破れない理と“かれら”の在り方

 柔らかな光の中から現れた少女は、小さな身体を回転させ、辺りをゆっくりと眺めた。

 この場にはシェリアと少年と銀白色の妖精ふたりがいるが、まるで、少女以外の時間が止まったかのように誰も動かない。


 少女はこてんと首を傾げ、うーんと考え込むようにしたあとに、

「ここはお昼寝にはむかなそう……」

 と、不満げに呟いた。


 どうやら、少女は、この場は昼寝に適していないと判断したらしい。


 それも、当然だろう。星明かりがこれでもかというほどに輝いているだけでも眠るには眩しすぎるのに、おまけに人間と妖精が複数いるのだ。

 騒々しいと言っていいかもしれない。


 しかもシェリアと少年と銀白色のふたりだけではなく、こっそりと、樹木の影や繁みから隠れて見ている妖精たちもいて、この場自体がいつの間にか小さな集まりになっている。


 だが少女は、自分以外動かない状況であることも隠れている妖精たちのことも気にも留めない様子だ。

 再び辺りをぐるりと見渡し、シェリアの存在に気付くと、嬉しそうに近寄ってきた。


「呼んでくれて、ありがとう。帰ったら、ぴくにっくとお昼寝つきあってね」

 

 突如呼び出されたというのに怒る気配の微塵もない少女は、ピクニックだけでなくお昼寝の約束まで取り付ける。


 シェリアに呼ばれることを想定していたのだろうか。

『なにかあったら呼んでね』と言っていたのは、この事態が起こることを見越していたのかもしれない。


 動じることもなくあまりにも平然としているので、反対にシェリアの方が戸惑ってしまっている。


「───“道”に属するやつが、なんの用だ」


 ふいに低い声が響いて、シェリアは反射的にびくりとした。


 瑠璃色の少女が突然現れたことに、驚愕のあまり固まっていた銀白色の妖精たちは、いつの間にか正気を取り戻していたようだ。


 聞こえてきた声に振り向けば、ふたりともお怒りのようである。

 どうやら少女が場に乱入してきたことが気に入らないようだ。

 

「わたしたち道の妖精は、遊んだ相手にんげんを送り届けるまでおわれない。だから迎えにきたの。───ことわりに属する妖精なら、知っているはず」


 少女の纏う空気が、がらっと変わる。

 それは、“ひとならざるもの”のもの。


 シェリアは、思わず裏返しに着ている雨避けのコートの裾をぎゅっと掴んだ。


「そんなのは、きべん・・・だ。そいつは、宴のまえに来た。あやしすぎる」

「ぶがいしゃは、帰ることをおすすめ」


「もしも、このまま帰ったら、わたしは理にはん・・したとして、消えることになる。その場合、理に属するあなたたちも消えるかもしれない」


 ───“理に反せば、妖精は消える”


 少女の発言に、シェリアはぎょっとした。

 

 シェリアが読んだ書物にそのような記述はなかったが、過去のシーリティ伯爵家の当主はその事実を知らなかったのだろうか。

 それとも、記録には残さなかったのだろうか。


 もしも書物に残したとしても、それが心ない人間の手に渡ってしまったなら、妖精かれらの生存が脅かされる事態になってしまったかもしれない。


 この事実を知ってしまって、果たして本当に無事に帰れるのだろうか。間違いなく、人間が知っていいことではないはずだ。



「…………べつに、一度くらいなら消えたりしない」


 銀白色の髪を持つふたりのうちの片方が、呟くように言った。

 その声は、先ほどよりも少しばかり勢いが弱い。

 理に反するのは、やはり良心が咎めるのだろうか。


 道に属する瑠璃色の髪を持つ少女いわく、ふたりは理に属するらしい。

 理というのは、道理や条理。

 辿る道が正しいのかどうか。


 理に属しながら、多少ならば問題ないと私情を挟みねじ曲げようとするのか。

 瑠璃色の少女は、そう指摘する。


「あなたたちは女王さまの親衛隊側近なのに……」


 弱いところを突かれたのか、銀白色のふたりは項垂うなだれる。


「女王さま…………」


 ぽつりと呟いた銀白色のふたりは、シェリアと少年に視線を移してきたが、その瞳からはもう排除の色は見えない。


 ───『女王さま』


 妖精かれらの女王さまとは、どのようなひとなのだろう。

 名前ひとつで、状況を変えてしまう存在。


 ふと、なにか引っ掛かりを覚えたがそれがなにかは分からず、シェリアは首を傾げた。

 そして、同時にあることを思い出した。


 確か、銀白色の妖精はもうひとりいたはずだ。

 まだ戻ってきてはいないようだが、どこに言ったのだろう。

 シェリアの“おまじない”の匂いに気づいた、あの妖精。


 このまま、戻ってこないのか。それとも───


「ことしの宴は、まえだおし?!」

「楽しい楽しいおまつりの時間!」


 突然、遥か上空から楽しげな聞こえてきて、どこからかやってきた花びらが舞う。


 樹木には、先ほどまではなかったたくさんの果実たちが、星明かりに照されて艶やかに光る。

 見覚えのあるものもあれば、シェリアが初めて目にするものもあった。


 いつの間にか設置された大きなきのこのテーブルに、妖精たちは樹木からもぎとった果実を並べていく。


 どこからか取り出したチーズやパン、バターケーキの欠片やクッキー。

 食器の形や大きさは様々で、小さな身体に合わせた小さなお皿もあれば、木の葉をお皿替わりにしていたり、どうみても人間用のものもある。


 瓶やカップには、ミルクやジュース、スープらしきもの。


 これらは人間からの供物か。

 それともこっそり拝借してきたのか。

 

 小さな石を椅子に見立てて、パーティー会場の準備は続く。


 いそいそと動き回る者もいれば、木の葉で出来た即席ベッドに寝転がる者もいる。


 突然の上空にいる妖精のアナウンスと共に始まったパーティーの準備。

 夏至祭にはまだ早いはずだが、妖精という生き物はわりと大雑把なところがあり、祭りの期間がのびるのはよくあることらしい。


 集まったついでに宴の準備を始めてしまったのだろう、と隣に立つ少年が教えてくれた。


 妖精かれらの宴の準備など、人間には滅多にお目にかかれるものではない。

 シェリアは、思わず目が釘付けになってしまった。

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いなくなった弟が帰ってきた 梅崎あめの @umesaki

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