底辺公女の復讐転生:殺された殺人鬼は悪女となり、周囲の人間たちを断罪します

山田菖蒲

第1話

どうしてこうなったのだろうか?


悪魔や魔女と罵ってくる民衆。彼らは、容赦なく、一人の少女に石や腐ったゴミを投げつけてくる。


腕には、魔法で作られた拘束具を付けられた。栄養失調の身体は思うように動かず、歩くこともままならなかった。しかし、武装した兵士に力強く腕を引っ張られ、地面に転げる。


そのたびに、民衆の怒号を浴びせられた。




「死ね! 悪魔が!」




「悪女! ゴミ女!」




少女の頭部に、ゴツンと大きな石が投げつけられた。さらに、複数の男たちが兵士の静止を振り切って、少女の身体を蹴りつけた。兵士たちの動きは、緩慢であった。そのまま殴られ、蹴られることを容認していた。


少女には、誰も味方がいなかった。


男たちの靴が腹部にあたり、激痛が走った。顔には殴られた痣や殴打による化膿があった。




「これでも喰らえ、クソ女!」


 


男の一人が少女の顔に生ごみを投げつけた。




「俺たちが飢えている間に、贅沢な暮らしをしてたそうだな!」




「私の息子は飢え死にしたわ! あんたのせいよ!」 




少女は立ち上がり、うすぼんやりとした視界で民衆を眺めた。そして、そのままゆっくりと歩き出した。


無反応である私に対して、民衆の怒りのボルテージは最高潮に達した。


私は、少女の背後で同じく魔法拘束具を付けられて、歩かされていた。


当然、私にも怒号が飛ぶ。




「お前らに勇者様を名乗る資格はない!」




「大臣閣下を殺したそうだぞ! 売国奴め!」




私にも石やゴミ、卵、木の板やガラス瓶が投げつけられる。


帝国のために、魔族や魔王と戦った勇者たちの待遇がこれか。


私と少女、その前後で今まさに処刑されようとしている人間たちは、勇士と呼ばれていた。異世界から召喚されてきた勇士たち。彼らは魔王や魔族と人類の最終戦争を、人類の救済のために先陣を切って戦う人々のことを意味する。


