第38話 王と父と

「リューウェイン。こたびの働きは見事であった。礼を言う」

 ダーメット二世は、重々しく告げた。


 謁見の間にはリューウェインやロディーヌの他、将軍や重臣達が顔を揃えていた。


「恐れ入ります、陛下。臣下として当然の事をしたまででございます」

 リューウェインが頭を下げる。


「臣下の功績に恩賞をもって報いるのは王者の義務。何か望みのものはあるか。遠慮はいらぬ、申してみよ」


「では、恐れながら陛下に申し上げます」

 リューウェインは朗々とした口調で言う。


「この度の事件、陛下には大変なご心痛の事とお察し申し上げます」

 リューウェインは一旦そこで言葉を切る。


「この件に関し、このロディーヌはキングストン家の出身。ロディーヌも大逆の罪に問うべきではないかという意見が一部ございます」


 本当にそんなものがあるのかはわからない。

 ただ今後、そういった意見が出てこないとも限らない。


「ですが、ロディーヌは私の妻であり、あくまでレンスター家の人間。この度の事件にてロディーヌを連座させるがごとき処分は、このリューウェイン承服いたしかねます」


 王の目を見てはっきりと告げる。

 リューウェインとしては、今後そういった主張が出てくる前に先手をうっておきたいのだろう。


 国王自身の口からはっきりと皆の前で宣言させ、ロディーヌの政治的立場を守るために。


 王はうなずいた。

「わかっておる。ロディーヌは国家に大功ある人間であり我が恩人。しかもエリウの紋章を持つ大賢者。そのような者を処分するほど予は愚かではない」


 ダーメット二世の顔に、いささかほろ苦い表情が浮かんだのは気のせいだろうか。


「陛下の賢明なるご判断、感服いたしました」

 リューウェインはそう言って、再び頭を下げた。


「では、リューウェイン。そちに伝えねばならぬことがある」

「はっ、何でございましょうか」


「リューウェインとロディーヌだけを残して後のものは下がれ」

 ダーメット二世は周囲の皆に告げた。

 誰も異論をはさむ人間はいなかった。


 謁見の間には、ロディーヌとリューウェインだけが残される。

 しばしの沈黙の後、王は口を開いた。


「リューウェイン」

「はっ」

「ショーンを許してやってくれんか」

「私ごときが決められる事ではございませんが……」


 リューウェインは無表情のまま、言葉を続ける。


「ショーンは第一王子を暗殺し、陛下のお命を奪おうと図りました。大逆罪は未遂であっても死刑と、エリンの国法にて定められております」


「わかっておる。わかっておるからこそじゃ」

 ダーメット二世は沈んだ表情で言った。

 そしてやや口調を変える。


「リューウェイン」

「陛下。例え陛下のお言葉なれど、国家として枉げられぬ事がございます」

「いやそうではない。本日この場をもって予は退位しようと思う。次の国王はお前じゃ、リューウェイン」


「陛下、それは……」

 公爵の表情が驚きにつつまれる。


「もう決めた事じゃ」

 ダーメット二世の顔は、静かな決意に満ちていた。


「ショーンの母のマーガレットはアングル王国の姫であった」

 国王は目を閉じ、何かを振り返るようだった。


「アングル王国は、エリン王国にとっては積年の敵国。いうまでもないが政略結婚じゃ」

 

 ロディーヌもリューウェインも王の言葉を黙って聞き入っていた。


「予は良い夫になろうと努力したよ。だがどうにもマーガレットに好意を抱く事ができなんだ。息子のショーンにもな」

 王の独白は止まらない。

 もはや目の前に誰がいるのかも、気にしていないようだった。


「マーガレットは敵国の姫だといって、辛い思いもしたかもしれぬ。その血を引くショーンもだ。だが予は無頓着じゃった」


 王は次々と言葉を続ける。


「予の愛情は亡くなったファーラと、その子である第一王子のアランに注がれていた」

「マーガレットもショーンも、何をしようが予は関知しなかった。王族としての務めだけ果たしてくれればいい。予の知った事ではないと冷たく思っていたよ」

「その結果が今日の事態を招いたのかもしれぬ。だとすれば予にも責任のあることじゃ」


「いえ、陛下。結局はショーン王子が自ら決断なさった事。陛下のご責任ではございませぬ」

 それまで黙っていたロディーヌが発言する。

 国王の顔をまっすぐに見つめ、その瞳に曇りはなかった。


 国王とリューウェインの視線がロディーヌに集まる。

 ダーメット二世の顔に笑みが浮かんだ。


「そなたは良い貴婦人じゃな、ロディーヌ殿。そなたの言う事が正しいかもしれぬ。だが……」


 その時リューウェインは何かを決意した様に言った。




「陛下、それでは第二王子ショーンとその夫人コルデリア。両名は僧院へ。他の者はその罪に応じてということでいかがでございましょう?」


「うむ。そうしてくれるとありがたい。本来予が頼めた義理ではないが、最後のわがままだと思ってくれ」


「とんでもございません。それよりも、先ほどの言は真でございましょうか?」

「先ほどというと、退位の事か?うむ、本当じゃよ。今回の件で決心がついた」

 

 ダーメット二世は側近に命じる

「皆を呼んでくれ」


 しばらくして重臣たちが再び部屋に入ってきた。


「本日、予は退位する。次の国王はこのリューウェインじゃ」


 既に話を聞かされていたのだろう。

 異を唱える者はいなかった。


 国王は退位宣言書に、続いて王位をリューウェインへ譲るという書面に署名した。


「リューウェイン陛下万歳!」

「エリン王国万歳!」


 周囲から次々と声が上がる。

 この場をもって、リューウェインはエリン王国の国王となった。

 そしてロディーヌは王妃という事になるだろう。

 実感はないが。


 だがロディーヌにはまだやる事があった。

 リューウェインも言っていた、キングストン家の事だった。



 王宮の一室――



「知らん、わしは何もしらなかったんだ、ロディーヌ」


  目の前にいるのは父のリーアムだ。


 ショーン王子とコルデリアが、アングル王国の援助で悪事に手をそめ、王位簒奪を企んだ。

 この事はもはや宮廷中が知っている。


 だが父のリーアムと義母のサーシャも、アングル王国からの資金を受け取っていたらしい。

 さらにはショーンとコルデリアの行為に、密かに手を貸したのではないかと、囁かれていた。


 ロディーヌにはわからない。

 だが一つ父に聞いてみたい事があった。


「お父様。お父様は私のお母さまを、イーファお母さまを愛しておられましたか?」


「こんな時に何を言っているんだお前は」

 父は少し驚いた声で言う。


「イーファの事は、わしなりに大切にしてきた。だが貴族の結婚とは政治そのものだ。お前もわかっていると思っていたがな」

「はい。ですが……」


「愛だの恋だのの入り込む隙など無い。そのようなものに振り回されたらどうなる?秩序も財産も保てない。国家は安寧を失う」


 これから自分がどうなるかわからない不安からなのか。

 父の口調は今までに無いほど激しかった。


「ロディーヌ。わしは夫として父としての務めは果たしてきた。そうだろう?」

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