第1話 悪い夢

 星空瞬く夜の空の下。少女の息は城を出た時よりも上がっていた。時折、足を止めて休みたくなる衝動に駆られたが、少女は決して足を止めることはしない。


「はぁ、はぁ、」


 (息が苦しい。こうなる未来が見えていたとしても、まさか、彼がヴァリアント殿下を殺すなんて……)

 

 懸命に前へ前へと走り進んでいく彼女が、まさかこの国の第一王女であるシェラ・ティーナ・リシャロッテ"だと気付く者は居ない。

 それもそのはず、今は深夜であり。少なからず皆、寝ている時間帯。人一人いない街並みを険しい顔つきで走り抜けている少女がいるなど誰も知るはずがない。

 走り続けていた煌びやかな淡い青色のドレスを見に纏った金髪の少女が、力尽きたように倒れた姿を夜の月が怪しげに照らしていた。



 夢を見た。見慣れた兄の背中に剣が刺さり。着ていた白い服が赤に染まっていく。

 普段の人柄からは想像もつかない程、憎悪に満ちた瞳で兄の背に剣を突き刺した男はこちらをじっと見ている。


(どうして、貴方がこんな事を……? 何故? 何故なの?)


 一番、そんなことをするなど有り得ないと思っていた人物が兄を殺した。その事実から目を背けたいという私の思いからか、男は暗闇に消えていく。


 明るい光が瞼越しに伝わる。

 シェラは朧げな意識の中思う。


 未来を見ることが出来る力を持っていながら。起こってしまった出来事を防ぐことが出来なかった自分への怒りと、不甲斐なさからの悲しさ。そんな二つの感情から、自身の気持ちが黒く染まっていく。


「良かった…… 大分、呼吸が落ち着いてきたみたいだ」


 見知らぬ男の声が聞こえた気がしたが、シェラは今までの疲労からか、幻聴が聴こえたのだと判断し、意識を手放した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る