第19話 美少女戦隊(仮)

 ファントムに両親を殺された夜、杏里と向日葵は同じ夢を見た。両親が赤黒い血の海に沈む夢だ。怒りと悲しみは人型のNRデバイスを塵の山に変えた。夢が消えて気持ちが落ち着くと、塵の山は再び人型に戻った。


 翌朝、杏里は、自分がNRデバイスだということも忘れていた。


「小夜子さん。私は、これからどうすればいいのですか?」


「来年早々、役員会を開きます。その時に役員会がファントムの脅威に対して動揺しないように、対策を講じておきましょう」


「どういう風に?」


「NRデバイスを使うのです。そのためにも、私たちはこれを使いこなせるようにトレーニングするのです」


 彼女の返事で自分の状態を思い出し、ナノロボットの集合体である手のひらに視線を落とした。


「確かにこの身体なら死なないわね。ファントムにも勝てそう」


 向日葵が飛び跳ね、物を叩いたり蹴ったりしてまわった。空手で鍛えた技は壁をへこませ、強化ガラスのテーブルを粉々にした。


「気をつけてくださいね。まだ、NRデバイスの力をコントロールできないはずです」


「わかったわ。力も強いけど、痛みも大きい」


 向日葵が拳をさすって苦笑いを浮かべた。


「痛みはコントロールできます。ゼロにすることも。でも、それは危険なことです。NRデバイスを壊してしまう可能性もあります。……その能力を十分発揮するには、何よりも恐怖を克服しなければなりません。ファントムのようなものと対峙したり、高いところから飛び降りたり、非日常的なスピードで走ったりするわけですから……」


 そんな説明をしながら小夜子は、アサさんを呼んだ。


「おはようさん」


 彼女は大きな業務用の掃除機を持っていた。


「夕べは、ゆっくり休めたかいのう?」


 アサさんが話ながら、壊れたガラステーブルを片づけはじめる。


「私たち、ファントムと戦うの?」


 杏里は不安で訊いた。


「場合によっては、そうなるかもしれませんね」


 小夜子が応じた。


「私は、お父様とお母様の仇を取るわ。こんな力があるんだもの」


 向日葵が拳を握り、唇を結ぶ。


「役員会が済んだら、お葬式も行わないといけません。そのころには警察から遺体も返されるでしょう」


 葬儀の話は姉妹の心に影を落とした。


「辛い話を、ごめんなさい。……でも、お嬢様がたにとってだけでなく、ご両親が育ててきた会社にとっても緊急事態なのです。そして問題はファントムです。対抗するにはNRデバイスを完璧にコントロールしなければなりません。どんなに辛く悲しくても」


「完璧に?」


 向日葵が首を傾げた。


「NRデバイスとして活動するときだけではだめなのです。人間に戻ったとき、人間としての感覚に切り替えなければ怪我をすることになります。……生身の時には人間としての感覚に、NRデバイスを使う時にはロボットとしての感覚に切り替える。わかりますね?」


「便利なようで、制約も多いのね」


「そういうことだよ」


 すっかり部屋を片付けたアサさんが、優しく向日葵の頭をなでた。その姿は実の祖母と孫のようだ。


 立ち去るアサさんを見送りながら向日葵が言った。


「本当の人間みたいね。ヒューマノイドだなんて、信じられない」


「そうね。彼らをファントム対策に使えばいいのに……」


「人間に似せたために、強度が不足しているそうです」


 小夜子が教えた。


「丈夫なものに造りかえれば?」


「そうすると重くなりすぎるそうです。それにアサさんにしてもシンゴさんにしても複数存在するのです。もし、強力なヒューマノイドがいると知られたら、人間はヒューマノイドに恐れをいだくようになるでしょう」


「どういうこと? わからないわ」


「対抗する力がないほど強力すぎる存在は、人間の理性をマヒさせる。そう社長が仰って、アサさんやシンゴさんの強化に反対したのです」


「ロボットが核兵器のようになるということかしら?」


 杏里は自分なりの解釈を言った。


「そうかもしれませんね……」小夜子が目を細める。「……さあ、食事を済ませたら、ファントムと戦う準備をしますよ」


「ハイッ!」


 小夜子の元に姉妹は集まった。


 その日から3人のトレーニングが始まった。機械の操作を覚えるのとは違う。イメージで手足を思い通りに動かすのだ。


 戦闘訓練も行った。武器はガードマン用の特殊警棒で、練習相手はシンゴさん。彼のボディーは頑丈ではないが、動きは素早く筋力は人間に勝る。


 3人は雪の舞う庭でシンゴさんに挑んだ。


「向日葵、行きまーす」


 右手を高く上げて向日葵が進み出る。


「おいで」


 シンゴさんは右手を差し出して手のひらを上に向けると、人差し指をクイクイと2度まげてみせる。それは映画のワンシーンを見ているようだ。


 向日葵は、自分の鼻を親指ではねるようにして「行くわよ」と宣言して挑みかかる。


 シンゴさんは流れるような動きで向日葵の攻撃をかわし、隙をついて彼女の小さな身体を抱え込んだ。


「クソッ、ジジイが……」


 向日葵が毒づくと、シンゴさんが強烈な頭突きをする。一瞬、NRデバイスの頭が5センチほどへこみ、すぐに復元した。NRデバイスはそうでも、リンクボール内の向日葵がダメージを受けて戦闘不能に陥った。


