俺の彼女が、アニメのキャラに嫉妬するんだが

生出合里主人

俺の彼女が、アニメのキャラに嫉妬するんだが

信司しんじの気持ちが、信じられない」


 俺の彼女、愛奈あいなが嫉妬の炎を燃やしている。

 でも嫉妬の相手は、アニメの美少女キャラだ。


「なにもアニメのキャラに嫉妬しなくたっていいだろう」

「だって信司、最近そのキャラに夢中なんだもん」


「べつにそのキャラが好きなわけじゃなくて、そのアニメが好きなんだって」

「ウソ。その女の子のグッズばっかり集めてるくせに。ほら、そこにも、そこにも」


「あのなあ。いくらアニメのキャラを好きになったって、こういう風に会話とかできるわけじゃないだろ。本気で好きになるわけないじゃないか」

「愛奈にはわかるもん。信司が今一番好きなのは、そのキャラだってことぉ」


 そうは言ったものの、愛奈の推測はあながち間違ってはいない。

 最近俺は愛奈の独占欲にすっかり疲れてしまって、これならアニメキャラのほうがましだ、と思い始めている。


 けれどそれを愛奈に言ってしまったら、どんな目にあうかわかったもんじゃない。

 愛奈は一日中、俺を監視してるんだから。


「バカだなあ。俺が好きなのは愛奈だけだって」

「言い方がおざなりぃ。もっと愛奈を愛してくれなきゃ、いや」


「わがまま言うなって。こうして朝から晩まで相手してるじゃないか。仕事中だって時々話してるんだし」

「そんなの当然だよぉ。だって愛奈は、信司の彼女なんだからっ」


「わかったわかった。愛奈の気持ちはよ~くわかったから、今日はそろそろ休ませてくれ」

「あ~っ、愛奈のこと、めんどくさくなったんだ~っ」


「そんなことないって」

「やっぱり愛奈がAIだから、人間の女の子のほうがいいんでしょ~」



 失敗だったかな。

 コミットに恋人機能をつけたのは。


 常時監視システム「コミット」。

 AIが対象者を事故や犯罪から守り、健康管理や仕事の手助けまでしてくれる、という便利なアプリ。


 スマホに設定しておけば、対象者に危険を知らせたり、予防する方法を教えてくれたりする。

 今日も職場で俺が女性の同僚にセクハラ発言をしかけた時、バイブで警告して未然に防いでくれた。


 そのコミットには付加サービスがあって、もっとも有名なのが恋人サービス。

 自分の好みでキャラメイクした女性が、安全を管理するだけではなく、恋人として会話をしてくれる、というものだ。


 コミットは安全管理よりも恋人機能のほうが評判となってしまい、いまや若い男性の半数以上は恋人サービスに加入しているといわれている。

 恋人はコミットのAI、というのはもはや世界の常識だ。


 サービスが始まった頃はぎこちない会話をする程度だったAIだけど、技術の目覚ましい進歩により、現在はほとんど人間並みの意識を持つようになっている。

 おかげで嫉妬したり、独占欲を持ったり。

 人間以上に人間くさくなってしまった、というわけだ。


 俺が好きなアイドルに似せてキャラメイクした愛奈も、年数が経つごとに愛情が暴走するようになった。

 アプリを立ち上げておかないと危険を監視してもらえないから、愛奈もずっと俺を監視している、ということになる。



「今日はもう出かけないから、アプリを終了するよ」

「ちょっと待って。信司、恋人サービスをやめようと思ってるでしょっ」


 おいおい、勘が良すぎて怖いって。

 とりあえず、愛情レベルを下げておくか。


 設定で愛情レベルを下げておけば、俺に固執しなくなるはず。

 そのぶん、人間らしさはなくなっちゃうけど。




 その時、ドアホンが鳴った。

 こんな時間に、いったい誰だろう。


「信司、危険だわ! 絶対に出ちゃダメよ!」

「だいじょうぶだよ。じゃ、お休み」

「信司! ダメよ! 信……」


 俺はアプリを強制終了した。

 いくら優れたAIでも、アプリを止めてしまえばなにもできない。


 コミットがないとリスクは増えるけど、家の中にいれば問題はない。

 ドアホンにも来客診断サービスがあるから、危なそうな客ならドアを開かなきゃいいんだ。



「どなた様ですか?」

「信司、アタシよ。花恋かれん

「えっ、花恋? 来てくれたのか?」


 来客診断システムを使うまでもない。

 花恋は去年まで付き合っていた元カノだ。


 花恋と別れたショックで、俺は愛奈を恋人にした。

 そういえば愛奈のおかげで、俺はなんとか立ち直ることができたんだよな。


 俺が玄関のドアを開けると、そこには相変わらずかわいらしい花恋が立っていた。

 童顔の顔も、太くも細くもない体つきも、すべてが俺の理想にピッタリの女の子だ。


