第8話 イズモ村

「太陽石?」

「うん、この辺りでは太陽石が沢山採れてね。他所の国でも採れるんだけど、世界に出回っている9割以上がイズモ産だよ」

 

 村に向かいながら、コウタが僕たちに村のことを説明してくれている。今はイズモ村の名産について説明を受けているところだ。

 

「しかも他の国で取れる太陽石より、イズモの太陽石は魔力量が桁違いな上に、誰でも扱えるし何にでも利用できるんだよ。だから他所の国では万能の石とか、賢者の石────【ルミタイト】なんて名前でも呼ばれてるね」

 

 魔力量、か。僕たちもここに来てから不思議な力を使っているけど、ここに来てコウタから出た【魔力】という言葉がイヤにしっくり来た。

 そして僕たちが目覚めたあの洞窟で見た光る石……あれが太陽石なんだと思う。洞窟を形成するほどの量があったんだ、イズモ村の名産というのも頷ける。


(岩山にいたのがバレるから見たことは黙っとこうぜ)

(う、うん)

 

 危ない危ない。シンに釘を刺されなかったら、うっかりコウタに岩山で見たと言っていたかもしれない。


「村では十五歳になったらみんな鉱夫になるんだ。大変な仕事だけど、俺もあと二年経ったら父ちゃんと一緒に太陽石採りに行って大儲けするんだ!」

「儲かるのか?」

「色んな燃料にも使えるからね。これだけあれば一月ひとつきは村も安泰って言ってたよ」

 

 そう言ってコウタは自分の胸の辺りでボーリング程度の丸を作る。


 あの洞窟で見た太陽石の量は、そんなボーリング程度じゃなかった。もしかして、とんでもないものを僕達は見つけてしまったんじゃないだろうか? あ、でも……シンがその岩山吹っ飛ばしちゃったんだよね。

 

(おいおいタツ! あれだけあったら一生暮らしていけるんじゃないか!?)

(確かにそうだけど、一生この世界にいるの?)

 

(帰る方法がわからない以上、先立つものがないとな。醤油でも作って大儲けしようかとも考えたが、もっといい方法ができたな)

(醤油の作り方知ってるの?)


(そんなもん検索すれば────)

 

 どうやら気付いたようだ。スマホのような便利なものは今手元にないことを。


(……味噌ならどうだ?)

(作り方は?)

 

 ────馬鹿なことを考えているうちに、村の入り口が視認できる位置にまで来ていた。男の人が木で造られた門には二人の男の人が立っている。そのうちの一人が僕たちの方へ走り寄ってきた。


 

「コウタ!!」

 

 そう叫ぶおじさんの声に、コウタはシンの腕の中に隠れるように縮こまる。コウタのような赤い髪、顎髭をたくわえ、麻で出来た服からは逞しい腕が覗いている。筋骨隆々といった出立ちのおじさんの顔は、赤い髪も合わさって鬼のようだった。

 

「お前どこ行ってたんだ!? 御山が爆発したからみんなで一緒にいるように言われただろう!!」

「ご、ごめんなさい……」

「……まぁ無事戻って来たならいい。あとはケンタロウに叱ってもらえ」

 

 ケンタロウというのがコウタの父親かな? そしておじさんは視線をシンに向ける。

 


「……あんたが影鬼かげおにからコウタを助けてくれたんだな。ありがとう、礼を言う!」

 

 そう言っておじさんは深々と頭を下げた。……なぜコウタを助けたことを知っているんだろう? 僕達の周りには誰もいなかったはずだけど。

 

「何で知ってるの?」

 

 僕達の疑問をコウタが聞いてくれた。


「巫女様から神託があったんだよ。村の子供が一人影鬼に追われていたが、旅人に助けられたってな」

「そうなんだ……」

 

「あの森じゃあ日光も遮られるからな……本当にありがとう!」

「いや……偶然通りかかっただけなんで」


 神託……やっぱり僕達の行動は大神おおみかみ様とやらに筒抜けだったみたいだ。あの感じていた視線は気のせいではなく、大神様の監視だったのだろう。シンも流石に焦っているようで、頬から汗が流れている。

 

 ずっと僕達を照らし続けている太陽をチラッと見る。……気のせいだろうか、何故か太陽が微笑んだように感じた。


「とりあえず村に、話はそれからにしよう。コウタも怪我をしているようだしな」

 

 おじさんが先導して歩き出す。


(シン……)

