第115話 複雑な心境

 さて、ニールをぶっ飛ばしてやった事だし、これで少しはおとなしくなるだろう。

 ……そう思っていた時期もありました。


(また居る)


 放課後の訓練場、俺はブレアたちとの打ち合いが習慣化していたのだが、そこにニールの奴が顔を出してきたのだ。

 しかも、俺が気が付いて視線を向けると顔を引っ込めやがる。何なんだよ、あいつ……。

 俺の態度に気が付いたブレアが、大きなため息を吐いていた。


「また来てますのね。負けたからってこそこそしているなんてみっともないですわ」


 ブレアは怒っているようである。

 まあ、あんな風にこそこそ影から覗かれたら、俺だって非常に気分が悪いってものだ。元々が男とはいっても、ニールのあの行動はまったく理解できなかった。


「まぁ可愛いものではないですか」


 セリスは気にしていない様子だ。


「弟を思い出す。よくあたしの訓練を見ているんだけど、視線を向けたら逃げるんだ」


 ソニアの方からはちょっと意外な話が出てきた。


「あら、ソニアさんったら弟さんがいらしたのですね」


「ええ、あたしの2つ下。来年は騎士学園に入るんだって意気込んでいるらしいわ。この間寄越してくれた手紙に書いてあった」


 ソニアの弟の話が出て、どことなく空気が一時的に和む。俺もブレアも兄弟が居ないものだから、とても気になるというものだった。


「へえ、どんな感じの方なんですかね」


「気になりますわね」


「二人がそんなに興味を示すとは思わなかった」


「わたくしたち、兄弟姉妹がいませんのよ。ですから、弟いうものがどんなものか知りたいだけですわ」


「そ、そうなのね……」


 ブレアの勢いに押されてしまうソニアだった。

 仕方ないなという感じで咳払いをしたソニアは、簡単ではあるものの、自分の弟の話をしておいた。そうしたら、全員がそれなりに興味を持ってしまったようである。


「知り合いの身内が入ってくるというのは気になるな」


「そうですね。その時は私たちが面倒見ましょうか?」


「それは助かる。弟、あたしくらいしかまともに接してこないから、構ってくれると嬉しいわね」


 みんなからの反応に困惑しながらも、ソニアは嬉しそうに返していた。


「さてさて、だったら弟さんと驚かせるべく、もっと鍛えましょうか」


 にこーっと笑顔を見せて、俺はソニアに話し掛ける。すると、ソニアは青ざめた表情を俺に向けている。失礼な。

 そんなわけで、俺たちは打ち合いを再開させていた。


 ―――


 その頃、慌てて訓練場から姿を消したニールはものすごく複雑な顔をして寮へと戻ってきていた。

 戻るや否や、ベッドに倒れ込むニールである。


(くそっ、なんだっていうんだこの気持ち……。あいつを、アリス・フェイダンを見るとすごく落ち着かなくなる)


 よく分からない気持ちを抱えて、ニールは落ち着かない気持ちで天井を見上げている。しかし、やはり落ち着かないので今度は転がり始めていた。


(女に負けたというだけで屈辱だというのに、さらにこんな辱めに遭うとは……。くそう、アリス・フェイダン、許せん!)


 落ち着かなくて仕方のないニールは、今度はベッドから飛び降りていた。


「うおおおおおっ!!」


 今度は走り始めるニール。そして、そのまま寮から飛び出すと、学園の中をひたすら走り始めた。

 もうその姿はがむしゃらで、ぶっちゃけ何も考えていない無茶苦茶な走り方だった。


(アリス・フェイダン。それとブレア・クロウラーもだ。お前ら二人にはいつか絶対に勝ってやる!!)


 走り回りながら、ニールは強く誓ったのだった。


 ―――


 あれから10日経った日のこと、ニールに思いがけないやり返しの機会がやって来た。

 再び俺たち2年生と新入生が合同で実技の講義を行う事になったのである。どうやら、ある程度定期的にこういう交流の日を設けているらしい。

 確かに、いつも同じ相手では飽きてくるし、変わり映えがしなくて単調になりがちだもんな。こういうのはお互いにとっていい刺激となるはずだ。

 ニールは当然のように俺の方へとやって来る。

 俺は絶対宣戦布告してくると思って身構えたものだが、この時のニールは俺ではなくブレアに対して詰め寄っていた。


「ブレア・クロウラー、先日の続きをしたい。手合わせを願おうか」


 訓練場の中は騒めている。

 とはいえ、このニールの選択肢はそもそも狭いからな。自分より明らかに弱い相手にしたがらない感じだからだ。となると、少なくとも同程度の相手となると、俺かブレアの二人に自然と絞られてしまう。

 そこで、一度決着のついた俺よりも、教官に止められて引き分けになったブレアを今日の相手に選んだというところだろう。

 周りのどよめきが収まらない中、指名されて驚いていたブレア。だが、すぐに表情を引き締めてニールを睨み返す。


「今度はわたくしにいいようにあしらわれに来ましたの? いい心掛けですわ。傍流の中で一番優れたのは誰か、教えてさし上げますわ」


 俺は思わず顔を覆う。なんでそんな挑発的な事を言うのだろうか。

 訓練場の中が一気に険悪な雰囲気に包まれる。これにはさすがにフリードとジークも止めようがない感じだった。


「勝手な真似は……と言いたいところだが、その分だと止めても無駄ですね。もういい、勝手にしなさい」


 フリードも投げた。

 そんなわけで、ブレアとニールの第二回戦が早くも実現してしまったのだった。

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