1.want to



 九月三十日は今月二度目の満月になる。月に二度巡る満月はめったにないことで、見たものは願いが叶うという伝承もあると昔馴染みに聞いたことがある。

 一週間先の天気予報は当てにならないが、晴れだというなら一安心だ。なんて考えてそわそわと浮き足立つ自分が自分で笑える。

 まあ、バカみたいだよな。お前とまた笑い合いたいだなんて、そんなことを空に願おうとしてるんだぜ。聞いたら、笑ってくれるかな。



 昔馴染み、くびはら叶恵かなえとの関係が拗れたのは去年の春、高校に進学してすぐの頃だった。長い付き合いの男女が異性を意識し始めて色恋沙汰に手を出そうと空回りしただけの、よくある話。よくある感傷。照れ臭くて見つめることができなかった瞳は、あの日から一度も合わないまま。あの日貰えなかった返事は、今も返ってこないまま。青臭い告白文句に桜が舞って、駆け出した彼女の背中を鮮明に覚えている。俺の足は根を張ったように地面にくっついて、届かないと知っている右手だけが宙を掠める。制服の袖に付いたボタンのカチャカチャと軽い音が、虚しく耳に残ってざらついた。

 もう、あれから一年と半年が過ぎたのか。未だに引きずっている自分が滑稽に思えた。叶恵と同じ学校に通えるというだけで当時は有頂天になっていたのに、こんな結末を迎えてしまったのでは通学の電車すら憂鬱だ。重いため息をひとつ吐いて窓の外を見やる。片田舎の殺風景な青空に見える朝の月はくっきりと白い。雲のない空にぽつんと浮かんでいて、なんだか寂しそうだった。

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