万年脇役俳優デヴィッドについて

@-ndA0lightsy

第1話 前編 デヴィッドという人物

 白い内壁に亀裂が複数見られるレストラン。老夫婦が経営するこの店は、閉店するまで時間の問題であるように見えた。客はまばらに座っているが卓上には何も無い。頼んだ料理が運ばれて来るまで1時間を要する。

 ウエイトレスと料理人を雇う金が無いので、80歳の老夫婦(歩くのが遅い強気なおじいさんと、耳が全く聞こえないおばあさん)がひたすら頑張るしかない。オーダーを聞き取れないおばあさんは料理に徹し、歩くのは遅いがかろうじて料理は届けられるおじいさんがウエイトレスに従事した。

 強気なおじいさんは『俺は脚が悪い。料理が運ばれるのが遅くても仕方ないだろう』と開き直る。だかしかし、最近はそれにとどまらず『文句を言うならほかの店に行け』と怒鳴り散らす始末。その結果、60年前からあるこのレストランに通うのは主に6名(中国人のワン、韓国人のツウィ、イギリス人のリリー、アメリカ人のフォードとシックス、インド人のファイブスター)の常連客だけとなった。

 店の窓際にある(机を挟み座席が対面した)特等席に座る売れない俳優”デヴィッド”は、車が全く通らない大通りをつまらなそうに眺めていた。

 店のドアベルが鳴る。

 高身長の男は店内へ入るなり他の客には目もくれず、一目散にデヴィッドの居る机まで近寄った。

「なんだあのメールの内容は。まるで自殺を考えているようだった。物思いに耽るお前は嫌いだと前も言っただろう。レイプされた後みたいじゃないか」

「誰が?俺が?なら相手はお前だろうな。だってお前ゲイだもん」

 ゲイと呼ばれた男”アビゲイル”は深いため息をつき「それはそうだけど」と言いながら席に座る。対座した2人はしばらく見つめ合う。

「たった今メールを見た。お前はいつも苦労する脇役ばかりを任せられているな。気の毒に思う」

「ありがとう!そしてさっそく本題だが。俺に任せられた今回の役は『怪盗』。つまり"本物"になる必要があるってわけだ」

 バカじゃないのか、と呆れるアビゲイル。胸元から煙草を取りだし片手で火をつける。その姿は様になる。

 彼らは高校の同級生で共に30代である。当時、小説家を目指したアビゲイルと俳優を目指したデヴィッドは、馬が合い親友になった。アビゲイルは20代の頃に挫折。今は中小企業の記者となったのだが、毎日暇を持て余している。取材先への興味は微塵もないようで仕事をすっぽかすのが得意。社長には既にバレているようだったが何故か給料が発生していた。デヴィッドの方は30代にもなって未だに夢を諦められないのか、名もない俳優養成所に所属し早10年。ダラダラと過ごす彼に社長は同情したのか毎年1つや2つ、脇役の出演依頼の仕事を譲ってくれた。有名な映画シリーズや期待のある作品からは一向に声がかからない。

 要するに夢を諦めた男と、夢を追い続ける男である。

「デヴィット、お前はイタコもどきが得意だよな。前回のゲイ役も本物になるためにハッテン場に潜り込んだ。俺は止めたけど。お前はいつもそうだ。脇役だからといって役作りを怠らない。でも、だからって今回も怪盗の真似事をする必要があるのか?前科一犯になっちまうぞ」

「そうだね。前回は本物お前が居たから助かった。たかが前科一犯、上等だよ!それだけで大物俳優になれるならな」

 こいつはダメだ、と言わんばかりにアビゲイルは溜息と煙草の煙を吐いた。煙を吸い込み咳き込むデヴィッド。

「なぁ、とりあえず聞いてくれ。当たり前だけど俺の周りに怪盗なんていない。居るのかもしれないけど教えてくれない。ということで、今回はお前の人脈を駆使したい。今まで取材してきた中に『怪盗っぽいやつ』は居なかったか?役になりきる為に怪盗を紹介してくれ、頼む。何度も言うようだけど、どんな脇役だって本気で演じれば次に繋がると思うんだよ」

「…そんなこと考えながら取材したことはない。万が一怪盗っぽいやつが居たとして、それを俺たちに勘づかれるくらいなら『怪盗』とは呼べないだろ」

 それもそうだ、と納得するデヴィッド。話が一区切り着いた時「お客さん」と声をかけられた。歩くのが遅いウエイトレスはまるで猫のように足音を消していたようだ。

「お連れの方、注文されてないようだが」

 2人は目を合わせ肩をすくめる。客がいるだけでも有難いと思え、と呟くデヴィッド。それに怒ったのかウエイターは彼を睨んだ。

「デヴィッド、お前の親父は立派だったぞ。美人な娘と結婚して、一軒家を建てて、仕事熱心だった。金は無かったが。お前もそろそろ定職に就いたらどうだ。コーヒー代さえ払えないお前にコーヒーを提供するレストランはここだけだ。ワシとお前は家族だがいつまでも甘えるな」

「結婚して一軒家を建てるのが立派なのか?いつの時代の話だ。父さんがあんなんだったのも納得するよ。ステレオタイプで頑固で実力主義だった。おじさん譲りだ。働いていたのに金が無かったのは不倫相手に貢いでいたからだろう」

 ウエイターは息子を罵倒する発言を受けて、デヴィッドの頭を精一杯の力で叩いた。弱々しい腕では大したダメージを与えられるわけでもない。

「言っていいことと悪いことがあると何度言っても分からないようだな」

「事実だから仕方ないだろう」

 アビゲイルはこのやり取りを何度も見ているからか2人を止める気配が一切無い。2本目の煙草に火をつけようする彼に、ウエイターの怒りの矛先が向いた。

「アビゲイル、君もそうだぞ。君がゲイだからと差別するつもりはないが、いつまでも1人でいるつもりか?君は出来損ないの孫とは違う。金もそこそこあるし、マトモだし、何より容姿が優れているんだから、女なんていくらでも見つかるだろう。早く結婚して家庭を築きなさい」

「おいジジイ!俺の親友まで敵に回すのか?」

「敵に回したつもりはない、ワシも事実を言ったまでだ。いくら世間が寛容になってきたとは言え、世の中の仕組みとやらはそうそう変わらない。変わったとしても、みなが理解し浸透するには時間がかかる。とりあえずそんなことを抜きにして、ワシはアビゲイルを心配している、孫のコイツよりも」

「いちいち嫌味ったらしいんだよ!」

 …アビゲイルは再熱する家族喧嘩を半分憐れみながら、自身が取材してきた中で最も『怪盗』のような人間は誰かと考えていた。

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