう」

「みんな、おはよ! あれ、大地くんの叔父さんはどうしたの?」


 穂香と由依を見る、三人の表情はそれぞれぎこちないものだった。陽翔は、昨晩のことなど何事もなかったかのように、それでいて親しげに穂香に手を振っていた。


「ああ、なんか……。叔父さん朝早くから、小型フェリーの方に行ったみてぇ。船は駄目でも無線は直せるかもって」

「そうなんだ。この家には電話はあるみたいだけど昨日の落雷のせいで、復旧するのに時間が掛かるみたいでさ。古い黒電話でびっくりした」

「それじゃあ、叔父さんの無線が頼りだね」


 陽翔と由依を除く三人の間には、よそよそしく、気まずい空気が流れている。その雰囲気を壊すように、すっと襖が開くと旅館の女将のように妖艶な人妻が、頭を下げて入って来た。

 盆には味噌汁と焼き魚が乗っていて、いい香りが立ち込めている。彼女は確か村長の妻で沙奈恵という名前だったように思う。


「あら。穂香さん、由依さん、起きていらっしゃったの。おはようございます。今、朝食を用意していましたの。お座りになって」


 沙奈恵は、昨日の事に触れる様子もなく、にこやかに微笑んだ。


 

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