この世界にとっての異世界。私のもといた国は、アメリカのニューヨークであった。


私の前にいる少女は日本、私の後ろにいる女性はフランスに住んでいた。




「あの金髪の女は魔女だってな!」




「怪しい薬で、人を洗脳していたそうだぞ!」




フランス人の勇者であった女性エディットは、医者だった。国境なき医師団に所属し、紛争地域で子どもたちを救ってきた尊い女性だ。


エディットは、中東のテロ組織に拉致され、処刑された。その直前、彼女はこの世界にやってきた。


しかし、まともな医療知識を持たない宗教組織や皇室は、エディットを魔女と呼んだ。


処刑ショーは、一種のお祭り状態であった。露店が開かれ、私たちに投げつけるものを売ってる人間や、見物客が飽きないように食料品店を開く人間たちもいた。


私たちの処刑ショーは、まさしく狂気そのものであった。




「これが人のためにする人生の最後なら、何と愚かしいことだっただろうか」




エディットは、独り言をつぶやきながら、うつろな瞳で自らの人生を反芻しているようだった。


民衆の熱気と狂気、そして殺気にやられた彼女は、悔いのないはずの人生を初めて後悔したようだった。


彼女の尊厳や医者としての矜持は、野蛮な異世界文明に大いに踏みにじられたのだ。


彼女がいかに正確な知識を披歴したとしても、無知なこの世界の人間たちは理解するよりも先に嫌悪感をぶつけてきた。


そんな人間たちだった。


そんな人間たちを、私たちは必死になって救おうとしていたのだ。


いや、正確には、今まさに処刑されようとしている私たちこそ、彼らを救い、王座にふんぞり返っている「奴ら」こそ、彼らの命よりも己の欲望と利益を優先した勇者だった。


二十勇士と呼ばれた私たちは、魔王を撃ち滅ぼした。しかし、人類の救済を生きがいにしていた勇者は、貪欲な勇者たちに淘汰された。


何とも不公平だろうか。


しかし、悪しき欲望を持った連中は、権力と結びつき、私たちの悪評を拡散させた。それは、尾ひれはひれがつき、私たちはいつの間にか「帝国の敵」となっていた。


私たちは、命と心を燃やしたにもかかわらず、この世界は何も答えてはくれなかった。




「こんなことのために、私は生きてきたんじゃないのに……」




エディットは、涙を流しながら、怒号の中を進み続けた。


私は、王座を見上げた。


そこには、10人の勇者たちが私たちを見下ろしていた。その中心には、帝国の第一皇女に腕を組まれた日本人の青年がいた。


冷たい瞳で、私たちを見下ろしていた。


その青年を、私の前の少女は悲しそうに見上げていた。


日本人の高校生であったらしい、聖女のアリスは剣士の勇者であるカズマのことを好ましく思っていたらしい。


しかし、神聖教会の大司教が伝説の解釈を発表し、第一皇女こそが聖女であると断言した。その結果、聖女を護衛し、擁護していた勇者たちもまた伝説の勇者ではなく、魔王の召喚した悪しき存在であると宣言されたのだ。


彼女の手や足は綺麗であった。苦労をしたことがない手足であったが、それは良いことなのではなかっただろうか。


アリスは拷問も加えられ、衛生の悪い地下牢に監禁されていた。手はボロボロになり、足も、堅い石畳やゴミだらけの地面の上ではだしで歩かされているため、血だらけだった。


やがて、私たちは処刑場へとたどり着いた。


高すぎる階段を、一段一段上る。




「罪状を読み上げる!偽聖女アリス・アズミ! 魔女エディット・ミレー! 死霊使いサイモン・フリーマン! 黒魔術師エミリア・シャルヤネン! 精霊使いリュカ・カカレ! 名無しの殺人鬼! そして、戦死した重騎士カイン・バーバリアン! 女戦士サラ・フォーリナー! 侍テンカイ・ゼンドウジ! 以上の者たちは、魔王ハーデスと魔族たちの利益を享受し、帝国民に多大なる損害を与えた! 勇者を偽り、帝国の臣民を殺害した! 彼らは、ロンバルディア帝国法に基づいて裁かれるだろう!」




処刑リストを死刑執行人が読み上げた時、不意に笑ってしまった。


今は亡き、英雄たちにすら汚名を与えるとは、どれだけ用意周到なのだろうか。死人に口なしとはよく言ったものだ。


そして、私は最後の最後まで名前は与えられず、「名無しの殺人鬼」として処理されるのだろうか。


それだけが悔いとして残った。


メキシコのギャングに殺された両親。そして、赤ん坊であった私を誘拐して、育て上げたカルテル。私を拾ったロシア人のマフィア、日本のヤクザたち。彼らが私を家族だと言っても、名前は最後まで与えられなかった。私はどこまで言っても、「名前のない殺人鬼」なのだ。


