第13話 真実の愛(※sideアンドリュー)
両陛下が帰国した時、激しい叱責に対する覚悟はすでにできていた。父である国王陛下の
僕はエルシーとの真実の愛を貫いてみせる。彼女のことは、僕が守り抜く。そう決めたんだ。
案の定、すぐに呼び出しがかかった。意を決して父のもとに向かう。膝が笑っているし目まいまでしてきたけれど、今日まで何度も何度も頭の中で練習してきた。何故こんな手段をとったのか。メレディアが陰でどんな卑劣な行為を繰り返してきたか。そして、エルシーがどれほど素晴らしい女性であるか。それを全て父に説明するのだ。
だけど実際怒りに燃える父の姿を目の当たりにすると、恐怖のあまり喉がひりつき気が遠くなりかけた。
「……己のしでかしたことの意味が分かっているのか、アンドリューよ。王国きっての優秀な王太子妃になるであろうと目されたメレディアを切り捨てた、その意味が」
内臓が締め付けられ、体が縮んでいくような激しい恐怖を感じる。誰よりも怒らせてはいけない人を怒らせてしまった……。……い、いや、駄目だ。ここで怯んでは。分かっていたことじゃないか。エルシーの愛を得た今、もうこれまでの気弱な僕とは違う。言うんだ、さぁ!!
「……ちぃっ、ちちうへっ!」
声が裏返った。
「おっ!お怒りは、ごもっともでございます。ですが、僕は自分の判断を間違いだとは、お、……思って、おりません」
ああ、怖い。目の前の玉座から凍てつく空気が漂ってくる。父の顔が見れない。心臓はひっくり返ってしまいそうなほど激しく打ち続け、吐き気までしてきた。
「彼女には、メレディア・ヘイディには、裏の顔がありました。皆あの完璧な淑女ぶりに騙されているんです。学園や社交界では非の打ち所のない素晴らしい令嬢を演じてはいましたが、彼女は人目のない場所を選んで男爵家のエルシー・グリーヴを密かに虐め抜いていたんです」
「くだらん。誰から聞いた、そんな与太話を」
「……。エ、エルシー本人からです。な、涙ながらに……」
「微塵も疑わなかったのか。長年その目で見てきたであろうメレディアの努力や献身を顧みることもなく、その娘の言葉を真に受けたのか、アンドリューよ。頭をよぎりもしなかったか。その娘がお前に取り入るために虚言を吐いている可能性が」
「エッ、エルシーはそんな女性ではありません!陛下も、会っていただければきっとお分かりになります。彼女は無垢で、可憐で、本当に純粋でか弱い……」
「黙れ。そんな貴族令嬢が存在するわけがなかろう。今まで何を学んで生きてきたのだ、貴様は。物を知らぬ未熟な若者のようにありきたりな恋情に溺れ、冷静な判断力を失ったか」
「……。」
体中がブルブルと震える。腹に響くような低く太い声に
「それで?その愚かな判断力でもって、私の留守中に勝手にヘイディ公爵に婚約解消の書面を叩きつけたのだな」
「……。……はい」
「ヘイディ公爵はそれを受け取り、お前はその男爵家の娘を王太子宮に呼び寄せ部屋まで与えたと。そう報告を受けたが、間違いないのだな」
「…………。」
「答えよアンドリュー!!この私が尋ねておるのだ」
「ひぐっ!!……は、……そ、そう、です。す、住み込みで……教育をう、受けさせねば、今から、王太子妃教育を、ま、間に合わせるために……」
頭が真っ白になり自分でも何を言っているのかさっぱり分からない。父が恐ろしくてならない。だけどとにかく、エルシーとの約束だけは守らなくては……。この真実の愛を、命をかけて貫かなくては……!
「そうか。もうよい、分かった」
(…………っ!)
分かってくださったのか。父に僕の真剣な思いが伝わった……!
そう思って顔を上げると、
「っ!!」
こめかみにくっきりと青筋を立て、燃え盛る炎のような怒りを瞳に宿した父が、僕を睨みつけていた。
「お前がヘイディ公爵家を切り捨てその男爵家の娘を新たな婚約者としたこと、それによってこれから起こることの全てをしかと見届けるがいい。全てはお前の責任だ。よいな?」
「……は……はい」
だが……よかった。身体的な拷問の罰を受けたり、無理矢理エルシーとの仲を引き裂かれたりはしないようだ。父は僕らに猶予をくれたのだろう。
(とにもかくにも、切り抜けた……。問題はここからだ。エルシーをメレディアと同レベルの淑女に育て上げる。そのために全力を注いでもらわねば。教師陣にも、エルシー本人にも)
さっき父も言っていた通り。何が起こるか。そう、何はともあれ結果が全てだ。僕とエルシーが王太子とその婚約者として文句のつけようのない結果を残せば、こんな騒ぎも笑い話になる。メレディアにはたしかに申し訳ないが……、それも自業自得だ。
この時の僕は、あまりにも楽観的だった。
真実の愛が全てに打ち勝つと、そんな甘い夢を見ていたのだ。待ち受けていた現実は地獄でしかなかったのに。
手始めに、僕は一方的な婚約解消の償いとしてヘイディ公爵家に莫大な慰謝料を支払うはめになった。そして僕の浮気相手と見なされたエルシーの実家、グリーヴ男爵家にもその請求は行った。だがエルシーの父親であるグリーヴ男爵は何だかんだと理由をつけて、ほとんどの請求額をこの僕に負担して欲しいと願い出てきたのだ。父に対して、メレディア自身に非があるからこういう結果になったのだ、とは、もうこれ以上抗議できなかった。父のあの恐ろしい形相を思い出すだけで足が震える。
結果として、僕は王太子個人として充てがわれていた資産のほぼ全てを失うこととなった。これではエルシーが嫁いできたとしても、何も贅沢はさせてやれないだろう。エルシーはこれまでとは桁の違うきらびやかな毎日の生活を楽しみにしていたというのに…。金を使えない王太子など、あまりにも心もとない。
(……失敗だっただろうか)
つい先日まで、真実の愛を……!などと言っていたくせに、すぐさまそんな考えが頭に浮かんだ。決定した慰謝料の額が想像以上に大きかったことで、尚更不安が増す。
だが今さら引き返せない。僕は大勢が見ている前でメレディアを切り捨てたのだ。王族であるこの僕が口に出した言葉をやすやすと撤回することなどできない。そもそも、父が見ているんだ。今後の僕の行動を……。
(……何を考えているんだ、僕は。エルシーのことだけ考えろ。彼女と二人でこれから全てを乗り越えるんだ。エルシーだって言っていたじゃないか。愛は全てに打ち勝つと)
情けなく揺れ動く心を諌めるように、僕は首をブンブンと振りながら自分に言い聞かせた。
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