第15話 さすがに落ち込むぜ

 結局、10日間は頑張ってみたものの、俺が声を掛けようとするとみんなが逃げる始末であり、俺にはまったく友だちができなかった。どうしてそんなに怖がるようにして逃げていくのか、俺にはまったくもって理解不能だった。


「なんでだよ……。なんでみんな逃げんだよ。俺が……、俺が何かしたってのか?」


 もうなんていうか泣きそうな顔をして、俺はしばらく立ち尽くしていた。本気でショックしかないんだが……。

 とぼとぼと歩く俺だったが、横目に見た大人たちの態度がおかしい事にふと気が付いた。

 子どもだけではなく、大人も俺の事を避けているのだ。そういえば、俺が単独で居る時に話し掛けてきた村人は誰も居なかったのだ。一体どういう事だというのか。

 そんなわけで、俺は絶賛ぼっちを体験中というわけだった。どうしてこんな事になっちまったんだよ、畜生……。

 気の落ち込んだ俺は、結局いつもの鍛錬をして家に戻ったのだった。


 ……


 その頃の領主邸。

 ドラゴニルは、アリスの様子を毎日のように報告させていたようだった。


「どうだ、アリスの様子に変わりはないか?」


「特に変わった様子はないようですが、村の子どもたちに声を掛けては逃げられているようです」


 報告を聞いたドラゴニルは、眉をぴくりと動かしている。どうやら気になる情報だったようだ。


「……それのどこが変わった様子がないだ?」


 ドラゴニルの言葉がかなり尖っていた。あまりにも重苦しい声に、報告に来ていた兵士が驚いて体を縮こませていた。どうやらこの報告は、ドラゴニルの気に障ってしまったようである。

 だが、次の瞬間、ドラゴニルは考え込んだ。


「おそらく、我が目に掛けているというのが変な風に伝わっているのかも知れないな。最近はあの辺りには魔物が増えている……。あまりのんびりはしていられないな」


 がたりとドラゴニルが椅子から立ち上がる。その行動に、報告にやって来た兵士が身構える。先程の報告が気に障ったとあって、ものすごく怯えているのだ。

 ところが、ドラゴニルから掛けられた声は予想外のものだった。


「明日、村へ向けて出発する。お前もついて来い」


「はっ、か、畏まりました!」


 なんと、アリスの住む村へとドラゴニルが直に足を運ぶと言うのだ。この発言には、さすがに報告を行っていた兵士も驚きを隠せなかった。

 ドラゴニルが報告を義務付けていたアリスという娘とは一体何者なのか。そんな疑問がふつふつと湧き上がってくるのであった。


(状況を考えるに、これ以上の猶予はないと見た方がいいな。さすがに今回は前のようにはいかぬぞ)


 村へ向かう事を決めたドラゴニルの中には、並々ならぬ決意があるようである。一体何が彼をそのような行動へと駆り立てているのか。それは誰にも分からない事だった。


 翌日の朝、ドラゴニルは宣言通りにアリスの住む村へと向けて出発をした。しかもその交通手段は馬車ではない。普通に馬に跨っての強行軍である。


「一刻も早く、我の手元に置かねばならぬな。待っておれ、アリスよ!」


 ドラゴニルは笑みを浮かべて、村へ向けて全力で馬を駆るのだった。


 ……


 その頃の俺は、全力で力尽きていた。

 いくら話し掛けたところで、村の子どもたちには全力で逃げられてしまっていたからだ。捕まえて話を聞こうとしても、暴れて手を振りほどかれる始末である。なんでそんなに嫌われてるんだよ、俺……。

 俺のこの状況を見かねたのか、その日の夕方、親父が自警団の仕事から戻ってきたところで俺に声を掛けてきた。


「アリス、悪いが話があるんだ」


「なあに、パパ」


「大事な話だ、すぐにこっちに来てくれ」


「分かった……」


 強い口調で親父が俺を呼ぶので、俺はとぼとぼと食堂へと移動していった。


 食堂に顔を出すと、そこには親父とお袋が真剣な表情で座っていた。ただならぬ空気を感じた俺だが、両親と向かい合うようにして椅子に座った。

 しばらくは重苦しい雰囲気が漂い、ただただ沈黙の時間が過ぎていく。やがて、親父が耐えかねたかのように俺に声を掛けてきた。


「実はな、アリスには黙っていた事があったんだ」


 親父の表情がなんとも辛そうである。そんな表情をするなんて、一体どんな話なのだろうか。俺は拳に力を入れて、それを黙って聞いている。


「アリスが村の子どもどころかみんなから避けられているような雰囲気があるのは、きっと4年前の領主様のご命令が原因だと思うのよ」


 お袋がなんかとんでもない事を言い始めた。俺に友だちができないのは、領主のせいなのだという。一体どういう事なのか。


「お前がウルフに襲われた事件があっただろう? その事を聞いた領主様がな、とある命令を出したんだ」


 なんと、あのウルフの1件が根底にあるのか。それは気になる、さっさと聞かせてくれ。俺はそう言わんばかりに親父とお袋の姿をじっと見つめた。

 俺のその視線を見た両親は、お互いに顔を向け合うとこくりと頷いていた。覚悟が決まったようである。


「アリスの事を傷付けてはならない、大事にしろという命令だったんだ」


「領主からそのように言われたから、みんな恐れ多くなっていたんだと思うわ。それでアリスの事を避けていたと思うの」


 何ともまあ、大事にしろいうのが行き過ぎて相手にしなくなったという事らしい。これにはさすがに俺もアホかと思った。

 ところが、両親の話で俺が呆れていると、村の中がかなり騒がしくなってきた。一体何あったというのだろうか。

 そう思っていると、血相を変えた村人が、俺の家に飛び込んできた。


「りょ、領主様が来られたぞ!」


 なんと、先日ぶりにこんな村に領主がやって来たのだった。

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