第97話 こんな姿見た事ない

 数日後、学園にドラゴニルがやって来た。

 学生たちは卒業まで学園から出る事はできないが、家族の方は例外だ。手順を踏めばこうやって会う事ができる。だが、ドラゴニルが手順を踏んでるとは思えないがな。大方、威圧して無理やり学園に入ってきたんだろう。

 ドラゴニルは俺たち前線型の実技の授業を眺めている。この日は久々に模擬戦という事もあり、学生たちが1対1になって剣を交えていた。


「ふむ、模擬戦か、懐かしい」


 俺はそう呟くドラゴニルの気配に気が付いて、つい顔をドラゴニルの方に向けてしまう。


「よそ見とは余裕だな、アリス!」


 俺の相手をしているソニアが襲い掛かってくる。だが、その程度の攻撃、俺に当たると思ってるのか?

 当然のように俺は余裕を持ってソニアの攻撃を躱す。そして、隙だらけになったソニアに軽く一撃を当てた。


「くそーっ! 今日こそ一撃を当てられたと思ったのに!」


 ソニアは悔しそうにその場にへたり込んで騒いでいた。

 攻撃の際にあれだけ大きな声を出したら、誰だって気付くものだ。騎士は正々堂々を好むっていっても、それは時と場合によるだろうぜ。無駄に騎士っぽさを残したがゆえにソニアの負けである。


「ふふっ、私に攻撃を当てようと思いましたら、もう少し思いきりをつけませんとね。止まって見えてしまいますよ」


「くそっ、本当にアリスは同い年なのか?!」


「うふふ」


 睨むように話し掛けてくるものだから、俺は笑ってごまかしておいた。

 俺はそうしながらもドラゴニルの方を見ていたのだが、ドラゴニルは俺たちの姿を見た満足したのか、そのまま訓練場から出て行ってしまった。


(なんだ? 何しに来たんだよ、ドラゴニルの奴……)


 俺は首を傾げながらも、訓練を再開したのだった。


 ―――


「コーレイン侯爵、居るか?」


「なんだね、ドラゴニル公爵」


 ドラゴニルは学園長室へとやって来ていた。


「ふむ、元気そうでなによりだな。それよりも、今は暇か?」


「まぁ暇といえば暇だが、何か用かな?」


 ドラゴニルの問い掛けに、顎髭を触りながら答える学園長。


「そうか。ならちょっと我の話に付き合ってくれ」


 ドラゴニルはこう言いながら、部屋の中の椅子に腰かけた。


「その態度、どう言おうと居座る気だな。まあいい、聞かせてもらおうか」


 学園長も応接用の机の前へやって来て、ドラゴニルと向かい合うように椅子に座った。


「野外実習で起きた事件に宝珠が使われたという話に関してだ。クロウラー伯爵の協力である程度容疑者は絞られた」


「ほう、それはどういう事だ?」


 ドラゴニルが報告した内容に、学園長が疑問を投げかける。だが、これはドラゴニルにも想定内の話。特に取り乱す事もなく淡々と対応している。


「容疑者が絞られたという事の最大の理由は宝珠が使われた事だ。コーレイン侯爵も知っておるだろう? 宝珠というのはドラゴンにしか生み出せない事を」


「うむ、それは確かにその通りだが、それで容疑者を絞り込めたというには早計ではないのか?」


 学園長はドラゴニルに対して疑問を呈していた。納得のいく話ではあるが、もう少し根拠が欲しいという事だろう。


「それはコーレイン侯爵がドラゴンを知らぬから言える事だ。宝珠の力というものはドラゴンが解放せねば、普通の人間に使う事はできぬ。学園の魔法玉が魔力の測定を行えるのは、その解放を行っているからなのだぞ」


 ドラゴニルは力説するものの、いまいち学園長は理解できていないようである。

 学園長にすら理解ができぬとは……。そう思って顔を曇らせるドラゴニル。

 とはいえ、人間が知らないのも無理はない。そのくらいにドラゴンに関する知識は隠匿されてきたのだから。ドラゴンの能力について知っているのは、直系とその傍流以外だと王族とその近辺のわずかな人間だけなのだ。

 学園長が知っているのは、ドラゴニルとの付き合いの中での偶然の出来事によるものである。


「一応、王家の方にもその事は伝えているのだがな。いかんせん人間どもはどいつもこいつも理解力がなさすぎる。コーレイン侯爵が頼りだといっても過言ではないくらいだ。とりあえず、我とクロウラー伯爵で絞り込んだ一覧だけでも見てくれ」


 ドラゴニルは真面目な顔で1枚の紙切れを取り出して学園長の前に置いた。


「ここに我がフェイダン一族から分岐した連中の家系の名前が載っている。もちろん、我とクロウラーの名前も載っている。この中の誰かが今回の……、いや我やアリスを狙った事件を企てたと考えられる」


 ドラゴニルの発言に、学園長は驚いた表情を見せている。


「なんと……。ドラゴニル公爵だけではなく、アリス嬢にまで危害を加えようとしていたのか」


「うむ。我が領で魔物が大量に発生した際、アリスだけのところを狙われた事があった。それゆえに、我が一族、ドラゴンの力の正式な継承者を狙った下剋上のようなものが動機だと思われるのだ。となれば、宝珠の力を使おうとした事も頷けるというものなのだ」


「なるほどな……」


 ドラゴニルの言い分に、学園長も納得したようだった。


「本来ならば身内の事なので、我だけで済ませたいところだ。だが、なにぶんこの通り家系図が広がってしまったのでな、他人の助力に頼らざるを得ないのだ。差し出がましいのは分かっているが、コーレイン侯爵家の力も貸して頂きたい」


 学園長に対して頭を下げるドラゴニル。

 さすがにこれは衝撃が大きすぎる光景だった。あのドラゴニルが頭を下げたのだから。さすがの学園長も、これには言葉を失ってしまっていた。


「わ、分かった。おぬしがそこまで言うのであれば、微力ながらも我が家も人を出そう」


「恩に着る」


 こうして、ドラゴニルの予想外な行動によって、調査団の規模がまた大きくなったのであった。

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