第2話 SONY CF-1450 1973年6月29日 薄明
無造作に置かれたカバンには、中学1年の教科書やノートが数冊、そして筆記用具が入っていた。教科書とノートには、『1年4組 摩耶浩之』と書いてある。そうか、まやひろゆき。その名を頭の中で復唱した。
卓上カレンダーを1枚めくって7月を見た。5と6のマス目に『期末テスト』と書いてあり、21のマス目には『夏休み』とある。すると今は試験前だから彼は夜遅くまで勉強していたのだろう。テストで良い成績を取って、気持ちよく夏休みを迎えようと頑張っていたはずだ。
引き出しの中からは幾つも写真が出てきた。そこには家族旅行で撮影したと思われるものがあって、少年と共に両親と兄弟、併せて5人が写っている。他にも友人たちとのスナップショットがあった。こうして少年の身近な人物の姿を見ていると、不安は消えつつあった。少年の家族に会ったとしても何とかなるだろう。そんな楽観的な気持ちになっていた。
机の右側には中段ラックがある。そこには古風な機器が置いてあって、製品名を見るとSONY CF-1450とある。古典的なラジオだと思ったが、よく見るとカセットテープを使う方式のレコーダー機能も備えている。これは確か『ラジカセ』と言って、ラジオ放送が手軽に録音できるからこの時代であれば人気が高かっただろう。ソニーはテープレコーダーを開発した国内初の会社だと記憶している。元の世界でも、SONYブランドは人気が高く、トップクラスの優良企業として有名だ。
ボリュームのツマミをいったん絞って電源を入れてみた。ラジオはAMとFMが選べるので、FMバンドのスイッチを選ぶと徐々に音量を上げた。ダイヤルを回して周波数を合わせても何も聞こえてこない。どうも明け方のこの時間帯は放送されていないようだった。一方のAMバンドは元の世界では聴視者の減少が著しく、10年前から停波されていて聴くことが出来なかった。
それがこれから聴けるかも知れないと、手を震わせながらAMバンドに切り替えた。するとザラザラと雑音が混ざるが、中高音が強調された古めかしい音が流れてきた。『今日は6月29日金曜日、朝のニュースをお届けします』と言っている。はじめに世界情勢に関するニュースがあって、続いて天気予報に移った。なぜか東京や大阪など、主要都市の予報はなかった。岩国や沖縄・佐世保・横須賀といった地域の天候を熱心に伝えている。
次に音楽番組に移って曲が流れ出した。1曲目が終わると、しわがれた声のラジオDJが曲の紹介をした。シカゴの『25or6to4』※1 だと言っている。驚いたことに、歌詞は僕の心情を語っているように思えた――
『夜明けをずっと待っている。4時まではあと25分か26分。何か言うことを探しながら、僕は夜が明けるのを待つ』
歌詞の中には暗示を含んでいることがある。裏の意味を持たせるものがある。たとえそうだとしても、ストレートに聴いた詞は、サウンドと相まって僕の心を揺さぶった。 イントロや間奏での激しいギタープレイ。ボーカルにノリと緊迫感を加えてくれるブラスセクション。アンサンブルが織りなす世界だった。2043年の音楽シーンではイントロや間奏のない曲構成が多く、ギターソロを聴く機会はあまりない。この曲は一瞬にして僕の気持ちを掴んだ。
4時20分を少し回った。時空を超えた夜も、空が白みはじめて夜明けは近い。列車が通過していく音が遠くから聞こえてきた。
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※1『25or6to4』邦題(長い夜)は、シカゴが1970年6月にリリースした楽曲。
作詞・作曲はロバート・ラム、 リード・ボーカルはピーター・セテラ
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