統合できない私の日々

深山 静

第1話

廃墟のビルに剥き出しの配管が朝靄をうねっている。

数羽の鳩がそれを拠り所として眠りから覚めたようだ。

風景は段々と細部に進む。

錆びついた非常階段の踊り場には汚れた残雪。

荒い息遣いと遠のく記憶。

どうやら、私はこの男に刺されて死んでいくんだな。

絶たれゆく意識の中、男の顔を目に焼き付けた。


「ねぇ、私いつもみる夢があるの。」

「へぇ、どんな?」

「怖い夢。」

私はそれ以上、話すことをやめた。私の前世ってきっと悪人だったのだと思う。

そうでなければ、あんな最悪な終焉を迎えるはずないもの。

子供の頃から比べると、夢の出番は減ったように思う。

私は傍らの名も知らぬ男の胸で再び微睡み始めた。

私はロングスリーパーらしい。眠り姫と揶揄される。

寝ている時間は幸せだ。

起こされる瞬間は不幸だ。

私を揺すりながら、男はカチカチとライターを鳴らす。

「起きろよ、もう出るぞ」

「煙たい。窓開けて。」

「ラブホに窓なんかあるわけねぇじゃん」

「嘘、そこ」私はカーテンを指した。

光が射し込む。部屋の澱みが一層増した気がした。

はめ殺しの窓だった。求めていた新鮮な風はやってこない。

「安全対策。」男が立ち上がる。「ふうーん」私は毛布を引き寄せた。


私の意識は現実と過去の記憶とDNAの中に刻まれた不可思議なものに支配されている。

危ういロープの上をふらふらと渡るような毎日だ。

様々な記憶、Sceneに縛られて生きている。ある時は幼子になり、ある時は別の性になり、

精神は時空を彷徨う。


外に出ると粉っぽい春の風が頬にあたった。

「腹減っただろ?」

男のひとって親切だと思う。彼女でもない私の腹具合まで気にしてくれる。

「うん。」特別おなかが空いていた訳じゃないけれどここは、ご好意に沿っておくのが懸命だ。

車に乗り込むと私はすぐに窓を開けた。

「何がいい?」

「なんでもいい。」

「なんでもいいが一番難しい。」

男はハンドルを切った。


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