後日談


 《ゴジュラ・モラソム》。


 その名を後日付けられた怪物と戦闘し勝利を収めた数日後。


 ……《白衣の男》は大字おおあざと共に都市部にある純喫茶店を訪れていた。


 そこは20mほどの看板だらけのビル、その地下一階にただ一つ存在する喫茶店であった。

 30人ほどは入れるであろう空間は薄暗く、そこに落ち着きとくつろぎを与えようと等間隔にフィラメントの照明が点いている。


 されとて、この喫茶店から聞こえてくる会話は似つかわしいものではない。


「また出たって」

「また?あの大きな怪物?」

「そうそう、《グレティオルド》って政府が言ってるらしいんだけど……アメリカでも出たんだってよ。米軍が手も足も出なかったってさ」

「いやね、ほんと。この前は日本の海岸で出たばっかじゃん」

「でも日本の特殊部隊は怪物を退治したらしいんだよ。《ウィアードテイルズ》って特殊部隊だったかな。なんでも秘密兵器があるから他の国より優位なんだってさ」

「今の日本にそんな凄いものがあるの?なんだか映画みたいな話」

「バカ、現実だぞ」


 怪物グレティオルドによって人々の会話が非日常に染まりつつある中……四人掛けの木製テーブルを広々と使うように二人は座っていた。


「あんたの名前を考えてきたんだ」


 組織……またの名を《ウィアードテイルズ》。

 その名は米国で刊行された雑誌の名と酷似しているが、ある意味では通ずるものがあるのかもしれない。

 ……未知のものを扱うという点で。


 組織ウィアードテイルズから任務までの間、しばしの休日を与えられた。

 最も怪物グレティオルドが現れれば、すぐに休日は終わりを告げるが。


 と言うわけで二人は休日がてら、《白衣の男》の行きつけに来てみた、と言うわけである。

 ……実際は《白衣の男》が出かけようとしたところを大字おおあざが捕まえただけだが。


 《白衣の男》は文字通り、白衣を身につけ、そして……血が染みつき乾いたネクタイをいまだにつけていた。

 一方の大字おおあざは自前の黒いスーツに身を包み、作戦では無いからと顎髭をたくわえ、無骨さを演じていた。

 

「名前……」


 ふと《白衣の男》は気付いた。

 あの大雨の中の大字おおあざの言葉を。

 そしてはっきりと拒否した。


「必要ない」


 そう、はっきりと。


「そうはいくか」


 しかし大字おおあざは食らいつくように言った。


「俺は約束を果たす男だからな、ちゃんと考えてきてある」

「今初めて聞いた」

「今初めて言ったからな。で、だ」


 大字おおあざはさも自身ありげに《白衣の男》に向けて、告げた。


「お前の名前は……カズキだ」


 ……《白衣の男》は首を傾げるしかなかった。

 なにせその言葉に通ずる事柄が、《白衣の男》にはまるで分からなかったからだ。


「組織はコードネームであんたを《オルティネイト・ワン》なんて言ってるがな。正直背中を預ける身としてはコードネームだと……こう気持ちが入らないんだよな。だから考えた。あんたの名前のワン、数字のいち、そこから取ってみた。どうだ、さも意味ありげだろ?」

「気に入らないな」

「はぁ!?」

「俺は確かに怪物だ。だが《オルティネイト・ワン》という組織ウィアードテイルズが付けた名を俺は気に入っていない。まるで実験動物の気持ちになってくる……俺は嫌いだ」

「……俺はあんたの過去をまるで知らないが、相当気に食わないみたいだな」

「あぁ」


 《白衣の男》は不意に目を閉じ、思い出す。

 過去に引き起こした過去の惨劇を。


「悪かったな……。コードネームが嫌いだろうと思っていたが、まさかそこまでとは。話しちゃくれないんだろ?」

「……話すと思い出してしまうからな」

「分かったよ、兄弟。……いや、待て。これならどうだ?」

「これなら、とは?」


 大字おおあざは机に身を乗り出すと、《白衣の男》の目を見つめて、言った。


「俺が好きな主人公の名だ」

「……主人公の名前?」

「あぁ。そいつはどんなに辛い目にあっても挫けそうなことがあっても立ち止まる事はしなかった。諦めるなって言葉を胸に秘めてな」

「そうか」


 しかしその言葉にも《白衣の男》は響いていなかった。

 諦めるな。

 しかし《白衣の男》はとっくに諦めている。

 自分が人間として生きることを。


「これでもダメかぁ……?はぁ、どうやったら名前を受け入れてくれるんだよ」


 大字おおあざがため息を吐きそうになった直前、まだ来ていなかったメニューを携え、一人のウェイトレスがやってくる。

 ……その女性は───《ゴジュラ・モラソム》との戦闘時に、《白衣の男》を庇うように現れた女性。


真木白まきしろハルカ……」

「あら、今日も来てくれたんですね?」

「……あぁ。大学は休みなのか、真木白まきしろハルカ」

「あら、私が大学生だったことを覚えてくださったんですね?あなたに覚えてもらえて嬉しいです」

「………普段この時間にいないから珍しいと思っただけだ」


 丸メガネをかけ、パーマをかけた短髪の女性が、《白衣の男》に微笑みかけた。

 大字おおあざは思わず吐息を漏らす。

 話し方や落ち着き払った声は上品さを思わせ、そのくっきりとした目に整った顔は肌も白く、ハルカから漂う雰囲気に拍車をかけさせる。

 白シャツと黒いスラックスパンツのウェイトレス姿は彼女の上品さと清廉さをうまく表現しているようだった。


「こちらはお連れ様?初めてですね、あなたが他の方を連れてくるなんて」

「こいつが勝手についてきただけだ」

「おい、兄弟。そんな言い方ないだろ?俺らはもうスティーブ・ロジャースとバッキー・バーンズ軍曹の関係さ、違うか?」

「知らん。せめて分かる例えをしてくれ」


 大字おおあざの軽口をも一蹴する《白衣の男》だが、ハルカは微笑ましく笑っていた。


「あなたにそんな一面があるなんて羨ましいですね。私もあなたとそんな戯れたやり取りをしてみたいです」

「……何を言っている?」

「もっと親密になりたいってことだよ、兄弟」


 《白衣の男》が困惑する中、ハルカは大字おおあざに問いかけた。


「ところでこの方の名前をご存知ではありませんか?」

「名前?」

「えぇ、いくら聞いても教えてくれないんですよ。私の名前はしっかりと覚えてくださってるから、私もこの方をお名前で読みたいんです」

「……」


 大字おおあざは唖然とした顔で《白衣の男》を一瞥いちべつしてから直後、唐突にハルカに告げた。


「!?」


 その言葉に《白衣の男》は目を見開いた。


大字おおあざ……お前……」


 《白衣の男》の目はさも怒りに満ちていたが、大字おおあざは気にしなかった。


「ウェイトレスのお姉さん。こいつ……カズキはまだ友達とかいなくてね。よかったら仲良くしてやってくれ」

「もちろんです。

「……ん?」


 どういう意味なのか、大字おおあざには分からない中、ハルカはメニューを置き、不意に《白衣の男》……もといカズキの目を見つめ、そして


「カズキさん、改めて……助けてくれてありがとうございます」

「……」


 カズキは……何も答えなかった。

 

 大字おおあざは目を点にさせ、まるで何のことだか分からずにいた。

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