(俺たちの動きはモロバレだったみたいだが……悪い雰囲気じゃなさそうだな)

 

 確かに友好的ではあるけど、正直不安は拭えない。


「ねえコウタ……日本って知ってる?」

「ニッポン? 何の名前?」

「あ……いや、ナンデモナイデス」

 

 一応聞いてみたけど、やっぱり日本という国は存在しないみたいだ。通じている言葉、共通した物の認識、そして懐かしさを感じるようなコウタ達の身なり。日本に近しい国であることには違いないようだけど。


 

「そうだ、まだ名乗ってなかったな? 俺の名前はカイだ」


 おじさんの自己紹介に続けて、僕達も自己紹介する。

 

「シンだ」

「タツです」

 

「タツちゃんは何歳だい?」

「ご……五歳です。あと一応男です」

 

「五歳!? いやぁ〜、しっかりしてるなぁ。髪も長くてめんこいから女の子かと思ったよ。爺さんはいくつだ?」

「十八だ」

「ワッハッハ、どんだけサバ読んでるんだよ!」

 

 普通にジョークと捉えられたみたい。カイおじさんは大笑いしながらシンと話し続けている。


「実は記憶がなくてな、名前以外思い出せないんだ」

「そうなのか。大神様から、あんた達を客人としてもてなす様に言われてるんだ。まさかおじいちゃんと子供とは思わなかったがな。記憶喪失に詳しい人間はいないが、まぁゆっくりしていってくれ」

「あ、あぁ……助かるよ」


 シンが困惑するのも分かる。今の僕たちには有難い話だけど、どうも話がうますぎる。


 村の入り口に到着するまで、カイおじさんはずっと友好的に話し続けてくれた。カイおじさんはもう一人の門番さんに軽く説明して村の中へと僕たちを招き入れてくれた。

 ちなみにもう1人の門番さんは、ヒョロ長く、大人しそうな見た目だった。名前は 【モンゾウ】というらしい。まるで門番になるために生まれてきたような名前だ……と思ったのは失礼かな?


 

「 【治癒士】はいないが、とりあえず診療所にコウタを連れて行こう。すまないがシン爺さん、そのまま運んでもらえるか?」

「あぁ、構わないぜ」

「助かるよ。いやー、いい身体してるな爺さん!」

 

 そう言ってシンの腕を物色している。【治癒士】という言葉が出てきたけど、この世界での医者のようなものかな? それとも白魔道士的な?


 村の中を歩いていると多くの視線を感じる。おじいちゃんが子供ニ人を運んでいる姿がおかしいのか、女性や子供達が好奇の眼差しをこっちに向けている。


「はは、タツちゃんみたいな金髪は珍しいからね。気を悪くしないでくれよ!」

 

 見られていたのは僕かッ!? そういえばコウタとカイおじさんもそうなんだけど、みんな髪の色が赤い。時々黒髪の人もいるけど、ほぼ少数だ。これにも何か理由があるのかな?


「みんな髪が赤いんだね」

「あぁ、土地神様の影響なのかね。他所よそから来た人間も、村の一員になると段々と赤くなっちゃうんだ」

 

 それで時々黒髪の人もいたのか。不思議な話ではあるんだけど、深く追求するものでもないかな?


 

「さ、ここだ。おーいゼンジロウ爺さん! コウタが戻ってきたぞ!!」

 

 カイおじさんが診療所らしき小屋に向けて呼びかけると、中から腰の曲がったお爺さんが姿を現した。


「おぉ、無事帰ってきたか。怪我はしてないかい?」

「怪我してるからここに来たんだよ。さ、中へ」

 

 カイおじさんがシンに中へ入るよう促す。部屋の奥には診療台があり、骨董的な薬瓶や医療器具が整然と並べられている。


「じゃ、そこに座らせて」

 

 シンが指示された椅子にコウタを座らせる。ついでに僕もシンの背中から降りておく。ゼンジロウお爺さんがコウタの腫れ上がった足を触診すると、コウタが顔を少し歪める。そして真っ白な布に薬瓶から光る粉を振りかけた。


「骨は大丈夫そうじゃな。まぁ寝れば明日には治るじゃろ」

 

 そう言ってその布を足に巻き付ける。

 

「ありがとうゼン爺!」


「今の粉は何ですか?」

「太陽石の粉末じゃよ。こいつの力で自己回復力を増幅してやれば、ちょっとした怪我や病気なら直せるよ」

 

