第26話 幼稚な態度

 私は根気強くエルシー嬢に茶会でのマナーについて説明した。けれどエルシー嬢は「もう結構よ。そういう話は王太子宮で毎日嫌というほど聞いてるわ!」と、鬱陶しくてたまらないという顔で言ってのけるばかり。聞いてるならなぜできないのよ。やる気はあるの?

 相変わらず品のない音を立てながら紅茶をすすり、目の前のお菓子に次々手を伸ばしてはテーブルを汚していく彼女を見ているうちに、徒労感で虚しくなってきた。


「……ところで、男の人は誰もいないの?どうしてここは女性ばかりなのかしら」


 ふいにエルシー嬢がそんなことを口にするけれど、皆冷めた目をするばかりで返事をしない。

 元々、アンドリュー様にはあまり人望がなかった。統率力や求心力など皆無の人だったのだ。それを私が精一杯カバーしてきた。周囲からも、「あのヘイディ公爵令嬢が王太子妃になるのなら、アンドリュー殿下でもまぁ心配はいらないわね」と思ってもらえていることは自覚していた。

 だが彼は、頼りない自分が王太子でいることを周りから認めてもらえている、いわば安心材料を自ら捨てたのだ。その代わりにこんな人を未来の王太子妃に選んだのだから、今や社交界での彼の評判はどんどん下がっていっている。

 高位貴族たちは皆この二人を軽蔑し、誰も媚を売っておこうとすらしていない。


「……茶会というものは、夫人や令嬢が開くのですわ、エルシー嬢。こういった場に殿方はいないのが一般的です」


 私が返事をしてあげても反応はない。まるで見えないもののように無視される。


「……男の人の目がないから、皆こんなにギスギスしてるのかしら。気晴らしにって言われたって、これじゃ全然楽しくないわ」


 そしてブツブツと不満を口にしている。


「……あら、もう随分と長居してしまいましたわね。ウィンズレット侯爵夫人、本日はとても有意義な時間でしたわ」


 ついに何人かのご婦人方が席を立ち、ウィンズレット侯爵夫人にいとまを告げはじめた。エルシー嬢の尊大な態度に耐えかねたのだろう。今日で十歳ほど歳をとってしまったかのような生気の抜けた顔をした夫人が、申し訳なさげな顔で帰っていく方々に何やら挨拶をしている。


「あら、私が来てからまだそんなに時間は経っていないのに。さっさと帰っていくなんて失礼な人たちね。マナーがどうのというのなら、ああいう人たちにこそ教育が必要なんじゃありませんこと?」

「……。」


 どうしよう。諭す気力も湧かない。

 自分のせいで帰っていくのだと気付いてもいないらしいエルシー嬢は、ふいに私の隣に座っていたマーゴット嬢に声をかける。


「ね、私アンドリュー様から、上流階級のお友達を作っておいでって言われているの。あなた私のお友達になってくれる?」

「えっ?……ええ、もちろんですわ。嬉しゅうございます」


 マーゴット嬢が淑女らしく微笑みそう返事を返すと、エルシー嬢はまんざらでもなさげな表情で言った。


「そうでしょう。将来の王太子妃の友人なんて、誇らしいわよね。分かるわ、あなたの気持ち」

「…………。」

「…………。」


 マーゴット嬢の笑みが少し引きつった。

 その時、


「メレディア、私たちもそろそろ失礼しましょうか。あまり遅くなると、帰り着くのが夜になってしまうわ」


完璧なアルカイックスマイルを湛えた母が、そう言って優雅に立ち上がる。母も見切りをつけたらしい。

 そうよね。ひとまず茶会に顔を出し、ウィンズレット侯爵夫人の顔も立てた。本人に受け入れる気は一切なかったようけれど、一応私たちの茶会での立ち居振る舞いを見せ、交流も持った。アンドリュー様も文句は言えないだろう。相手がこんな態度である以上、もう私にできることはない。

 マーゴット嬢にまた学園でね、と挨拶をしようとすると、エルシー嬢が憤慨した様子で言った。


「あら、何よそれ。困るわ!アンドリュー様が言っていたもの。お茶会を楽しみながらに王太子妃教育の勉強のコツを聞いておいでって。まだ何も教えてくれてないじゃないの。何しにいらしたわけ?」


 その人じゃありません。私のことはヘイディ公爵令嬢とお呼びください、というお説教はもう省略した。

 王太子妃教育の勉強のコツ、ねぇ……。アンドリュー様からの手紙にもそんな内容のことが書いてあったけど……。

 私は立ち上がり、エルシー嬢の前に進み出る。彼女はわざとらしくティーカップを手に取るとツンとそっぽを向いたままこちらを見ようともしない。あまりに幼稚な態度に、もはや笑いが出そうだ。


「エルシー嬢、王太子妃教育にも淑女教育にも、コツというものはないのです。ただ一つ一つの知識を、地道に習得していく。それに尽きます。私は幼少の頃からそれらに全ての時間を費やしてまいりました。だから今の私があるのです。一朝一夕というわけにはまいりません。あなた様も、どうぞ毎日朝から晩までお励みくださいませ。王家に嫁ぐということ、王太子殿下の妃になるというのは、そういうことでございますわ。……では、失礼いたします」


 エルシー嬢に背を向け、マーゴット嬢や皆様に挨拶を済ませると、私は母と連れ立って扉に向かった。その時、背後からガチャン!という不快な音がした。


「ちょっと待ちなさい!」





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