第18話 皆の反応
約一ヶ月ぶりの登校に、私は朝から緊張していた。
少しでも自分の気分を上げようと、侍女に頼んで可愛らしく髪を編み込みのハーフアップにしてもらい、大好きな水色のリボンで結んだ。……うん、可愛い。これだけでだいぶ明るい気持ちになった。
タウンハウスから馬車で移動する間、今までに味わったことのない緊張感に包まれていた。長く休んでしまったことでやはり変な気まずさがある。周りの生徒たちはどんな顔をするかしら。やっぱり私がアンドリュー様に婚約を解消されたショックで臥せっていたとでも思われてるだろうしなぁ……。
実際はむしろ人生で初めて訪れたこの休暇を心ゆくまで満喫していた。そのせいで以前はゆるゆるだった制服のウエスト部分がぴったりサイズになっている。鏡を見ても何となく顔が丸くなった気がするし……。大丈夫ですよ、メレディアお嬢様は以前よりずっとずっと肌艶もよくお美しさに磨きがかかられましたわ!なんて侍女たちは言ってくれるんだけど、彼女たちの優しさをすんなり受け入れることができない。
(私……本当に大丈夫なのかな。皆にびっくりされないかしら……)
うわぁ……かつての完全無欠の公爵令嬢の姿が見る影もない……、なんてヒソヒソされたらちょっとショックだな。まぁ別にもうそれでもいいんだけど。そんなことを悶々と考えているうちに学園に着いてしまった。
門の前で馬車を降りるやいなや、
「お、やっと来たか。おはよう、メレディア嬢」
「っ?!……で、でんかっ?!」
なぜだかそこにトラヴィス殿下がいた。今日はいつもの濃い栗色の髪を後ろで一つに結んでいる。そしていつものように口角をニッと上げてこちらに寄ってきた。
「お、おはようございます……。なぜここに……?」
その瞬間、ふと思った。
アンドリュー様に婚約解消を宣言されて私が学園を休むようになってからというもの、私が外出するとなぜだか殿下はたびたびそこにいた。今も、私が久しぶりに登校するやいなやこうして真っ先に殿下に出会った。
……まさか……、
「殿下……、こうして毎朝私が登校してくるのをここで待ってくださっていた、わけでは、……ないですよね……?」
「……ふ。まさか。そこまで暇じゃない。たまたまだ」
……本当かな……。
「さぁ、行こうか。久々すぎて教室の場所も忘れてしまっただろう?俺が連れて行ってやろう」
「……ふふふ、そんなはずないじゃありませんか。たった一ヶ月ぶりですよ。私のこと幼児か何かだと思ってらっしゃいます?」
「ここは正門。向こうに見えるのが校舎だ。今から勉強するところだぞ。その隣の建物は大ホールだ」
「分かりますってば」
その後も殿下が変な冗談ばかり言うものだから、私はおかしくてずっと笑いながら教室まで辿り着いた。
「じゃあ、またな」
「ええ、また。ありがとうございます」
自分の教室の前で殿下と別れ、自然な笑みが顔に浮かんだままガラリと扉を開けた。
「…………っ!」
私が中に入った途端、教室の中のざわめきがピタリと止んだ。皆が一斉にこちらを見て固まっている。
(……そうだった。殿下とお喋りしてたおかげですっかり忘れてた。すごく久しぶりだったんだっけ)
皆の驚いた顔も何だか妙に可笑しくて、私は笑みを浮かべたままごく自然に挨拶をした。
「おはようございます、皆さん」
思った以上に明るい声が出た。静まり返っていた教室は、それをきっかけに再びざわつきだす。
「……お、おはようございます、メレディア様」
「おはようございます!」
「ええ。いいお天気ね」
「はいっ。メ、メレディア様も、お元気そうで、よかったです……」
「ふふ、ありがとう。元気いっぱいよ」
……あれ?私クラスの子たちと朝からこんなに気さくに会話を交わしたことあったかしら……?
今までは皆遠巻きに私のことを見ていたし、私は私で自分がどう見られているか、常に完璧な立ち居振る舞いができているか、そればかりを考えていた。……そう。だからたまにおそるおそる挨拶をしてきてくれる子がいても、静かに悠然と微笑み、淑女として完璧と思われる丁寧な挨拶を一言返すだけだった。
(……とっつきにくかっただろうなぁ、今までの私)
そりゃ気のおけない友人なんてできるはずもない。
でも、これからはできるといいな。
そんなことを思いながら、私は自分の席についた。
午前中の授業が全て終わり、お昼の休憩時間になった。授業内容が問題なく全て理解できたことに安堵しながら机の上を片付けていると、ふいに横から声をかけられた。
「メレディア様……」
「? はい?」
そこにはクラスの女子生徒が三名緊張した面持ちで立っていて、私のことを食い入るように見つめていた。
私に声をかけてきた子が、おずおずと口を開く。
「あの、もしよかったらですが……、ご一緒にランチをいかがですか?」
(……えっ……?!)
い、一緒にランチ……?!
心底驚いた。学園に入学以来、こんなお誘いをもらったのは初めてだ。喜びのあまり、私は満面の笑みで答える。
「ええ!もちろん、喜んで」
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