 色々な燃料になると言っていたけど、そういう使い方もできるのか。まさに万能の石といった感じだ。


「こいつのおかげで治癒士いらずじゃよ……と言いたいところじゃが、重症患者になるとそうもいかんがな」 

「あの、治癒士っていうのは?」

 

「あぁ、お嬢ちゃんはまだ知らないのかな? 自分の魔力を他者に与えて傷を治せる者達じゃよ。人の魔力ってのは千差万別、型というものがあるからのぅ。他者に魔力を与えるということは特殊な魔力を持っていないとできない。そういった特殊な魔力を持った者はごく僅かでな、この村にはおらんのじゃよ。彼女達がいれば瀕死の人間も助けられるんじゃが……」


「彼女たちは 【A・Sオールシフター】 って呼ばれてるな。A・Sは女性にしかいないんだ」

 

 カイおじさんが補足を入れてくれる。

 

「まぁ百万人に一人いるかいないかって割合らしいから、中々いないんだけどな」

 


 【A・S】────もしかしたらと思ったけど、僕は男だしコウタの怪我を直すこともできなかった。多分そのA・Sってやつではないのだと思う。

 でも、僕はシンの腰を治すことができた。瀕死のシンを救う事もできた。魔力や魂に型があるというのなら、僕とシンは型が合っているということなのかな?

 


「まぁ、とりあえず今日一日安静にしてるんじゃよ」

「うん」

 

「シン爺さん、悪いがまたコウタを運んでやってもらえるか?」

「あぁ、任せな」

 

 そう言ってシンが再びコウタを抱える。


「い、いいよ。杖で歩くって……」

「まぁ遠慮すんな」

 

 有無を言わさないシンの言葉に大人しくなるコウタ。心なしか少し嬉しそうに見える。


「ゼンジロウ爺さんありがとな、また後で」

「ふぉっふぉ。あぁ、また後でな。コウタ、もう来ないようにな」

 

 お爺さんはニコニコと手を振りながら僕たちを見送ってくれる。外に出た僕たちに、カイおじさんが今後のことを話してくれる。


 

「今は村長含め、村の男達は爆発した御山の調査に向かっていてな。明日の朝には帰ってくると思うが……とりあえずコウタを家に届けたら宿場に向かおう」

「あ、あの……」

 

 シンに抱えられたコウタが恐る恐る手をあげる。

 

「もしよかったら、二人ともウチに泊まらない? 父ちゃんがいないから、今俺一人だし……」

「それでもいいが、心細いならお前が宿場に来ても構わんが────」

「ううん! 俺のウチがいい!!」

 

 カイおじさんの言葉を遮るようにコウタが叫ぶ。どうしたものか、とカイおじさんが僕たちの顔をチラリと見る。


「俺たちは構わんぜ。寝る場所を提供してくれるだけでも大助かりだ」

「うん。コウタが良ければ」

「本当に? よかった!!」

 

 コウタがパッと笑顔になり、その目はキラキラと輝いている。こんなにも喜ばれるなんて……少し照れくさい。


「それじゃあ、二人はコウタの家で泊まってくれるか? 飯は後で俺が持って行くよ。それと……服もだな」

 

 僕たちを見たカイおじさんがそう言う。今の僕たちの格好は、爆発に巻き込まれたギャグキャラのようにボロボロだから仕方ない。



「ここだよ!」

 

 上機嫌なコウタが案内したのは木造の平屋だった。正直、江戸時代あたりの長屋を想像していたので立派な家に見える。

 

「便所もあるし、立派な風呂もついてるからね!」


 そういえばこの身体で、まだ用を足していない。とはいえ出すほどのものを口にしてはいないけど……身体は煤や砂で薄汚れている。お風呂に入れると考えただけで胸が踊るね!


「それじゃあ俺はここで。後で色々持ってくるよ」

 

 そう言ってカイおじさんは手を振りながら行ってしまった。



「ささ、入って入って!」

「じゃあお邪魔するよ。……それにしても嬉しそうだなコウタ」

「俺の父ちゃん厳しくてさ。二人がいれば強く怒れないんじゃないか、ってね」

 

 あー、なるほど。そういうことか!


「まぁそれはそれとして、二人にちゃんとお礼もしたかったしね!」

「ふふ、そっか」

「ははは」



 

 ────この世界に来てから初めて出会った少年。その少年と友好的な関係を築くことができた。 

 シンが、僕以外の人間と話して笑っている。


 僕はそのことが……堪らなく嬉しかった。

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