第14話 神託の雷霆

 シンとタツの二人が消失してからおよそ30分。その場に腰を下ろす蒼鎧を纏った騎士。アズール騎士団 団長サンディスは、友であるダイン・ブレイブハートの到着を待っていた。程なくして森の中の鳥達が逃げ始め、木々の間からドスドスという足音と共に、大きな声がサンディスのいる空間に響き渡った。



「おぉーい!! サンディスーー!!」

「ダイン! こっちだー!」


 友の到着に、サンディスが立ち上がりその声に応える。



「おぉ! サンディス!! シンから通知が来たので駆けつけたのだが、途中で方角が分からなくなってな! それでお前からも通知が来たのでここに来たのだが────」

「うむ。さっきまでシンもここにいたのだ」


「なに!? そ、それでシンはどこに!?」

「シンは、邪龍と思しき子供と一緒に消えてしまった」


「なんだと!? ならば早く追いかけねば!!」

「腕輪の反応も消失しているが、いずれ復活するだろう。それまでは待機だ。しかし、船でここまで来た我らにシン達を追うのは不可能だがな」


「言ってる場合か! 他に方法が無い以上、とりあえず船に戻るぞ!!」

「まぁそう慌てるなダイン。まだやることが残っているのだ」



 サンディスに背を向け、走り出そうとするダイン。我が子がいなくなってしまったことに、居ても立ってもいられないと言った様子だ。そんなダインの背中に、サンディスの直剣が静かに突き刺さる。



「なッ────?」


 突如自分の腹部から現れた血濡れの剣に、ダインの思考が一瞬停止する。



「すまないな友よ。これも神託なのだ」


 ──直後、サンディスの直剣が青白い閃光を放ち、一瞬にしてダインの全身を焼き尽くす。



「が────ッッ」


 痙攣を起こし、全身から煙を立ち昇らせその場に倒れ込むダイン。肉は焼け、蒸発した体液が匂いと共に辺りに立ち込める。サンディスの直剣から放出された雷は、常人では耐えることなどできない威力。だが、ダインはその焼け爛れた手で土を掴み、目を血走らせよろよろと立ち上がる。



「さ……サンディス…………貴様、一体なにを────」

「言っただろうダイン。これは神託なのだと」


「し、神託だと……? ならばこれは……テクノス神の命令だと言うのかッ」

「そういうことだ。我が主は、どんな手を使ってでも守護者の力を手に入れろとの仰せだ」


「守護者……」

「あぁ、すまない。邪龍のことだよ。守護者とは、このエデンスフィアを創造し、始まりの12の神に力を分け与えた存在のことだ」


「く……それとこれと……一体何の関係があるのだッッ」

「大いにあるのだよダイン。守護者の力は、大きく二つに分けるなら “光“ に属する。だが、今の我が主は “闇“ に属している。そのままでは力を手に入れることはできないのだ。守護者の力を闇に染めるとなると、膨大な時間を要する難行だったが……シンが相手なら容易いかもしれんな」


「な、なに……シンをッ────」

「シンは守護者によって選ばれた器の片割れ。シンが闇に染まれば、自ずともう片方も染まるだろう。……おっと、そういえばお前はシンの正体を知らなかったのだったな」


「……シンの正体がなんだろうと関係ない。シンに……ワシの息子に手出ししようと言うのかッ」

「今のシンは母親である守護者を殺したことで不安定になっている。そこに育ての親であるお前まで死ねば……フフフ、どうなるだろうな」


「…………いつからだ。いつから狂ってしまったのだ……サンディス」

「私は狂ってなどいないよ、ダイン。むしろ、この狂気に満ちた世界で唯一正常だと言ってもよい」



 ダインの友としての言葉に、淡々と返答するサンディス。ダインの表情が苦悶に満ちる────だが、意を決して見開かれた眼は、金色に輝いていた。



「お前の言っている事も、目的もワシには分からん…………だが!! 息子に手を出すと言うのなら、ワシがお前を倒す!!!」



 ダインの全身が鈍い光に包まれ、荒々しくも雄々しい黒金の鎧が纏われる。これこそが “大地の英雄” と呼ばれるダイン・ブレイブハートのレガリア────【シヴィア・クエイク】であった。大地を共鳴魔力レゾンにもつ、魂の武具……だが、その黒金の鎧は所々がまるで幻であるかのように揺らめいていた。



「ほう。手加減したとはいえ、灼かれた魂でレガリアを纏うとは……さすがは大地の英雄だな」



 感心したように微笑みを浮かべるサンディス。その直後、サンディスの全身に稲光りが走り、閃光と共にレガリアが装着される。

 蒼い鷹を彷彿とさせる鎧には翼が生え、絶え間なく流れる電流が美しい装飾となって煌めいている。そしてサンディスの持つ二本の直剣もまた、青白い光を放っている。



「しかしダイン、無理はよくないぞ。レガリアとは、エーテルフォージによって増幅した魔力が、肉体という器から溢れ出たもの。確固たる魂が無ければ、それは寿命を削るだけに他ならない。現に、お前のレガリアは今にも崩れ落ちそうではないか」

「黙れ!! この程度の傷……屁でも無いわぁ!!」



「仮初の息子の為に命を燃やすか。フフフ、ダイン……だがそれでいい。お前の苦しみが続けば続く程、私のレガリアがそれを記憶していく。そしてその刃でもってシンを斬れば…………間違いなくシンの魂は変質するだろう」

「うおおおおおおおッッ!!」


 覇気と共にダインが力強く地面を踏みしめ、大地から大量の魔力がダインへと流れ込んでくる。だが────



(ぬぐッッ────魔力が……力が霧散していくッッ)

「無駄だダイン。お前が刺されたのは、下丹田ネクサスと言われる魔力を蓄積する場所だ。そこを灼かれた今、お得意の【地天流】による回復はおろか、攻撃もできん。お前は徐々に命を削っていくしかないのだ」


「舐めるなよサンディス!!」


 ダインが黒金の鎧で固められた拳を抉るように地面に放つと、氷柱の如き鋭利な岩石弾がサンディスに向かって飛来する。サンディスは跳躍してその岩石弾を躱し、空中からダインに向かって雷を放つ。だが、ダインの全身を駆け巡る雷は、大地へと吸収されるように霧散してしまった。



「むッ────」

「……お前こそ無駄だったなサンディス。お前の手の内は読めている。不意打ちされなければ、大地を操るワシにお前の雷は通用せん!!」



「なるほどな……だがダイン、勘違いしてもらっては困る。私は誰にも手の内を明かしたことはない」

「な……なにッ」



 サンディスから放たれる雷の魔力によって木々に火が付き、森が燃えていく。その火は瞬く間に二人を取り囲み、シンとタツが暮らした家をも飲み込んでいった。そして青く澄み渡っていた空は黒く染まり始め、雷が天を駆け始める。


 


「最期だ。見せてやろうダイン────私のレガリア【ペレスタ=ノフカ組み替えられる雷】の力をな」

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