untitled

@rabbit090

第1話

 かっこいい人、というのが第一印象だった。

 なのに、

 「もういい加減にしてよ、働いてよ。馬鹿。」

 なぜこの男は、私を一生幸せにするとかほざいて置いて、一人、現実に負けているのだろうか。

 それは、可能性として私が、この男のことを、本質的には愛していなかったからなのかもしれない。

 私は、もう結婚してしまったから、この男と一生を、とりあえず目に見える現実を、ともに過ごさねばならない、なのに。

 「ごめんごめん、実はさ、会社に嫌な奴がいて。行きたくないんだよね。」

 「そんなの、誰だってあるじゃない。それに何よ、休んでて平気なの?何その会社。」

 私は、発狂した。

 しかしこの男は、穏やかにほほ笑むだけだった。

 多分、私はこの笑顔が大好きだった。

 それにこの笑顔は、私だけに向けられている物で、私は、確実に愛されている。

 なのに、何が不満だというのだろう、なのに、なのに。


 「それでこちらを訪ねてきたわけですね。」

 「はい…、悩んだんですけど、カウンセリングに行くより、まだ現実ごまかせるかなって思って。」

 「母、何ですかそれ。でも、本当にお困りのことがあったら、そちらに行くことをお勧めしますよ。」

 「分かってます。」

 はあ、私って、馬鹿野郎だ。

 だって、問題を現実にしたくない、私は、ただ誰かにこの発狂を聞いてもらいたかった。

 だからここ最近ずっと、この怪しげな占い所に、通っている。

 「離婚、したいのかな、私。」

 「それはどうですかね。だったら、してるはずでしょ?」

 「そうですけど、私。もうそういう離婚とか、結婚とか、めんどくさいんです。何かそもそも人と関わるのがめんどくさくて、今の状態がいいはずなのに、もどかしいんです。もう、どうすればいいのか分からなくて。」

 「ええ、ええ。」

 答えは出ない、でも私は、この占い師の言うテキトーな言葉を、真に受け生きている。

 例えば、

 「このネックレス、素敵でしょ?幸運が訪れますよ、これ、今のあなたにぴったりだから。」

 と言われ、それを買い(高い!)着用すると、本当に、何か心のエネルギーが出てきたような気がしていた。

 でもそれだって多分、何もすることがない私に、きっかけを与えただけであって、それだけなのであって、分かっているのに。

 「涙が、止まらないんです。」

 「いいんですよ、ここでは、誰も見ていませんから。」

 と、料金(また高い!)に見合っているのかどうかわからないけれど、その、圧倒的な優しさ(多分)に包まれて、私は何とか、毎日を持ちこたえている。

 ちょっと、辛くてたまらなくて、でも、私は。

 

 「ねえ、あのさ。」

 「何?」

 「大したことないって思ってるでしょ。」

 「うん。」

 それだよ、その悪気のない顔、それがいけないんだ。

 私は、あんたなんか、大嫌いだから。

 「ごめん、やっぱり別れよう。私の都合だけど、いい?」

 「………。」

 ぬるま湯につかって、危機なんか絶対に訪れない、といった顔で笑っていたその男は、顔をくねらせた後、困惑して、それがどんどん怒りに変わってきて、それから。

 「て感じ。嫌よね。」

 「そうね、大変だったのね。」

 あれから、私はその男と別れて、一人で暮らしている。

 そして、占いもやめてしまった。

 もう泣くことは無い、私は、一人で生きていけている。

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