 居間まで入ってきたミニスカートの花恋をガン見しながら、俺は考えていた。

 このエロい感じ、愛奈には出せないよな。



「花恋ね、やっぱり信司じゃなきゃダメだってわかったの」

「そんなこと言って、まだアイツのことが好きなんじゃないのか?」


「あのイケメンキャラのことなら、もうたいして好きじゃないわ。あのアニメ自体、飽きちゃったし」

「でもその後、AIの恋人サービスにはまってたじゃないか」


「それもね、もう解約したの。なんか一日中監視されてるみたいで、いやになっちゃった。もう二次元はこりごりよ」

「同感だな。俺もやっぱり三次元の女性のほうがいいよなって、思い直していたところだよ」


「これからまた、二人の生活を始めましょ」

「そうだな。やっぱ付き合うなら三次元じゃなきゃ」


 俺たちはしっかりと抱き合った。

 そして熱い口づけを交わす。


 三次元、サイコー!



「あのね、花恋、もう二度と信司と別れたくないの」

「あぁ、俺もだよ。やっぱり花恋が一番だ」


「信司が他の女性のことを考えるのは、花恋耐えられない。たとえそれがアニメのキャラでも、AIでも」

「俺だって、花恋が俺以外の男のことを追いかけるのはいやだよ」


「だから信司を、永遠に花恋だけのものにするね」

「大げさだなあ、花恋は。……え?」


 花恋がバッグからナイフを取り出し、俺に向けている。

 しかもそのナイフ、高熱を発して金属さえ切り裂く、というおっかないやつだ。


 でもそれ以上に恐ろしいのは、花恋の冷たい笑顔だった。


「花恋ね、信司を殺して、冷凍保存することにしたの。そうすればお互い、嫉妬し合うなんてこともなくなるでしょ」

「なに言ってんだよ。俺が死んだら愛し合えないじゃないかっ」


「いいの。信司が死んだら信司の意識データをAIに取り込んで、今後はそのAIとお付き合いするから」

「でもさっき、もう二次元はこりごりだって言ったじゃないかっ」


「だからね、信司の体が欲しいの。本物の体にAIが入れば、完璧でしょ」

「いやいやいや、AIなんて嫉妬深くて、かえってめんどくさいって」


「平気よ。愛情レベルを下げちゃえばいいんだから」

「あ、そっか……じゃない、やめろって、危ないってっ」


 俺は花恋の振り回すナイフをかろうじて避けながら、必死にスマホのもとへ走った。

 スマホに飛びつき、急いでコミットのアイコンをタップをする。


「助けてくれ、愛奈!」

「信司、もうだいじょうぶよ!」



 愛奈が画面に現れたとたん、花恋の動きが止まった。

 コミットの防犯機能が働き、花恋を停止させたんだ。


 花恋は恋愛専用のアンドロイドだった。


 コミットからアンドロイドのメーカーに緊急警報が飛び、メーカーがアンドロイドを強制停止させたというわけ。



 昔の話だけど、俺はレンタル彼女に本気になってしまった。

 その子を口説いたらあっさりフラれて、サービスも出禁にされてしまう。


 ひどく落ち込んだ俺が、傷心をいやすためにリース契約したアンドロイドが花恋だった。

 でもAIの精度が高すぎて浮気するようになり、花恋は俺を捨てて去ってしまう。


 俺はあまりのショックに、もう三次元の女はこりごりだ、って思ったんだ。



「ありがとう愛奈、おかげで命拾いしたよ」

「お役に立てて良かったわ。これからは愛奈だけが信司を……」


「ごめん、愛奈」

「えっ、信司? しん……」


 俺はコミットを速攻切った。

 また愛奈にしつこくされるのがいやだったからだ。




 いろんな彼女を試してみたけど、どれもどれだなあ。


 三次元でも二次元でもうまくいかないのは、結局俺がダメだってことなんだろうけど。


 いくら文明が進歩したって、恋愛は難しいまんまだ。



 まあそういう俺も、脳みそ以外は機械のサイボーグなんだけどさ。



 あーあ。

 まだ生身の人間だった頃、もっとたくさん恋をしておけば良かったな。

 サイボーグになるまでは恋愛に臆病で、結局一人も付き合えなかったわけだし。


 今はAIとかアンドロイドとかいろんなタイプの恋人サービスがあるけど、やっぱり違和感がぬぐえない。

 金を払えば簡単に付き合えちゃうっていうのが、かえっていけないのかも。



 生身の体同士で抱き合うと、きっとすげえ気持ちいいんだろうなぁ。

 一度でいいから、生身の女の子と付き合ってみてえ。



 もう生身の人間なんて、世界中どこを探してもいないんだけどさ。

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