第16話 大事件、襲来

「りょ、領主様が来られたぞ。み、みんなでお出迎えをするんだ!」


 慌ただしい村人の声に、俺たちも慌てて家を出ていく。

 村の広場へやって来ると、そこには領主とその連れ数名が立っており、周りには村人がほぼ総出で集まってきていた。当然ながら村人たちは大騒ぎだ。なにせ領主はここ最近までこの村にやって来た事がないらしいのに、ここ数日で実に2回目の来訪だからな。そりゃ大騒ぎになるもんだ。

 村人たちがなんだかんだと騒ぐ中、領主の連れの兵士が声を上げる。


「静粛に! これより領主であるドラゴニル・フェイダン公爵様よりお言葉があらせられる。静かにいたせ」


 この声に、村人たちは一斉に静まり返る。今までこの村を見に来た事のない領主に思うところはあるだろうが、今はみんな領主の言葉に注目しているのだ。

 村人たちの視線が集中する中、領主がひとつ咳払いをする。すると、みんながごくりと息を飲んだ。


「諸君は実に初めてだとは思うが、我がこの村を含めた領地を治める領主のドラゴニル・フェイダン公爵だ」


 実に力強い声に、村人たちが完全に押し黙る。声を上げようにも領主が放つオーラが強すぎて声が出ないのだ。なんて圧倒的強者の風格なんだ。


「ここに来た理由はひとつ。この村に我が伴侶にふさわしい人物を見つけたからだ」


 領主の爆弾発言に、村人たちが騒然となる。領主の妻となる事は、実に大出世だからだ。そりゃ騒がしくもなるってものだ。

 それにしても、そんな人物なんて居るのかね。ここは領主が今まで来た事のないような辺境の村だぞ。俺は他人事のように思いながら事の成り行きを眺めている。

 ところが、その余裕をこいていた俺は、すぐに身の毛もよだつ恐怖に襲われる事になる。

 領主の顔が俺の方に向いたのだ。

 気楽に構えていたはずの俺は、冷や汗が止まらなくなる。一体どういう事なのか教えてもらいたいぜ。


「ふむ、そこに居たか。我が運命の伴侶よ」


 やばい、領主が俺の方へと歩み寄ってきた。

 正直俺は逃げ出したいところだが、驚きのあまり体が固まってしまっていて動けない。俺が動揺している間に、領主は目の前までやってきてしまっていた。


(で、でけえ……)


 目の前に立った領主はものすごくでかかった。一度目の時の俺よりも明らかにでかそうだった。現在9歳の少女である俺からすると、その威圧感は言葉にならないくらいに凄まじいものである。


「娘、名をなんと申す」


 領主が俺に問い掛けてくる。あまりに突然の事に俺は言葉が出なかった。


「娘、早く答えぬか」


 領主の付き添いの兵士が怒鳴って急かしてくる。

 だが、領主の雰囲気に圧倒されている俺に、言葉を喋るような余裕などなかった。立っているだけで精一杯だ。


「りょ、領主様。この子は、俺たちの娘のアリスです」


 親父が助け舟を出す。すると、領主はその険しい表情を親父に向けていた。当然ながら親父は「ひっ」と声を出して怯んだ。


「ほう、この娘が話に聞いていたアリスか……」


 領主はそう呟くと、俺の事をまじまじと見ている。な、何なんだよ、一体……。

 そう思っていたら、突然領主の動きが止まる。


「よし、この娘を我が伴侶として、屋敷に連れて帰る。だが、国の法律では15歳未満の婚姻が認められていないからな、しばらくは我が娘として育てさせてもらうぞ」


(は、はあ?!)


 領主の突然の発言に、村人たちが騒然となる。それもそうだろう。村の一員である俺が、突然貴族、しかも公爵の伴侶として指名されたのだから。普通、平民が貴族の伴侶に据えられるなど考えられない事だ。あまりに前代未聞の事に、領主の兵士たちまで驚き戸惑っていた。


「それと、この村の付近には最近魔物が増えてきている。対魔物の重要拠点としてのテコ入れもすぐに行おう」


 領主はさらにとんでもない事を打ち明けたので、村の中は大混乱だ。

 領主が村にやって来ただけでもとんでもない事なのに、俺を伴侶にするだとか、村の近くに魔物が増えてるだとか、爆弾発言しまくりだろうが。


「よし、すぐに戻って対策を練る。我が伴侶の出身地だ。魔物ごときに潰させやするものか」


「は……はっ!」


 兵士たちも戸惑いを隠せておらず、返事が遅れていた。

 俺も完全に混乱しており、気が付いたら領主の前に乗せられて、そのまま馬で村から連れ去られてしまった。

 おいおい、どうすんだよ、この状況。どうやって収拾つけるつもりなんだ、この領主はよ……。


 そんなわけで、俺は領主の伴侶にされる事になったらしい。俺の頭じゃ状況についていけずにされるがままだったが、さてどうしたものかな。

 ちなみに村の方へは翌日兵士の一団が派遣されて、本格的に魔物への対応が始まった。

 突然目まぐるしく変化する俺と村の状況に、もう何が何だか分からない。正直言って、どうにでもなれという気分だった。

 これからの俺には領主邸での暮らしが始まるものの、貴族の生活なんてよく分からない。逃げ出したいものだが、屋敷は高い塀に囲まれているし、兵士たちがうろついている。しかも村への道が分からない。

 そういった状況なので、俺は仕方なく今の状況を受け入れるしかなかった。

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