第82話 牙を向け合う者たち
アリスたちが野外合宿を終えた頃、ドラゴニルは領地に戻っていた。ドラゴンの姿になれば王都から領地なんて一瞬で移動できてしまうからだ。
「お帰りなさいませ、ドラゴニル様」
「ドレイクか。頼んでおいた事の進捗はどうだ?」
ドラゴニルは外套を脱ぎながら、家令であるドレイクに報告を催促している。
ドレイクはドラゴニルの要求に対して、報告書の束を取り出していた。ドラゴニルはそれを受け取ると、1枚1枚じっくりと目を通していく。その表情は真剣そのものだ。こういうドラゴニルの表情はなかなか見られたものではない。
じっくりと読み終えたドラゴニルは、背もたれに思いっきり背中を預けていた。読み終わって疲れたようである。
「どこまで事実だ?」
「全部でございます」
ドレイクの回答に、ドラゴニルは表情を歪ませる。
「そうか。思ったよりも我に対する評判はよろしくないようだな」
ドラゴニルは大きくため息を吐いている。
報告書の中には、フェイダン公爵家に対する悪評のようなものがたくさん書かれていたのだ。どこから集めてきたのかは知らないが、さすがにこれにはドラゴニルも頭を悩ませてしまう。
(我が女だった時に比べても、明らかに多いではないか。我は公爵ぞ?)
報告書を再び眺めながら、愚痴を頭の中で漏らすドラゴニルである。なにせ、巻き戻り前の事は誰にも話せるものではないのだから。
それはさておき、本当に自分に対する敵の多さに驚くドラゴニルである。
(うーむ、報告書の内容がすべて真実であるのなら、我への恨みをアリスたちに向けたという事か? ……小癪な真似をしてくれるものだ)
ドラゴニルは、そのように考える。
アリスやブレアが騎士の養成学園に入っており、現在は半年に一度の野外実習中である事は、それなり知られている事である。
なにせこの騎士の養成学園は国家の一大事事業であるがために、国内の貴族にはあまねく知らされている事だからだ。なので、その気になればどこの誰が学園に在籍しているかなど、簡単に分かってしまうのだ。
その事に報告書の内容を合わせると、どいつもこいつも怪しく思えてしまう。ドラゴニルは顎を抱えて唸っていた。
「ドレイク」
「何でございましょうか、ドラゴニル様」
「我に対して敵対的な連中を徹底的に全部洗い出せ。アリスとブレアに対して牙を剥けた奴らに、相応の報いを受けさせようぞ」
「畏まりました。直ちに調査致します」
ドレイクは返事をすると部屋を出ていった。
そして、一人になったドラゴニルは、天井を見上げていた。
「アリスは我が伴侶にすべき者だ。ブレアも我と同じドラゴンの力を扱える希少な人物だ。どちらもフェイダン公爵家として失うわけにはいかぬ」
視線を落としたドラゴニルは椅子から立ち上がる。
「国の剣であり盾でもある我が公爵家に楯突く者どもめ。その刃を我らに向けた事、必ずや後悔させてやろうぞ」
ドラゴニルは鋭く険しい視線を王都の方へと向けたのだった。
―――
「なに! 失敗しただと?!」
「はっ、そのようでございます」
薄暗い部屋の中で、男の声が響き渡っていた。
報告を受けている人物の方は、失敗の報告を受けてかなり荒れているようだ。先程からガンガンと床や机などを蹴りつけている。
「くそっ、あの宝珠を用意するのに、どれだけ苦労したと思っているんだ!」
謎の男はギリギリと親指の爪を噛んでいる。計画が失敗した事が相当に悔しいようだった。
「単細胞な騎士どもにはうってつけの罠だったというのに、こうも簡単に失敗するとは……」
男は椅子に勢いよく座る。
「なんでも、アリス・フェイダンが湖に潜って宝珠を破壊したとか。見張っていた者が見ていたので間違いないかと」
「くそっ、またフェイダンか!」
今度は勢いよく机に拳を叩きつける。すると、机にひびが入って真っ二つになってしまった。どれだけの強い力で拳を叩きつけたのだろうか。
「あの小娘ごときも始末できぬとはな……。まったく忌々しい一族だな、フェイダン公爵家は」
「まったくでございますな」
男の言葉に頷く男。
すると、椅子に座る男はぎろりと報告に来ていた男を睨み付けた。
「そんな事を言っている暇があったら、さっさと次の計画を考えろ。なんとしてもフェイダン公爵家を潰すのだ」
「はっ、か、畏まりました」
男が怒鳴ると、報告に来た男はおずおずと部屋から出ていった。
部屋の中に残った男は、まっぷたつに割れた机を前にして苛立ちを隠せなかった。
「フェイダン公爵家め……。我が一族の目の上のたんこぶが……」
どうやら男の一族は、ドラゴニルたちフェイダン公爵家と大きな因縁があるようだ。だとしても、ここまで怒り狂うようでは、生半可な因縁ではないようである。
「覚悟しておけ、ドラゴニル。我々の代で、必ずやその因縁に決着をつけてやるからな! ふはははははっ!」
暗がりの中で、男の笑い声が響き渡る。
そして、ひと通り笑い終えた男は、使用人を呼んで壊れた机を運び出させ、新しい机を持ってこさせたのだった。
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