7 夏川俊「萌黄色の五線譜」

全二十三話(うち一話はエッセイ) 完結済  114,889文字


公開 2018/01/01


現代ドラマ 


長編



 主人公は母校に赴任してきた新任教師。かつて吹奏楽の世界で名をはせたその部は、しかし見る影もなく凋落している。楽器はガタガタ、楽譜もボロボロ。今や廃部寸前となっている部の状態を見て、副顧問となった主人公は――という、どん底からの再生物語。この手の話は、その「再生」の手腕にどれだけリアリティが感じられて、かつドラマ的に盛り上がるかがポイントですね。

 比較的よくある小説のパターンだと、ここでコンクールでの上位入賞を狙って、熱血スポ根風の日々が始まるもんです。それで面白い話にしている小説も、カクヨムには多数存在します。が……なんと、この作品ではコンクール参加という鉄板テンプレを惜しげもなく投げ捨ててるんですね〜。主人公のセリフが奮ってます。いわく、「コンクールなんかよりも、もっと面白い思い出を作ろう!」。

 念のため書くと、作者も主人公もコンクールの意義そのものを否定しているわけではありません。そもそも主人公の過去はコンクール強豪校としての思い出に彩られています。ですが、彼女は現実的な視点で考えた結果、「人数も実力も伴わない弱小部には、弱小部の楽しみ方がある」と無謀なコンクール参加を諌めているのです。

 このあたり、作者の夏川さんは長らく吹奏楽に関わってこられた方なんで、ストーリー中の主人公の主張にも説得力があります。確かにアンチコンクールを持ち出して話を作ること自体は、まあ私などでも思いつきはしますが、では具体的にどんな部活動の描写を入れていくのか、というところで詰まってしまいます。百パーセント想像と憶測になってしまいますからね。

 本作はその点でも、かなりの部分が経験に裏打ちされたエピソードで構成されていますので、色んな意味で「おお、なるほど」と思わせる文章にいくつも出会います。第十五話で予告なしにふらっと作者目線のエッセイ文が挿入される辺り、本作はエンタメ小説と同じぐらい、吹奏楽指導指南書的な実用的な意味合いや、意見表明の要素が含まれている作品だと言えるかも知れません(というか、ご本人がそれに近いことをおっしゃってます)。

 とはいえ、クライマックスに向けてのドラマの熱気は生半可なものではなく、エモさを高めるエピソードの盛り方が熟練の味と申しますか w、やっぱり7,80年代の熱血系のアニメやらドラマやらをリアルタイムで経験した人は違う――というのは、まあ同じ世代の身贔屓っぽい言い方になるかも知れませんけれども。

 コンクールというわかりやすい舞台での栄光とはまた違った部活小説の可能性を、説得力あふれる筆致で語りきった骨太の一作。コンクール主義では得られない、実りある音楽活動に夢中になっている登場キャラたちの輝きが、読む者にはひたすらにまぶしいです。


→ 「萌黄色の五線譜」https://kakuyomu.jp/works/1177354054884810766


 せっかくですので、番外っぽい情報も少し。

 本作のかなりの部分が、作者の実体験から……とは前述しましたが、小説の序盤部分の元となった体験記が、ご本人のエッセイ「青空のふもと」の第78話と79話で紹介されています。


→ 「青空のふもと」https://kakuyomu.jp/works/16816452219465094744


 これは、小説を先に読んでからの方がいいのかな? 元ネタと小説、実質同じ話なんですが、それにしてもすごいエピソードです。ドキュメンタリーとして読んでもかなりの傑作。吹部経験のある方なら、「うっそ〜〜っ」と目を丸くすること必至でしょう w。ぜひご覧あれ。

 さらにさらに、びっくりなお話も。実はこの作家さん、以前マンガをお描きになっていたことがあって、そもそもの本作のベースは若かりし頃に描き上げた三十一ページの読み切り作品だったとか。

 で、何とその一ページ分が、近況ノートにアップされています(すごくうまい)!

 本作のコメント欄をチェックしてもらえば、いつの日付の記事かも確認できます。まあ楽しみ方としては邪道っぽいかも知れませんけれど、制作の裏話的な情報がかなり豊潤で、合わせ読むことで小説の中身の説得力も増してくるような、そんな気がしました。

 色んな意味で、「ただの小説では収まらない」一作ですね。

 



ポイント分析

  管楽器練習や楽器リペアの小ネタが実用書水準 ***

  作家ご本人の経歴が、実は色々とすごい ****

  コメディ要素 **

  手作り演奏会開催のためのノウハウも ****

  キャラ造形とか会話の口調などは、ややオールドスタイルかも ***

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る