第3話 エルヴァール VS ラヴニール

「さぁラヴニール! 剣を取れ!!」

「あの、殿下……これは一体?」



 騎士達の修練場。ソラリス騎士団の兵舎にあるその修練場は今無人であり、砂が敷き詰められ柵に囲まれた闘技場に木剣を構えたエルヴァールと困惑するラヴニールの2人が存在するのみだった。



「母上が言っていた……相手を知るには戦うことが一番だと。というわけでラヴニール、私と勝負だ!」

「理由は分かりましたが、殿下に怪我でもさせたら初日でクビになってしまいます」


「ほほー、私にケガとな? 自信があるようだね」

「自信も何も、私は剣を握ったことがありません」


「そうなんだ。じゃあ手加減してあげるから、安心して! それにケガしても、母上はA・Sオールシフターだからこっそり治してくれるよ」


 もはや止まらぬエルヴァールに観念し木剣を握るラヴニール。少年兵用の木剣とはいえ、体の小さなラヴニールには不釣り合いな大きさだった。

 

 エルヴァールはその美しい容姿を母であるツキナギから受け継いでいたが、シロガネ族としてのお転婆ぶりも受け継いでいた。無論、普段はそんなことを微塵も感じさせない振る舞いをしているが、エルヴァール自身も何かラヴニールに感じるところがあったのだろう。うずうずと戦いを心待ちにしている。



「分かりました。では、僭越ながらお相手致します」

「よし! 本気でかかってきなさい!!」



 エルヴァール(6歳)VS ラヴニール(5歳)


 

 子供とは思えない聡明(?)な会話を交わす2人の間に火花が散る。そして、その戦いの幕が切って落とされた────







 ────10秒後。



「つ……強すぎる────」



 そこには砂の上に倒れるエルヴァールの姿があった。エルヴァールの木剣は叩き折られ、その額には赤々とした跡が残っている。

 


「殿下……大丈夫ですか?」


 心配そうに顔を覗き込むラヴニールを、安心させる為に笑顔を作るエルヴァール。



「だ、大丈夫ッ。いててて、受けた剣が折れるなんて……なんて力だ。私も力には自信があったのに」



 ラヴニールが繰り出したのは上段からの一撃。その攻撃をエルヴァールは余裕をもって木剣で受けた。だが、まるで石柱を叩きつけられたかのような衝撃に木剣は砕かれ、そのままエルヴァールの額へと攻撃が直撃した。

 ツキナギの強靭な肉体を受け継いだエルヴァールでなければ、既に意識は闇の中へと沈んでいただろう。



「申し訳ありません。初めてだったのでうまく加減が……」

「いいよいいよ。本気でこいって言ったのは私だし。ねぇねぇ、私の額どうなってる?」


「……木剣の跡がくっきりついてます」

「えぇ、本当に? ……なんで目を逸らすの? ちゃんと見てよ!」


 エルヴァールの白い肌にくっきりとついた赤い跡。それはあまりにも異質で、とぼけた表情を作るエルヴァールと合わさって妙な面白さを作り出していた。口元を抑え目を逸らすラヴニールの視線の先に、髪を捲り上げ回り込むエルヴァール。その攻防を幾度か繰り返したあと、エルヴァールが顔を綻ばせ笑い始めた。



「あははは! 私、ラヴニールとならうまくやっていけそう!」

「殿下、戯れも程々にお願いします。早く王妃様の元へ行きましょう」


 呆れたように微笑むラヴニールの言葉に、エルヴァールは満足げに頷く。髪を下ろして跡をできるだけ隠し、歩き出したエルヴァールの後をラヴニールが付き従う。



「相手を知るには戦うのが一番と聞いてはいたけど、確かにその通りだったなぁ。戦わなかったらラヴニールがこんなに力持ちだなんて分からなかったよ」

「殿下、分かり合えてもクビになってしまっては元も子もありません」

 

「剣を触ったのは初めてって言ってたけど、どうだった?」

「正直……私には合わない気がします」


「それなのに私は負けたのか……一体何食べたらそんなに強くなるの?」


 エルヴァールの問いに、ラヴニールがぴくりと反応する。そして、まるで母親のように言い放った。



「お肉を食べなさい、お肉を」



 ────その日から、エルヴァールの食事には肉料理が多くなったという。もちろん、従者であるラヴニールの食事にも。

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