異世界ドールの伝説

酒向ジロー

第1話 鏡が導く異世界

 何の変哲のない日常、それは目が覚めて、自分の朝食を作ることから始まる。


 朝食といっても、色んな栄養がたっぷり入ったコーンフレークを牛乳で浸すだけの簡単なもので、僕の朝食は決まってそれだ。

 本当なら、テレビでよく見るご飯、味噌汁、魚、漬物といった典型的な朝食を食べてみたい。


 だけど、そんなものを朝から作る気力がないし、作ってくれそうな人もいない。


 甘えているかもしれないだけで、ちょっと早起きしたらできることかもしれないけど、僕と同じ小学生でそんな事をやっている人がいるかといえばそれは「いいえ」だろう。


 なんて事を考えながら、いつの間にか食べ終わった皿を片付けた。


 そうして、ランドセルを背負い、リビングに置いてある母親の写真立てに「行ってきます」の一言をつぶやく。


 これも日課の一つだ。


 ちなみに、写真立てに入っていて「行ってきます」なんて言ったら、まるで母さんが死んでいるみたいだけど、そうではない。


 母さんは元気で毎日電話を欠かさずかけてくるほどだ。そして、そんな僕の母さんは奇妙なものを集めるのが仕事だと聞いている。

 ずいぶんと変わった母のもとに育ってしまった僕は、帰宅するたびに増える、わけのわからないモノの整理をいつも頼まれている。


 こんなこと小学生の僕がすることではない、そう思いながらも、どこか興味のそそられる珍しいモノの整理が、正直な所嫌いではなかった。


 なにせ、母親が持って帰ってくるモノはどれも珍品ばかりで、そのどれもが僕をワクワクさせてくれるような不思議なモノばかりだからだ。

 

 例えば、女性を絶対に口説き落とせる仮面や、なんでもかみ砕ける入れ歯、不老不死になれるキノコだったり、座るとどんな人間でも天才になれる椅子なんてものもあるらしい。


 とにかく、胡散臭いようなものばかりを集める母さんは、いつも僕を一人にして家を空けている。

 お金だけは困っていないあたり、仕事はかなりうまくいっているみたいだけど、小学生の僕を一人で家に残すのは少し気に食わない。


 そして、それがたたったのか、最近じゃ知らないお姉さんがよく家に来て、母親の事を訪ねてきたり、僕が一人でいる事をとても心配した様子で何度も押しかけて来るようになったのが少し面倒だったりもする。


 母さんがいれば、その対応だってしなくてもいいのに、と思うのだけど、そういうわけにもいかないのが僕の母さんだ。

 何を言おうと自分の仕事のために、ありとあらゆる場所に足を運び、家でじっとしていることなんてない。


 だけど、そのおかげといっていいのか、僕は不思議と一人での生活にも慣れて、周りの人間からは大人びてると言われるようなった。

 それは、母さんがいないから自分でやるしかないという状況から生まれた言葉なのだろうけど、大人びていると言われるのは、どこか心地よかった。


 だから、母さん居ないことが寂しいこともあるけど、自分自身の存在がどこか認められているような気がしてうれしかった。


 ただ、そうして大人びているというのが原因なのか、学校での友達作りがうまくいかず、学校にはただ登校し、勉強を終えると帰宅するという何ともつまらない生活を送るようになっている。


 友達もいないということは、母さんが持ち帰る珍品の整理にも精が出るわけであり、今日も暇つぶしと整理もかねて、多くの珍品がおいてある倉庫にいる。


 なんだかんだといいつつも、せっせと体が動かしながら整理をしていると、母さんがつい最近持ち帰ってきた大きな鏡を見つけた。それは、僕の身長よりもはるかに大きな鏡で少しだけ恐怖を感じるものであった。


 思い返せば、この大きな鏡を持ち帰ってきた時、さすがの大きさに僕には頼めないと思ったのか、母さんが必死に無言で倉庫にしまっていたのは記憶に新しい。


 あの時は妙にコソコソしとた様子で帰ってきてたし、鏡に関して妙に説明が少なかった。


 いつもなら持って帰ってきたものは、事細かに説明してくれるけど、この時は「まぁ、無駄にでかい鏡だよ」なんて、そっけない言葉で終わらせていた。


 もしかすると・・・・・・そう思い、僕は母さんの言葉が妙に気になって、鏡にかけられていた布を思い切ってはぎ取った。


 目の前に現れたのは、女性を模った大きな鏡であり、僕は思わずその鏡に見とれてしまった。

 そして、その鏡を前にして奇妙な感覚を覚えた。その奇妙な感覚がなんなのかはわからないけど、僕は思わず鏡から距離をとった。


 もちろん、不思議な感覚なんてのは気のせいでしかないと思う、だけどそう感じるほどの摩訶不思議な鏡を前に、一度は後ずさったものの好奇心からか再び鏡に近づきたくなった。

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