アリスは、腰を抜かしてしまったのか処刑場で座り込んで動けなくなってしまった。




「その偽聖女を犯せ! 犯し殺せ!」




民衆の男たちがそう言った。


アリスは、その怒声にびくりと身体を震わせた。


私は、王座の壇上にいるカズマ青年に視線を送った。彼らは歪んだ笑顔をアリスに向けていた。そして、側近たちに何かを耳打ちする。


それを聞いていた勇者たちから笑い声が聞こえた。ただ一人、聖女に仕えていた聖騎士のイギリス人、セニオを除いて。全員が嗤っていた。


すると、側近の一人が処刑場まで小走りにやってきて、執行人たちに何かを伝達していた。


そして、死刑執行人の男たちが、アリスを取り囲んだ。そして、アリスの着ていた布切れを引きちぎり、全裸にした。


アリスの悲鳴が聞こえると、歓声がした。


そして、死刑執行人は抵抗しようとするアリスの手足を押さえて、そのうちの一人が怒張したそれをアリスの秘部にあてがった。


エディットがその光景を見て絶叫した。逃げようとしたため、兵士たちに取り押さえられる。


サイモンも、エミリアも、リュカも、怯えていた。


アリスは涙を流しながら、男たちと身体を重ねていた。


私はアリスと目が遭った。しかし、彼女は首を左右に振った。


助けるな、と。私に切実に願っていた。


これが、勇者の救った世界なのか。


あまり、私たちのいた世界と変わらないな。


このまま処刑するならおとなしくしようと思っていた。しかし、アリスの名誉をさらに傷つけるのならば話は変わってくる。


気が付くと、私は、魔族が押してくれた禁呪魔法を使って拘束具を外し、処刑人の一人の頭を吹き飛ばした。


強化魔法は、私が唯一得意とする魔法であった。勇者として、私の強化魔法には、常人の100倍の威力を発揮することができるらしい。


次に私は、右腕で、アリスを犯している執行人の男の胸を突き刺し、心臓をわしづかみにした。


男は驚いた表情で私に振り返った。


私は心臓を潰して、男の身体を民衆に放った。兵士たちが壇上に上がり、私を仕留めにやってこようとする。


それを阻止しようと、死霊術師のサイモンが咄嗟に私が殺した執行人の死体を操り、兵士たちにぶつけた。




「に、逃げろ!」




サイモンが私たちに対して叫んだ直後、弓矢が彼の胸を貫いた。弓使いの勇者の一人、ヒルデガルドが、不敵な笑みを浮かべて自作の弓を手にしていた。


私は、アリスを抱えて処刑場から飛び降りた。


民衆は、恐れおののき、私たちから後ずさった。


何とも恥ずかしくなるほど滑稽で愚かな連中だろうか。


エミリアが回復魔法を私に施した。リュカは、精霊を呼び出して兵士たちに応戦する。


しかし、神官の勇者であるルカが神聖魔法でリュカの脳天を貫いた。リュカは、満足そうな笑顔で地面に倒れた。


エミリアは、恐慌状態のエディットを支えながら歩き出す。しかし、槍使いの勇者と狂戦士の勇者が立ちはだかった。エミリアは槍によって腹を貫かれ、エディットは狂戦士に頭部をぐちゃぐちゃに破壊された。


