第61話 早朝の走り込み
翌日は朝が早かった。
実は騎士の養成学園の一日は早い。
本来の騎士の生活を模しているらしいかららしいが、さすがに13歳になったかどうかの子女には厳しいものがあると思う。
教師が寮を回って学生たちを片っ端から叩き起こしていて、まだ陽が顔を出すかという薄暗い中、ものすごい音が寮内に響き渡っていた。
「こら、いつまで眠っている! これより早朝の走り込みを行う。さっさと起きてくるんだ!」
いきなりこれか。
眠たい目を擦りながら学生たちが部屋から出てくる。
だが、俺たちの部屋だけは違っていた。寝ていたのは確かなのだが、起きてからの行動が違っていたのだ。
運動用の服装に着替えると、びしっと背筋を伸ばして廊下へ出ていく。その姿にはさすがの俺も驚いたものだ。こいつらの覚悟は本気だと。
「アリスさん、どうされましたの?」
「いえ、ちょっとみんなの本気に驚いただけですよ。ええ、大丈夫ですから」
部屋の入口で俺の方を振り返って心配そうにするブレアに、俺ははにかみながら答えていた。すると、ブレアはそうですかというような困惑顔を見せて、セリスとソニアの後を追いかけていった。
「それじゃ、私も行きますか」
ひとつ背伸びをした俺は、軽くその場で数回跳んでからブレアたちを追いかけた。
学園最初の授業が、まさか朝食前の走り込みだと知った学生は何人居ただろうか。おそらくは居ないはず。騎士の身内か知り合いでも居ない限り、頭の片隅にもなかっただろう。
実際、家で騎士団を抱えている俺もそこまで知らなかった。こんな事ならルイスに聞いておけばよかったか。訓練に集中してて、そこまで気が回らなかったのは、完全に俺の失態だな。
そんな事を思いながら、今俺たちは王都の外周を走っている。でけえんだよ、王都は。
学園のある位置からようやく王都を半分回った頃、もうかなり陽は昇ってきていた。王都の入口で立つ門番たちは、俺たちの走る姿を見て一体何を思っているんだろうな。
だが、かつての上官たちが先導している状況では、口が裂けてもそれを言葉にできない門番たちだった。
ようやく学園まで戻ってきたのだが、もうすっかり明るくなっていて、ついでに慣れない事をした学生たちはほとんどがその場で倒れ込んでいた。まあ、こんな運動した事ない奴ばかりだからなぁ……。俺は走り込み自体はしてたから問題ないんだがな。
「はあ、はあ……。いきなりハードですね。ですが、このくらいきつい方が燃えてきます」
そう話すのはセリスだった。さすがはレンブラント侯爵家という地位にありながら騎士を目指すだけの事はある。覚悟は本物のようだ。
「これが……騎士への道。この程度で、負けてなるものですか」
ソニアも負けていなかった。完全に息が上がっているものの、素早く呼吸を整えて強気な発言ができるのだから、これは期待ができるというものだ。
それに比べて、男子どもはなんなのだろうか。俺やブレアのように平気そうなのは二、三人といったところだし、セリスやソニアのように立ち直りが早いのも十人程度。残りの二十人ちょっとは地面に横たわっていた。
しかし、体力のない状態で王都の外周一周は確かに無茶が過ぎたので、これには同情せざるを得ない。
その状況で俺が教師たちに目を向けると、フリードと他の二人の教師が何やらひそひそと話し合っていた。よく見ると一人は女性じゃないか。俺たちが居るから気を遣って入れてくれたのだろうか。
「よし、全員体の汗を流したら食堂で朝食だ。その後、講堂に集まるように。時間の余裕は取らないから早くするようにな」
教師陣を代表してフリードがそう告げると、教師たちはさっさと姿を消してしまった。
残された俺たちはしばらく反応できないでいたが、さすがに遅れるわけにはいかないと動く事にしたのだった。
当然ながら、ほとんどの学生が食事がまともにできるわけがなく、パン粥で済ませる事態になってしまっていた。あれだけ体力を消耗するとまともな食事など取れなくなるものだ。
まともな食事を平らげたのは回復が早かった半数弱の学生たちだけである。
まったく、初日でこれだからな。これから先が不安になるってものだ。
だが、それと同時に、初日からこんな走り込みを課した理由が分からなかった。寝起きの上にあの距離を走らされれば、鍛えている人間であっても厳しいのは火を見るよりも明らかだろう。俺は何らかの意図があったと訝しんだ。
「また何か考えてますわね、アリスさん」
「ほへ?」
急にブレアが俺の顔を覗き込んできた。その姿に驚いた俺は、つい間抜けた声を出してしまった。
「いえ、初日からしていきなりこんな事をした意図を考えてました。普通に考えれば、全員が途中で脱落する事も想定できたはずです」
「確かに、王都の外周はかなりの距離ですものね。それを寝起きに走らせるなんて、普通では考えられませんわね」
「戦場を想定してとは考えられない?」
俺とブレアの話に、セリスが口を挟む。その言葉に、俺たちはつい黙り込んでしまった。
そうだ。ここは騎士の養成を目的とした学園なのだ。そうなると、実戦にいきなり投入される事だってありうる。まるで、俺が男だった頃のような……。
そう考えた瞬間、俺は急に身震いをする。
「アリスさん?!」
「だ、大丈夫。ちょっと小さい頃の事を思い出しただけだから」
ブレアの心配の声に俺は笑顔で返しておく。
これは、想定以上に厳しい学園生活になりそうだ。
セリスとソニアから冷たい視線を向けられながらも、俺たちは集合場所となる講堂へと向かったのだった。
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