第22話 女神の化身
「待っていた? 私を……」
『そうだ。幾重にも折り重なる時の流れを、この凍てついた部屋で一冊の書物として待ち続けた。だがお前という協力者が現れたことで、滞っていた運命の川は奔流を取り戻すだろう』
頭の中で演説のように語りかけてくる本。そんな本の言葉を聞きラヴニールは……そっと本棚に本を戻した。
『待て、なぜ戻す?』
「流石は禁書エリアに保管されている本なことだけはありますね。旧世界の悪魔が封じられし書物があるとの噂も耳にしていましたが……」
『何か勘違いしているようだが私は悪魔ではない。先程も言ったが私は女神セルミアの分け身だ』
「はいそうですか、と納得すると思っているのですか? 子供だと思って甘くみたようですね」
『まぁいい。とりあえず主従契約を結んでくれないか?』
「……するわけないでしょう。いきなり契約を持ちかけてくるなんて、やはり悪魔の類ですか」
『本来肉体を持たぬ私が本の姿を取り存在を維持する為には魔力を消費するしかなかった。だが数百年もの時の流れによって私の魔力は残り僅かだ。魔力が切れれば私は消滅してしまう。誰かに供給してもらう必要があるのだ』
「そうですか。ではご機嫌よう」
『待て。お前も何かの答えを求めてここにやってきたのだろう。その答えを得るためならば、例え相手が神だろうと悪魔だろうと関係ない……違うか?』
「それは……」
本の言葉にラヴニールは目を伏せた。本の言う通り、もしオウカを助けることができるのなら悪魔に魂を売っても構わない────そう考えたのだ。
『私なら悩みの答えを出せるかもしれない。今一度私を手に取り、私に魔力を分けて欲しい。そうすれば主従契約は完了し、私はお前の
「人の弱みにつけ込む……まさに悪魔のやり口ですね。分かりました、私に残された選択は多くありませんから────」
再び本を手に取り、か弱くも魔力を感じる赤い宝石に自身の魔力を流し込んでいく。迷いのない魔力を受け取った本は光を放ち始め、ラヴニールの手を離れ形を変えてゆく。光の中から姿を現したのは、純白のワンピースを着た金髪赤眼の少女──── 美しくはあるが感情が感じられない顔でラヴニールの顔を見据える。
『これで契約は完了だ。それにしても素晴らしい魔力量だ。その年齢で神域に到達しているとは驚きだ』
「お世辞は結構です。あなたは私の魔力で延命を図り私のユニオンとなった。それで、あなたは私に何をしてくれるのですか?」
『その前に、お互いの置かれた状況を共有しよう。言葉で説明する必要はない。私とお前は今魂で繋がっている。私の持つ記録をお前に渡し、お前の持つ記憶を私が読み取ろう』
「一体何を──── ?」
少女の手がラヴニールに触れた次の瞬間、全身を弄られるようなくすぐったい感覚にラヴニールは小さな悲鳴をあげた。仰け反りそうになったが、悪意がないことを感じ取ったラヴニールは少女のなすがままにその感覚を我慢し続けた。
『なるほど。お前の主人であり友であるオウカが受けた呪いを解くための方法を探っているのだな』
「女神から分かたれた善性……今私が視た映像が幻覚ではないのなら、あなたが言ったことは本当なのですね」
共有した魂の記憶……少女からもたらされた情報によって、ラヴニールはこの少女が女神の化身である確証を得た。悪魔の類ではなかったことに少しだけ安堵するラヴニールであった。
『無論だ。そして今ので分かっただろうが、私はある程度魂に干渉することができる。約束はできないが、お前の友が受けた呪いが魂によるものならば私に何とかできるかもしれない』
「ほ、本当ですか!?」
『まずはそのオウカに会わせて欲しい』
「分かりました、すぐに行きましょう──── しかし……」
純白のワンピースに、長く美しい金髪と輝く赤眼……非常に目立つ少女の姿に躊躇するラヴニール。その意図を察した少女が、無表情のまま口を開く。
『会話がしやすいと思ってセルミアの姿をとったが、別の姿にも変わることができる。移動するならそちらの姿になろう』
「本ですか?」
『いや、本もカモフラージュに過ぎない。私の本体は別にある』
ラヴニールの手を取り光り輝く少女の身体──── 光が落ち着くと、ラヴニールの手には一つの赤い宝石が握られていた。
「これがあなたの本来の姿ですか?」
『そうだ。【ノヴァリス】と呼ばれる女神の神性が魔石化したものだ。私としてもこちらの方が魔力の消費が少なくて済む』
宝石と化した少女を胸のポケットに入れ禁書エリアの戸締りを始めるラヴニール。そしてその間に二つの疑問を宝石少女に聞くことにした。
「ノヴァリスがあなたの名前ですか? それともセルミアですか?」
『私に特定の名前はない。好きに呼ぶといい』
「そうですか。ところで……あなたは私に何をして欲しいのですか?」
宝石少女にも何か目的があるはず……だが、先程の情報交換では生い立ちは理解できても目的までは分からなかった。延命が目的で長い時間待っていたはずがない、目的があるから待っていられたのだ──── そう考えたラヴニールの質問に、宝石少女は淡々とした声ではっきりと答えた。
「神殺しだ」
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