私は、戦慄した。


かつての仲間を楽しそうに殺す。いや、殺すだけでは飽き足らず、破壊し、蹂躙する。


あれが同じ人間なのだろうか。


私はアリスを抱えて民衆に紛れて逃亡した。


私はアリスを連れて森の中へと潜伏した。捜索隊の追撃をかわしながら、病に伏してしまったアリスを治療する。


しかし、医者であるエディットや白魔法士のエミリアが死に、治癒にも限界があった。


私自身も疲弊しており、満足に動くことができない。


アリスは、水をかろうじて飲むが、食料は喉が通らないようであった。無理やり食べさせてはみるが、咀嚼する力があまりなく、吞み込める力もない。


森の中で数日潜伏し、追撃隊が来るたびに体調の悪いアリスを無理やりにでも動かして逃げ延びる。この繰り返しによって、アリスの命は風前の灯火であった。


いや、彼女にはもはや生きようとする気力がなかった。


これは、私のエゴなのかもしれない。




「アリス」




私は、高熱状態のアリスの額に手を当てる。そして、水につけた布を頭にのせた。




「な、名無しさん」




アリスがか細い声で話しかけてきた。


ひゅう、ひゅう、と小さな呼吸音が聞こえる。




「なんだ、アリス」




「わ、私の加護と神聖力をすべてお渡しします。私にはもう無意味なものですので」




「そんなのいらない。君自身のために使うんだ、アリス」




私は、冷たくなりつつあるアリスの手を握りしめた。


これまで何度も直面し、慣れたはずの人間の死であるが、なぜか私の胸が苦しくなった。この感覚は、久しぶりだった。




「いいえ。これは神様があなたに授けるよう伝えてくれた力です。私はいわば保管庫のような役割なんです」




そういって、アリスはゆっくりと上体を起こして、私の手を握りしめ、その甲に口づけをした。


その時、暖かな白い光が私の手を包み、目を覆った。


そして、視界が徐々に開けてくる。




「アリス?」




私は、アリスの手から力が亡くなっていることに気が付いた。アリスは目を閉じて、地面に横たわっている。




「アリス、起きるんだ」




私は、アリスの身体を揺さぶった。しかし、彼女は反応しなかった。


聖女は、静かに息を引き取っていたのだ。


すると、私の下腹部に衝撃が走った。見ると、剣先が私の腹部から露出している。背中に異物感を感じ、あたたかな湿り気が伝わってきた。


剣が引き抜かれると、私はアリスに覆いかぶさるように倒れる。


背後に立っていたのは、剣士の勇者カズマであった。カズマは、ひきつった笑みを浮かべて私を見下ろした。




「だから言ったんだ、俺の側につかないなら、後悔するぞと」




カズマは、アリスの頭を踏みつけて私に聴こえるように話す。


私の胸元から地面へ、どくどくと出血する。めまいと吐き気が襲い掛かる。出血した際に見せる体の防衛反応だ。しかし、すぐさま眠気が襲い掛かるだろう。


私は、死ぬ。


悪鬼羅刹となった勇者の手によって。


これほど、酷い結末があるだろうか。


しかし、同時にこれは幾百人もの人間を殺し続けてきた私に対する神罰なのかもしれない。実はこの世界は地獄で、地獄に堕とされた私は、今までの生き方を悔いるように仕向けられているのかもしれない。


聖女アリスなど存在せず、ただ私を悔い改めさせるように神と悪魔が仕組んだことなのかもしれない。


しかし、どうでもよかった。


私は、また地獄に落ちるだろう。


なぜなら、途方もない憎しみと恨みを抱いて死ぬのだから。


仲間、そして愛らしくいじらしい聖女を姦淫され、殺され、名誉や誇りをすら踏みにじった連中が、この地獄で生き続けるのだから。


私は、息を引き取る直前に目を閉じた。




「キリエ」




両親が私が生まれた直後にそうつぶやいたことを思い出した。赤子の記憶は皆無に等しいが、人生の最後に、せめて私の名を思い出させるという神の計らいだったのかもしれない。




「キリエ、愛しい我が子」




おぼろげに記憶していた母の声が聞こえた。


両親は、最後まで私の名前を呼んでいたのかもしれない。


私の視界が暗転した。




「ああ、キリエ!キリエぇ!」




誰かのむせび泣く声が聞こえた。




「落ち着きなさい、シルヴィア。キリエはもう」




泣き叫ぶ女性をなだめる男の声が聞こえる。


私は、ゆっくりと目を開け、身体を動かそうとした。しかし、動くのは両手の指だけであった。




「あ」




と、小さな声が漏れる。


その声に反応して、ベッドの横で泣いていた女性と私の目があった。




「キリエ?」




そこには、メイド服を着た女性や口ひげを生やした執事も立っていた。皆が驚きと困惑の表情で、私を見つめている。


まだ、身体の感覚がつかめない。




「旦那様、奥様! キリエお嬢様が目を覚まされました!」




執事がそう伝えると、女性の涙声がぴたりとやんだ。


旦那様と呼ばれた男にすがりついていた「奥様」は、横目で私をちらりと見た。


その瞳には、侮蔑が映り込んでいた。




「私が悪いんですヘシャル様、私が毒見役を雇わなかったばかりに。でも、良かった!」




女はわざとらしく旦那様に縋り付いて弁明していた。


旦那様はというと、女のことしか見えていないらしく、私には見向きもしなかった。


よく観察すると、使用人たちも、困惑していた。


私は天蓋付きのベッドの上に横たわっていた。質素で殺風景だが広々とした部屋、カーテンの隙間からは陽の光が差し込んでいる。


私が処刑場へと連行されたのは夕刻であった。半年間は、地下牢に監禁されていたため、青空を見るのは久しぶりであった。


しかも、拷問や戦闘で受けた傷はない。


というよりも、身体が少しだけ小さくなっていた。




「え?」




茫然とながらも、私は起き上がろうとした。


そして、部屋に備え付けてあった鏡の前まで歩き出した。使用人たちは奥様と旦那様に気を取られており、渦中の二人は私には見向きもしていない。


そして、鏡の中には見知らぬ少女が立っていた。




「どういうことだ?」




そこには10代半ばの少女が立っていた。


腰まで伸ばしたつやのある金髪に、黄金の瞳、切れ長のやや吊り上がった目、整えられた眉、湿り気があるやわからなピンク色の唇。


全てが私の容姿と異なっていた。


そして、私の記憶に流れてくる少女の記憶。


後妻とその子どもたちに虐待され、虐げられた少女時代。父親は前妻に関心がなく、大恋愛と称して後妻を迎えた浮気野郎。


ルッフェ公爵家の長女、キリエ・ド・ルッフェ公爵令嬢。


私は、どうやら憑依転生してしまったらしい。


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