第65話 俺にしてみれば超絶優良物件

 「どうしてなのかしら……どうしてカインの婚約話が未だにまとまらないのかしら」

この頃のデボラの悩みは、俺の婚約者が全く……1人も……見つからない事である。

何でも俺が『父の元レーフ公爵が貴族牢にいる』かつ『リュケイオン学園に入学早々問題を起こした令息』で『顔に酷い傷がある』所為で、令嬢方が完全にビビってしまって、打診する先から丁重にお断りされているそうです。

「こんなにも優しくて思いやりのある、自慢の息子なのに……!」

ディーンも憤って、

「そうだよ母上!兄上は少し変わっているけれど、誰よりも優しくて心の広い立派な人なのに……本当に見る目が無いと僕も思うよ!!!」


家族の優しさと思いやりが逆に辛い。

身内にしか理解されていない人間って、対外的な人間関係に難があると大いに自己紹介しているようなものだから。


『デボラの母上!ジンが不甲斐ない情けない恥ずかしい惨めで哀れな男で本当に申し訳ない!俺が心から詫びる!申し訳ない!』

『……やかましい……やかましいよ……カイン……』


 そんなある日の事だった。

放課後に、ガイウス様から『来週からは君にある程度の実務を振り分けてみるとしよう』と言われて、いよいよかー!ウルトラハッピーエンド目指すぜ!と俺は少しだけ武者震いしながら家に帰った。

『む?デボラの母上の馬車がある……スティリコもいるな。どうしてだ?』

……いつもなら帰宅が一番遅いデボラが、俺よりも先に帰ってきていた。


 「カイン。婚約者の事なのだけれど……実は今日、皇太后様からお話があったのよ」

「母上、そのお顔……」浮かないと言うより、明らかに悩んでいる顔をデボラはしている。「まさか素行や性格に問題のある御令嬢なのですか……?」

俺が問題ありまくりなので、多少の不良物件(な令嬢)が来ても仕方ないと俺は思っていた。

「いいえ、育ちは確かで人品に問題も無いわ。私が保証します」

「……どうしてそんな御令嬢が、僕の婚約者として皇太后様から紹介して頂けたのですか?」

デボラが認めるほどの問題なしの超優良物件な令嬢なのに、どうして今まで売れていなかったのか。

それは、確実に、彼女に何らかの瑕疵があるからだ。

「ヤヌシア州の元総督だった男がいたでしょう。彼の婚約者『だった』そうよ」


……俺も知っていた。

彼女は、皇太后派のイオルコシアン侯爵家出身の母を持つ、とても由緒正しい令嬢だったから。

貴族派の大物の1人であるデルフィア侯爵の掌中の珠として溺愛されていて、『いくら相手が皇族でヤヌシア州の総督であろうと娘はやらん!』と婚約させる時も思いっきり揉めたそうだ。

名前はオリンピア・レアギ・ドーリーヌ。

クレオパトラ嬢が『ビザントゥムの翠玉』と称えられているのと対照的に、デルフィア侯爵が執政官を務めるオクタバ州の州都の名を借りて『アーギュの青玉』として名高いデルフィア侯爵令嬢。


「その皇族は貴族牢に幽閉されたはずですから、婚約は破棄どころか無効になったのでは……?」

デボラは悲痛な顔をした。

「あの男が帝国城で取り調べを受けている時に、オリンピア嬢は1人で面会に行ってしまったの。……危うく、サリナの時のようになってしまう所だったわ。幸いにも今度は近衛騎士が間に合ったけれど、もはや彼女は同格かそれ以上の貴族に嫁ぐ事は拒まれるでしょう」


――カッ!と俺の頭に血が上ると同時に、どうして俺にオリンピア嬢の婚約者のお鉢が新たに回ってきたのか、納得が出来た。


 大貴族になればなるほど、貴族は『処女』と言うものを重要視するのだ。

何でも昔々にカッコウのごとく他の男と寝た上にその男の子を育てさせようとしたアホ令嬢がいたそうでして。しかしその頃に魔力派測定が開発されたそうでして。見事に悪事は暴かれたそうでして。

……でもさ。

カッコウ行為が不安だったら生まれた子の魔力派測定をすれば良いのであって、『処女』なんてそこまで気にする事か?と俺は思う。

何で突っ込まれる方ばかりに貞操を無理強いしているんだ?

俺からすれば、(貴族専用じゃない)娼館に行って勝手に種をまき散らしている男の方が後々でヤバくないかって思うんだけどなあ。

夫人の手によって再起不能(物理的に)にされたカトー公爵相手にも、俺は未だに一欠片の同情心も湧かないし……。


突っ込まれる穴にだってさ、突っ込む棒を選ぶ権利くらいあると思う。

特にその棒が使用済みだったら、『うわ汚い』と思うくらいは仕方ないんじゃね?

可能なら『誰が使ったかも分からない使用済みの割り箸』で食事を取りたくないって思うのは、棒も穴も同じだと思う。

片方だけに不平等と自己犠牲を押しつけて得意げになるのって、何か少し違うんじゃね?って思うんだよ。

ただ、これは俺がカインの体の中にいるからそう思っているだけの事で、この世界の常識とはかなり違うってのは知っている。


『おいジン、処女は実に良い味がするんだぞ。特にあの初心な反応は中々に……』

『オマエの大好きなデボラの母上は処女じゃないからな?』

『ぐっ……!』

『そこで黙るとか……カイン、オマエのキモさは無限だぜ。あーあ、カインが生身だったら股間を熱湯消毒してやれるんだけどなー』

『ジンはそれでも男か!?』

『心も体も前世から男だぜ?』

『……そ、そうだな』


 話を戻そう。

デルフィア侯爵令嬢はもう『処女』じゃないと言う扱いを受けているのだ。

そして、いくら他に欠点が無かろうと美少女だろうと、扱いが『処女』じゃなければ彼女を息子の婚約者にしたがる貴族はいない。

彼女はこのままでは良くて貴族の社会的に追い詰められて修道院送り……悪ければ一生涯の幽閉もあり得る。


「彼女の母……デルフィア侯爵夫人は元々、皇太后派のイオルコシアン侯爵家の出身でしょう?『どうか娘を助けて欲しい』と夫人から皇太后様に直訴があったそうよ」

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