第31話 板挟み(※sideアンドリュー)

 国王陛下から厳しい叱責を受けた。


 エルシーの教育のために、よかれと思い開催するよう根回しした茶会。その主催者となったエルシーの養家であるウィンズレット侯爵家から、陛下に直々に苦情を申し立てる手紙が届いたらしい。


「……何のつもりだ、貴様」


 僕を呼び出した陛下の顔は、最初から鬼のようだった。


「社交のマナーのまるでなってないあの小娘のために、侯爵家に無理を押し通し茶会を開かせただと?ただでさえ迷惑をかけているウィンズレット侯爵夫妻の顔に泥を塗るとは……。しかもその場にメレディアとヘイディ公爵夫人まで呼び出し、煩わせたそうではないか。……自分が何をやっているのか、分かっておらんのか」

「……も……、も、申し訳、ござ……」

 

 父上の、陛下の怒りが尋常ではない。低く重く響くその声に精神を削られるようだ。メレディアとの婚約解消以降、父は僕に対して異様なまでの怒りを見せ続けている。僕は完全に萎縮しながらも、どうにか自分の意図を伝えようと声を振り絞った。


「な、なかなかその、エルシーの王太子妃教育が……、教育の進み具合が、か、芳しくなく……。へへヘイディ公爵令嬢や、高位貴族の令嬢たちの……」

「黙れ」

「ひ」


 一切の温度を感じないその一言のあまりの冷淡さに、恐ろしさが限界を超え、涙が零れそうになる。こめかみを冷たい汗が伝った。


「一度しか言わん。よく聞け。あの小娘を社交界の人間と関わらせることは今後一切許さぬ。学園に通う時間以外は貴様が勝手に招き入れた王太子宮に隔離し、徹底的に教育を受けさせろ。小娘がメレディアと同格のマナーと教養を身につけるまで、一歩も外へは出すな。自分の行動に責任を持て。……これ以上、王家の恥となるな!!」

「ふえ!あぅ……、も、もうしわけ……」

「このまま娘の教育が進まぬようであれば、貴様の立場も今のままではないぞ。分かっておろうな。……下がれ」




 酸欠状態になった僕は、時折壁に肩をぶつけながらフラフラと廊下を歩いた。顔がびしょびしょなのは、涙が鼻水か冷や汗か、自分でもさっぱり分からなかった。


 吐き気を堪えながらようやく帰り着いた王太子宮。部屋に足を踏み入れるなり、目を吊り上げたエルシーがズカズカと僕に歩み寄ってきた。


「国王陛下に言ってくれましたの?!アンドリュー様」

「…………へ?何?……だ……、誰か、水をくれ……」


 エルシーの話を聞いてあげたいが、気持ちが悪い。とにかく、少し休みたい……。目が回る。

 僕はベッドサイドまでヨレヨレとたどり着き、そのままベッドに上半身を預け、床にへたり込んだ。うつ伏せたまま呆然と座り込んでいると、侍従の一人がグラスに入った水を持ってくる。どうにか受け取ったが、冷えた指先が震えてグラスの中の水がぱしゃぱしゃと跳ねている。

 揺れるグラスを口元に運び水を飲もうとすると、エルシーが僕の真横に仁王立ちしてこちらを見下ろしながら金切り声を上げる。


「私の実家の父のことです!グリーヴ男爵を王宮の大臣として登用してほしいと、伝えてくださいましたの?これまで父が何度もお願い申し上げてきたではありませんか!」

「……エルシー……、ちょっと水を飲ませて……」

「父も母も期待してずっと待っていますわ!私が王太子殿下の婚約者となったのだから、最高の待遇で王宮に迎え入れられるはずだと。それなのにあなた様はいつまで経っても父のことを国王陛下に進言してくださらないじゃないですか!どうだったんですの?何のお話でしたの?父のこと、どうなりました?!」

「……。」


 唇の端から零しながら、どうにか水を飲み干す。……最近のエルシーは僕に怒鳴ってばかりだ。以前はこんな感じじゃなかったのに。大人しくてか弱くて優しくて……、僕のことが好きでたまらないと甘い声で毎日囁いてくれていた。


「……エルシー、それどころじゃなかったんだよ。今の状況では君のお父上を大臣に登用してほしいだなんて、とても言い出せない……。陛下は激しくお怒りなんだ。君の王太子妃教育やマナー教育が何も捗らないから、そろそろ本当にマズいんだよ。その上、先日の茶会のことも……」

「またその話ですの?!すぐにそうやって私のせいになさいますのね!!私は前からずっと言っていますわ!いきなりたくさんの知識を詰め込むのは無理だって!あなた受けたことあります?王太子妃教育!どんなに大変か分かってないのでしょう?!」

「……僕は王太子妃じゃなくて、王太子だから、もちろん受けたことはないよ。でも王太子としての教育ならずっと受けてきているから、君の大変さはよく分かってる。だけど……」

「大変さが分かるのなら、もっと国王陛下にきっぱりと仰ったらどうなのです?!求める水準が高すぎるって!私は先日までただの男爵家の娘でしたのよ?!いきなりあんなに毎日長時間、あれほど難しい勉強させられるなんて、できなくて当然でしょう!!ちゃんとそのことを言ってくださいませ、アンドリュー様!!……ねぇ!聞いてらっしゃいます?!」


 ただでさえ精神的に疲労困憊しているところに、頭上からキンキンと響く声で休む間もなく責め立てられる。胃がギュッと萎縮するような感覚に、ひどい頭痛までしてきた。堪えきれず、僕の目からついに涙がポロリと零れた。





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