第23話 残酷な答え

 宝石と化した少女を懐にしまい村へと帰るラヴニール。急ぎオウカの待つ小屋へ向かうと、そこには剣を素振りするオウカの姿があった。



「お、オウカッ……何をしているのですか!?」

「あ……ラヴィ、お帰りなさい」



 汗を流しゼェゼェと苦しそうに息をするオウカ。それでも素振りを続けるオウカに慌てるラヴニール。そして留守を頼んでいた村人の女性も申し訳なさそうな顔をラヴニールに向けている。



「ヨシさんを責めないでね。私が無理を言ったんだから」

「は、はい。ヨシ様、ありがとうございました」


 ラヴニールが頭を下げると、ヨシと呼ばれた女性も “申し訳ありません” と頭を下げて引き上げていった。



「オウカ、なぜ素振りを……大丈夫なのですか?」

「“病は気から“ ってね。寝てばっかりじゃ気力も衰えちゃうよ。これは呪いとの戦い……だったらまずは鈍った身体を鍛えようと思ってね」


 細った腕で剣を力強く振るオウカを見ると、確かにどことなく顔色が良い。絶対の安静が望まれる病人にとっては非常識な行い……だが、魂の呪いというこの病にとっては実は有効な手段だった。運動による高揚感は痛みを少なからず忘れさせ、負の感情を抑制してくれる。決して呪いが薄れるわけではなかったが、現状では非常に有効な手段であった。


 とはいえ……衰弱し痛みに苛まれる身体を突き動かせるほどの精神力があってこそ成せる手段ではあるが────。



「オウカ。禁書エリアに行ってきました」

「おぉ。何か見つかった?」


「はい、そのことで話があります。とりあえず中に入りましょう」

「うん、分かったよ。ふー、剣ってこんなに重かったかなぁ」



 汗を拭い剣を地面に突き刺すオウカ。小屋の中へと戻り、もたれかかるように椅子に座るオウカの前に、ラヴニールが一つの赤い宝石を差し出した。



「プレゼント?」

「いえ違います。これは────」

『お前がオウカだな。私は女神セルミアによって分かたれた善性。今はこのラヴニールの使い魔ユニオンとなっている』



 突如喋り出した宝石にギョッとするオウカ。やがて宝石は光を纏い形状を変え、少女の姿となってオウカの前に降り立った。



「えーと、何が起きてるの?」

『ラヴニールから情報はもらっている。お前が受けたという呪いだが、私なら何とかできるかもしれない。とにかく調べさせてもらうぞ』


 頭に?マークを浮かべるオウカの胸に有無を言わさず手を添える宝石少女。全身を弄られる感覚にオウカもまた小さな悲鳴をあげた。そんな2人の様子を、ラヴニールが祈るように見守っている。



『ふむ……』

「ど、どうでしたか?」


『結論から言おう。この呪いを解くのは不可能だ』

「……え?」



 悪びれることなく言い放つ宝石少女に表情が凍り付くラヴニールであったが、すぐにその表情は怒りに満ちていく。



「なんですかそれ……あなた何とかできるって────」

『約束はできないと言っておいたはずだ。この呪いはオウカの魂と完全に一体化し、更に神がいる深淵と繋がっている。人では抗うことはできない。呪いが解ける時はオウカが死ぬ時だ』



 宝石少女の言葉にラヴニールは一瞬放心した。そして────



「ごめんなさいオウカ……変なものを連れ込んでしまって────」

「えッ……ラヴィ!?」



 ラヴニールの身体から魔力が漏れ出し、赤雷となって右拳に集まっていく。地天流による必殺の一撃……その矛先は宝石少女に向けられていた。



「────殺します」

「わああッ! 待って待って!! 落ち着いてラヴィ!!」


 怒りの一撃を放とうとするラヴニールを抑え込むオウカ。だがラヴニールの怒りは収まらない。



「オウカッ、この無礼者は私が手討ちにします!」

「いいんだよラヴィ! 変に嘘を吐かれるよりずっとマシだよ!」


「オウカ……」

「いいんだ。正確な情報の方が今後の方針も決めやすい……そうでしょ?」


 オウカの説得に振り上げた拳をゆっくりと下ろしていく。怒りのあまり金色に変貌していた瞳は翡翠の色へと落ち着いていき、ラヴニールは悲痛な表情となって顔を伏せた。



『話は終わったか?』

「こ……このッ────」


 再び怒りに火がつきそうなラヴニールを宥め、オウカは微笑みながら宝石少女に向き直った。



「ごめんごめん、もう大丈夫だよ。それで……私の命はどれくらい持つのかな?」

『お前の母ツキナギの魔力量は絶大だ。そのツキナギの魔力が加護となってお前を守ってくれている。何もしなければ10年は維持できるだろう』


「10年……10年は生きられるの?」

『何もしなければだ。その呪いはお前と完全に癒着している。お前の成長と共に強大になっていき、お前の負の感情によって増幅する。お前の感情によっては一年後に死ぬかもしれないし、明日死ぬかもしれない。長生きしたければ人との関わりを断ち植物のように何も考えず平穏に暮らすことだ』


「そんな……そんなのって……」

「うん。そんなの……もう死んでるのと変わらない。悪いけど、私は平穏に暮らすつもりはないよ」

『命を縮めることになってもか?』


 宝石少女の問いに、オウカは臆することなく強い眼差しを向ける。



「決めたんだ。残された命が僅かなら、私は残った全てをこの国に役立たせてみせると」

『友の……いや、国の為か。分かった、ならば私にもまだできることがある』


「え?」

『正直言って驚いている。魂の変質という痛みの中で立ち上がるお前の精神力に。だが、その痛みは今後も付き纏うことになる。まずはその痛みを何とかしよう』


「で、できるのですか!?」

『約束はできない、と言っておく。だが任せてくれ。オウカ、今一度触れさせてほしい』

「……うん」



 痛みが無くなるかもしれないという希望を胸に、おずおずと胸を差し出すオウカ。その胸に宝石少女が手を触れると、宝石少女の身体から暖かくも優しい光が溢れ出し、慈愛ともいうべき輝きが部屋を満たしていった────。

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