第33話 込められた想い

 ともに海辺で過ごしたあの休日以来、私とトラヴィス殿下の距離はますます近づいていた。

 彼は学園のいたる所で私に声をかけてくる。自分が誰といようが、私が友人たちといようがお構いなしだ。


「おはよう、メレディア嬢。先週は楽しかったな」

「っ?!……おはようございます、トラヴィス殿下。はい。有意義な一時をありがとうございました」


 ごく普通にこんな言葉をかけてくるものだから、当然友人たちは皆興味津々で私に尋ねてくる。


「メレディア様、い、今のトラヴィス殿下のお言葉……、何ですの?」

「お二人で、どちらかにお出かけでも……?」


 レティ嬢やフィオナ嬢が食い入るような眼差しで問い詰めてくるのに対し、私はしどろもどろになってしまう。

 

「……ええ。偶然街で出会って、少しお茶を」


 こんな感じでごまかしていたけれど、殿下があまりにも堂々と、しかも頻繁に私のところへ来るものだから、次第に周囲の生徒たちからの視線も「もしやあの二人は……」みたいな感じになってきた。


(殿下……っ、隠してくださるつもりはもうないのですか……?)


 ある日のランチタイム、いつもの三人と食事をしている時に、また殿下の話題になった。テラスに移動する途中トラヴィス殿下に会い、また気安く声をかけられたからだ。


「……トラヴィス殿下とメレディア様、本当に親しくしていらっしゃるのですね。……いえ、親しくというよりも、あれは……、殿下のあのご様子は……っ」

「ええ。もしやトラヴィス殿下は……、メレディア様に想いを寄せておられるのでは……っ?」

「ち、違うのよ。そういうことではなくて。ただ、私は幼少の頃から王宮や王太子宮によく出入りする立場だったでしょう?気心の知れた関係というか、まぁ……、話しやすいのだと思うわ」


 ムキになって否定してしまうのは、気まずさからか何なのか。我ながらよく分からない。第二王子に取り入っているなどと妙な噂を立てられたくないからだろうか。……それだけにしては、やけに頬が火照る。

 私が困った顔をすると決まってマーゴット嬢が口を挟んでくれる。


「ふふ、たしかに近頃のトラヴィス殿下とメレディア様は特別親しいご関係に見えますわ。ですが、それは皆が噂するようなものではなく、お二人の長年構築されてきたご友人としての絆なのでしょうね。王太子殿下への遠慮が必要なくなり、トラヴィス殿下も以前よりメレディア様に接しやすいのかもしれませんわね」

「え、ええ、そう。そんな感じだわ」


 助け舟を出してくれるマーゴット嬢に感謝しつつ、私はすかさずその舟に乗っかった。




 そんなある日、私はトラヴィス殿下から呼び出され、お昼の休憩時間に裏庭にいた。ここはテラス席みたいな座って休憩するスポットがないからか、中庭のように生徒たちが来ることは滅多にない。


「殿下……。最近は一体どうなさったのですか?あまり大っぴらに二人で外出した時の話などされては……」

「そんなに困るのか?君も俺も、気を遣わないといけない相手はいない。婚約者でもいれば話は別だが」


 ……いないからこそ周囲から勘繰られるというのもある。特にトラヴィス殿下はご令嬢方の憧れの的で、その一挙手一投足が常に注目されていらっしゃるのだから。


「……今しかないだろう、機会は」

「……?」


 ポツリと呟いた殿下の言葉を考える前に、突然「メレディア嬢、手を出してごらん」と言われ、私は訳が分からぬままひとまず左手を差し出す。


「どうなさいましたの?」


 キョトンと見上げる私の前で、トラヴィス殿下は内ポケットから小さな小箱を取り出した。


「……君に、忘れてほしくなくて」


 そう言うと、殿下は小箱を開けた。中に収められていたのはとても繊細なチェーンの、美しいブレスレットだった。細やかなカットによりきらめく水色の宝石が、中央に一粒。存在感を放つその宝石の周囲は、極めて小さなダイアモンドの粒たちで縁取られている。


「……っ、殿下……」


 息を呑んで見守る私の手首に、殿下が箱から取り出したブレスレットをスマートに着けた。


「君の好きな色だ。……あの日の海の輝きを思い出さないか?」

「……ええ……、……ですが……」


 そのきらめきは確かに、あの思い出の日の海のようだった。見渡すばかりの水平線。陽の光を浴びて輝きながら、楽しそうに揺れる水面。心地良い潮風。力強い白馬の躍動と、私を後ろから抱きしめるように守ってくれていた殿下の体温。甘い香り。耳元で聞こえる、低く穏やかな声────


 ブレスレットを見つめていると、胸がいっぱいになる。殿下がそんなことを言うものだから、あの日の幸福感を思い出してしまった。


「……お、お気持ちはとても嬉しいのですが……、このような高価なものをいただくわけには……」


 素直に受け取ることができず困っていると、殿下がブレスレットの着けられた私の手をそっと包み込むように握る。


「……っ、」

「俺の気持ちだ。これを見るたびに、君は思い出すだろう。二人で過ごしたあの特別な日を。……そうしてほしいんだ」

「……殿下……」

「思い出すたびに、俺のことを考えてくれ、……メレディア」


 殿下は私の瞳をじっと見つめながらそう言うと、その温かい手で私の頬をそっと撫でた。


 どうしよう。まるで魔法にかけられているみたい。目が逸らせない。


 頭がクラクラするほどの高揚感に包まれながら、私は殿下の黄金色のきらめきを帯びた瞳を見つめていた。





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