水底から君に、愛を込めて花束を〜悪神に捧げられた贄は永遠に溺愛される〜

蒼琉璃

第1話 妖夢①

 船頭せんどうがまるで生きているかのような暗い海の波を掻き分けている。年齢は五十代くらいだろうか、背を向けたまま一度もこちらをふりかえろうとはしない。

 空を見上げると、雲の切れ間から綺麗な十六夜いざよいの月が見える。それはとても美しくて、幻想的な光景だった。

 美雨みうは、自分が白無垢しろむく姿であるという事を自覚すると、毎度同じ場面で溜息をつく。


(私、白無垢なんて絶対似合わないのに、どうしてこんな、変な夢見るんだろう)


 生まれつき明るい茶色の髪、雨が降るたびに収まりがつかない癖毛。綺麗なストレートの黒髪に憧れて、髪を染めたり縮毛矯正するけれどすぐに元に戻ってしまう。

 古風な白無垢を着たいという欲求なんて、自分にはないはずだ、と夢の中で何度も思う。


(これは夢。だから海に飛び込んで逃げる事もできるはずなのに)


 子供の頃から繰り返し見るこの夢。

 それを本人も自覚しているはずなのに、いつも逃げ出す事ができず、正座をして目的地までつくのを無言で待っている。

 夢の中の美雨は、この小舟の上では一言も言葉を発してはならないと思っていた。

 しばらく行くと、岩の切れ間に見慣れた洞窟が見えてきた。中でぼんやりと蛍のような光が見えるのは、光苔ヒカリゴケの一種なのだろうか。

 

(それから、ここで蛍烏賊ほたるいかみたいな青い光が、水底から上がってくるんだよね)


 波の波紋だけが見える黒い海の底から、青い輝きがいっせいに海の底から上がって水面を照らす。それはとても幻想的な光景で、漂う神秘的な青い光をずっと眺めていたくなる。

 美雨がこの夢の中で一番好きな場面だ。

 それから、光苔の洞窟に入ると下から大きな細長い影が見えて、美雨は体が硬直した。

 緋色の背ビレが見える。

 まるで、大きな異形のサメが小舟を狙って蠢いているようで、美雨は恐怖のあまりいつもここで、目が覚めてしまうのだ。


(え……なんで? いつもならここで目が覚めて、汗びっしょりになるのに)


 鮫に食べられてしまう恐怖で、いつもなら美雨は思わず飛び起きてしまうのに、今日は何故か目が覚めなかった。この先に続きがあるなんて、思ってもみなかった美雨は、おそるおそる前方を見る。

 洞窟には赤い提灯のようなものが飾られ、奥に古びてはいるものの、きちんと綺麗に管理をされた、赤い鳥居がぼんやりと姿を現した。

 よくよく見ると、それは光苔の小島のような場所に建てられており、その奥には手彫りで作られた上に続く、高い石の階段があって、社のようなものが見えた。

 

(もしかして、本当は外から入れるのかな。この辺は、満潮になったら沈みそうだもの)


 さっきまで、あの鮫のような生き物に恐怖を感じていたのに、夢の中の自分はのんびりと、その神秘的な光景を眺めている。

 神社や仏閣のような神聖な場所は、歴史を感じられるので、美雨は好んで訪れていたし、夢の中でもその光景は神秘的で美しいと思えた。

 ようやく、船が着くと船頭の男性がこちらを向いたが、彼は不気味な白い布で顔を隠している。


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