第39話 地下調圧水槽の死闘
地下調圧水槽にオーヴァルの姿がなく、サッカースタジアムが襲われたニュースを受けて杏里は衝撃を覚えた。
「オクトマンは、嘘を言ったのかしら?」
対面でのオクトマンのあの言葉は噓と思えなかった。
「その真偽は、僕たちで確かめよう」
千紘が立ち上がる。
「危険すぎるわ。オーヴァルは10体以上いる。私たちに、新しいキューブは二つ。それだって、オーヴァルと対等に戦える力がない」
「考えたんだ。僕らに欠けているのはパワーだ」
「それは分かっている」
向日葵が頬をふくらませた。
「合体したら、負けないパワーが出せると思うんだ」
「合体?」
「もちろん一つになろうという訳じゃないさ。旧型のキューブのコントロール範囲は半径2メートル。だから理論上は4メートルサイズの武器に変形できるということだ。……破壊力は武器の重量と速度で決まる。身体の一部を武器にするより、誰かが武器になって新型のキューブの戦士がそれを振り回すほうが破壊力が増すはずだ」
「武器に回った方は危険だわ。それに目が回りそう」
小夜子は表情を曇らせたが、杏里は違った。
「面白い作戦ね。オーヴァルは武器も私たちだと知らないから、武器を操る聖獣戦隊に向かってくる。武器のほうが安全かもしれないわよ」
早速、千紘の案を実行することに決め、ドローンで地下調圧水槽を目指した。
夜の渋谷は電飾で華やかだったが、サッカースタジアムで事件が起きた直後のこと、人影は少なかった。
聖獣戦隊は取水口から地底に向かって降下する。地下調圧水槽内は、わずかな水色のライトでぼんやりと照らされていた。
底に近づくと白虎は強烈な生き物の気配を感じた。
『いるわ。オーヴァルに違いない』
『コンクリートに見えるけど、あれが卵ね。沢山あるわ』
直下に卵を発見したのは玄武だった。
『マタギは何を見ていたんだ……』と青龍。
『それじゃ、段取り通りに……。ワン、トゥ、スリー、GO』
聖獣戦隊は一斉にドローンを飛び下りる。白虎は、空中でムチに姿を変えて青龍に身体を預けた。朱雀は槍に姿を変え、玄武の両手の中に収まる。
ドローンが強烈な明かりを照射すると、円陣を組んでいたオーヴァルたちが立ち上がった。
『何よ、あれ』
形は槍に変わっていても、視覚センサーは作動する。朱雀は、壁際に死骸が積み上げられているのを見た。オーヴァルがスタジアムから運んできたものだ。
「グァー」
一体のオーヴァルが玄武に向かって突進する。
『キャァー』
玄武は反射的に身をかわした。
『玄武、逃げないで。私をオーヴァルに向けるのよ』
『ゴメン、つい……』
玄武が体勢を立て直す。
――ヒュンヒュンヒュン――
空気を切り裂く音。青龍が手にした鞭の音だ。
3体のオーヴァルが青龍に向かう。
「ヤッ!」
青龍と白虎の気合がシンクロした。
白虎は新体操のリボンをイメージして自身の体をくねらせ、オーヴァルの腹部を切り裂く。
玄武は近づくオーヴァルに対して、槍を構えた。
『しっかり握っていてね』
朱雀の声と同時に僅か2メートルの槍が勢いよく伸び、向きまで微調整してオーヴァルの喉を突いた。
喉に穴の開いたオーヴァル、大きなダメージを受けても前進を止めない。じわり、じわりと玄武に近づく。
『こいつ、呼吸をしてないのかしら?……トゥ!』
朱雀の槍が、再びオーヴァルの胸を突く。朱雀はオーヴァルの中で身を回転させ、厚い胸板を貫通。槍の直径の、3倍もの大きな穴をあけた。
『すごい!』
玄武は槍を支え、全力で踏ん張った。
胸と首の穴から2色の体液が流れ出す。そうして初めてオーヴァルは前進を止めた。
一瞬、オーヴァルたちはたじろいだ。しかし、攻撃そのものを止めることはなかった。
青龍が振るムチは、立坑の閉塞空間でビュンビュンと不気味な唸りを上げた。ムチが触れただけでオーヴァルたちの皮膚は裂け、床に並ぶ卵が割れた。オーヴァルたちは明らかに慎重になり始めていた。自分たちの痛み以上に、卵が壊れることを恐れていた。
青龍の背後から1体のオーヴァルが近づく。白虎のセンサーが、それを鮮明に感知していた。
『エイッ!』
白虎は遠心力を借りて身体をくねらせ、背後のオーヴァルを襲った。
クリティカルヒット!
オーヴァルの身体が二つに裂けて、飛び散った内臓らしきものが白虎の身体にまとわりついた。
一進一退の攻防、戦場はオーヴァルが溶ける臭いで満ちた。
自分たちの不利を悟ったのだろう。「ウオー」と1体のオーヴァルが叫び、立坑を上り始めた。他のオーヴァルたちもコンクリートに爪を立てて這い上がっていく。
『追うわよ』
白虎と朱雀は姿を人型に戻し、青龍たちと共にドローンに飛び乗った。
逃げたオーヴァルは次々と川に飛び込んでいく。まるで巨大なカエルだ。
聖獣戦隊は太陽が昇るまでオーヴァルを捜索したが、上流でも下流でも彼らを発見することができなかった。
『そろそろ戻ってください。生命維持溶液から出ないと危険です』
アキナから連絡が入る。
『時間切れか。……仕方がないわね。いったん引き揚げましょう』
白虎は決断した。
聖獣戦隊がコンテナに戻る時を見計らい、杏里はリンクボールに入って白虎の自立モードを解いた。
『社長、働きすぎですよ』
アキナの忠告をリンクボールの中で聞いた。
彼女が運転するトラックはN市を目指した。
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