 次に挑んだ杏里は投げ飛ばされ、警棒を振り回した小夜子は尻に回し蹴りを受けて、簡単に倒された。


「NRデバイスでも、シンゴさんには勝てないのね」


 向日葵が悔しそうに言った。


「NRデバイスはパワーもスピードもある。でも、それ自身の重量は操作する人間の体重とほぼ同じだから軽い。打撃ではダメージを与えられないし、簡単に吹き飛ばされてしまう……」


 それが小夜子の分析結果だった。


「個々の力でだめなら、協力して戦うしかないわ」


 杏里の声に小夜子がうなずいた。


「私の武士道には反するけれど、そうするしかないね」


 向日葵がシンゴさんに対する戦術を検討した。そうして攻撃の順番や、誰がどこに攻撃を仕掛けるかを決め、正月も休まずに練習を繰り返した。それは戦闘訓練というより、ダンスチームの練習のように見えた。


 攻撃の連携に自信を得た3人は、再度シンゴさんに挑戦する。


「さあ、が相手をするわよ」


 向日葵は意気揚々。


「向日葵、何よそれ」


「恥ずかしいです」


 杏里と小夜子は戦隊名などいらないと主張したが、向日葵は必要だと譲らなかった。


「美少女戦隊、参上」


 声をあわせてみると、少し楽しい。その時は、頭の中から両親の死の影が消えていた。


「これでやる気が出るわ。おいでなさい」


 向日葵がシンゴさんに向かって右手を差し出した。手のひらを上に向け、指をクイクイとまげてみせる。


 シンゴさんがニヤリと不敵な笑みを浮かべ、すぐさま正拳を突いた。向日葵がすれすれのところでひらりとかわし、シンゴさんの背中を杏里に向けさせる。


 杏里は背後からシンゴさんの首を締め上げる。遠慮がちな杏里の腕を取ったシンゴさんが軽いNRデバイスを投げ飛ばした。


 数日後、トレーニングを繰り返した甲斐があり、杏里たちは阿吽の呼吸で連係攻撃ができるようになった。


 小夜子が振り回す2本の特殊警棒に意識のむいたシンゴさんの隙をつき、運動神経の良い向日葵が柔道の蟹挟かにばさみで倒す。すかさずその両足を杏里が抱え込んだ。


 シンゴさんが上半身を起こして杏里に打撃を加えようとする。その両腕を向日葵が固めた。


「今よ!」


 杏里の声に小夜子が飛びかかり、警棒でボコボコに叩いた。「シンゴさん、ごめんねぇ」と叫びながら。


 そうして警棒がぐにゃりと曲がったとき、シンゴさんはピクリとも動かなくなった。


 NRデバイスに慣れた向日葵が、本来の自分と異なるファッションモデルのような肉体を作った。皮膚にエロチックなレオタードの模様を描き、まるで着衣しているようだ。


「ナイスバディーでしょ?……ヨシ、戦闘衣装はこれにしよう! 部隊は、そうねぇ。……よ。ユニバースは宇宙ね。私たちは宇宙から降り注ぐエネルギーで活動するから。……私は赤いレオタードで炎の朱雀、お姉様は白の衣装で冷酷な白虎、小夜子さんは黒よ。暗黒の玄武というのはどうかしら? 強そうでしょう。そうだ。3人そろったポーズも決めなくちゃいけないわね」


 向日葵が嬉々としていた。


「どうして私が冷酷な白虎なの?」


「私はリーダーだからレッド。向日葵のお日様だし。お姉様はドレスも白でしょ。冷酷というのは言い過ぎかもしれないけれど、そのほうがファントムがビビるかもしれないし」


「いつの間に向日葵がリーダーになったの」


 杏里は笑った。


「私もやるのですか?」


 小夜子が困惑している。


「当然でしょ。3人が連携して戦うのよ」


「それは良いとして、衣装はどうでしょう。疲れたり気を抜いたりしたら、レオタード柄が消えて素肌に戻るかもしれませんよ」


「それは恥ずかしいわね」


 杏里は不安を覚えたが、向日葵は聞いてなどいない。


「私は炎の戦士朱雀。天に代わってお仕置きよ!」


 微妙なポーズをとるので、杏里と小夜子は笑った。


「笑ってないで、2人もやるのよ。お姉様は冷酷な戦士白虎。小夜子さんは、暗黒の戦士玄武。どう、カッコいいでしょ?」


 向日葵は、2人の名前とキャッチフレーズまで考えて自画自賛。腰に手を置き胸を反らした。

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