第94話 ドラゴニル、動く

 俺たちが授業に打ち込んでいる頃、ドラゴニルも王都でいろいろと動いていた。

 最大の目的は、夏の野外実習で俺が破壊した宝珠の分析だ。

 現時点で判明している宝珠についての内容は、フェイダン公爵家に何かしらの因縁のある者によって仕掛けられたという事と、スライムを発生させるための魔法が宝珠に組み込まれていた事だった。

 宝珠というものはドラゴンの力を分けた宝石の事なので、無限にスライムが発生する魔法というのはいかんせん不自然すぎる魔法だった。

 スライムは物理が効きにくいだけであって、強さとしてはそれほどでもない。物理が効かない上に分裂で増えまくるから、少々厄介なだけなのである。魔法さえあれば楽勝なのだから。

 これらの情報から、この宝珠を作ったのは大した力を持たない弱小なドラゴンだと推測される。強いドラゴンであるなら、こんな小細工をする必要はないのである。

 しかしだ。そんな弱小ドラゴンが作ったであろう宝珠ですら、普通の人間たちにとっては手に負えない代物なのである。宝珠の分析を行おうとした魔法使いの魔法をすべて弾いてしまうくらいなのだ。より強力なドラゴンであるドラゴニルが関わったからこそ、ようやく落ち着いて分析が行えているのである。本当に厄介極まりない代物だ。

 ドラゴニルは独自の視点でこの事件を追い始めたのだ。宝珠が関わっている以上、人間たちにはこの事件は手に負えないだろうという判断からだ。

 正直、領地の事は家令であるドレイクに任せてもどうにかなると考えているドラゴニルなのだ。実際、領地の切り盛りをしているのはドレイクであり、ドラゴニルはただの抑止力でしかないのである。ダメじゃねえか、この脳筋。

 領地へひとっ飛びしたドラゴニルは、屋敷にある書庫へと向かう。そこで家系図を探すためだ。

 宝珠が関わっているという事は、ドラゴンが関わっている。容疑者はフェイダンの血筋の中に居ると睨んだのだ。

 それというのも、ドラゴンは縄張り意識が強いとはいえ、人間に対して敵意を持つ事は少ない。ドラゴンにとって人間は矮小な存在なので、いつでも潰せる相手だからだ。

 となれば、人間との混血が進んだフェイダンの一族が一番怪しいというわけである。


(まったく面倒な事をしてくれたものだな。まさか、面倒を起こす奴が出てくるとはな……)


 ドラゴニルとしては、信じられない気持ちでいっぱいである。

 誇り高きドラゴンの血を引き継ぎし者なら、そんな面倒な手は使わないはずなのだ。これも人間との混血が進んでいった結果だろう。ドラゴンとしての能力の退化である。

 ドラゴンの血を継ぎながらも能力を持たなくなっていった事で、このような手の込んだ方法を取ったのだと思われる。

 ドラゴニルは書庫に引きこもって、必死に家系図を探す。

 だが、いかんせんまともな整理を行ってこなかったツケがここで出てしまい、結局家系図を見つける事はできなかった。


(うーむ、さすがは細かい事を気にしない我が一族だな。こういう時にはまったく役に立たん)


 今さらながらにドラゴニルは頭を抱えていた。


「よし、こうなればクロウラーを頼るか」


 勢いよく書庫を飛び出すと、ドラゴニルはクロウラー伯爵領を目指した。


 普段のドラゴニルなら、ここまでする事はないだろう。自分の伴侶と決めた俺が絡んでいるからこそ、ここまで必死になるというわけである。

 しかし、実は必死になる理由がもう一つあった。

 それは逆行前の失敗だ。

 ドラゴニルは女性だった頃にも細かい事を気にしなさすぎて、爵位を失うという事態に陥っていた。その時の事が頭の片隅にこびりついているのだ。

 それがゆえに自分に向いた刃先を無視できないというわけである。


「クロウラー伯爵、居るか?!」


 クロウラー伯爵家に到着するなり、ドラゴニルは声を荒げて屋敷に乗り込んでいく。


「これはドラゴニル様、いかがなさいましたか?」


 声に驚いたクロウラー伯爵がドラゴニルの前に姿を現した。


「家系図を見せにもらいに来た。我やアリスを狙った輩が、我が一族に居る可能性がある」


「な、なんですと?! そ、それは大変だ。すぐにご用意致します」


 ドラゴニルが凄みながら言うものだから、クロウラー伯爵は慌てて家系図を探しに行った。

 ここにドラゴニルがやって来た理由は、クロウラー伯爵家が一番信用できる傍流の家系だからだ。そうでなければ、クロウラー伯爵の娘であるブレアが遊びに来るのを受け入れたりはしないのである。

 クロウラー伯爵が家系図を探しに行っている間、ドラゴニルは使用人によって伯爵の執務室へと移動していた。


(まったく、宝珠などというものを使うから、じっとしておれなくなったではないか。我とアリスの平穏を崩そうとする輩め、必ずや恐怖のどん底に叩き落として後悔させてやるからな……)


 クロウラー伯爵を待つドラゴニルは、そんな怖い事を考えながら椅子に座って待ち続けた。

 しばらくすると、ようやく家系図を持ってクロウラー伯爵が部屋へとやって来た。そして、二人揃って家系図を眺めて犯人探しを始めたのであった。

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